メディアグランプリ

「少し違うくらいが、ちょうどいい。」


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記事:古川博之進(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
音楽と美術。
中学の時にどちらかを選択することとなり、私は迷わず美術を選んだ。ノートの落書きにはじまり、人物や風景やらを鉛筆・絵の具で仕上げることは嫌いじゃなかったからだが、もうひとつのネガティブな理由としては、自分の声が好きではなかったからだった。
 
自分が“やや個性的”な声の持ち主だと気付いた(気付かされた)のは小学校の頃だったか。市民会館のようなところで開催されるクラス合唱の発表会に向けて、先生の側にやたらと気合いが入っていた覚えがある。そして、ある程度練習が進んだ頃に、合唱を録音してみんなで聴き返す時間が取られた。正直、聴いてショックを受けた。まあ、いやらしいくらいに自分の声が通っていた。少なくとも何名かのクラスメイトの声を食って掻き消してしまっていた。声が大き過ぎたとか、そんなやつが真ん中にいたからその声をマイクが拾ってしまったのだとか、そういう理由であることを心底願ったのだが、現実はどうやら違っていた。相対的に異質な、あくの強い声が前面に出すぎていたのだ。
私自身がそう感じただけなら、ただの自意識過剰で済んだのだろうが、仲の良い友人から次のような意見が出た。
「これ、ほとんど、古川が独りで歌ってるみたいやんけ」
悪意なき意見には多くの賛同者が現れた。純粋な意見であり、正論だと私も思った。そして先生も何か同じようなことを感じたのだろう、私の立ち位置を動かすという判断を下した。そもそも私が真ん中にいたのは、何も私が望んだからではない。背が一番低かったせいで、見た目のバランスによるものだったはずなのだが、録音テストのおかげで私は立ち位置が端っこに移ることとなった。そしてその采配のおかげもあり、合唱コンクールも無事に終えることができた。私の声は、マイクに拾われるのも控えめになっていたが、それは、実際の私の発声量も下がっていたからだと思う。
これが、私が、自分の声に嫌気がさした最初のタイミングだ。そしてこの時から、人前で話すときには自然と声のトーンを少し落とすようにもなったのだった。
高校・大学と、嫌でも様々な場面でカラオケに行かざるを得ないことがあったが、心底楽しんだことはまずない。「なんで素人の歌を、金を払って聴かねばならないのか?」と、それっぽく言ってはいたが、本当のところは、この声では歌いたくなかったからだ。歌ったときに耳に入ってくる自分の声が嫌だったのだ。
 
そんな自分の声嫌いな私に、大学の3年目のときに小さな小さな事件が起こった。事件と言ってもあくまで私にとってみればの話なのだが、それは、この声が他人の記憶に残りやすいという現実であり、自分の声に対する認識ががらりと変わるものであった。
前年までは裏方で参加した市民参加型イベントへ、改めて参加者として申し込もうと思い、私はいくつかの問い合わせ先へ電話をしていた。「もしもし、古川と申しますが、チームへの参加を検討したく説明会に……」、確かこのような定型文で入っていったと思う。ここでの相手方の反応が予想外のものだったのだ。
「ああ、あの古川くん? 」
「古川さん、昨年のスタッフの方でしたよね? 」
裏方なりにあちこちで顔は出していたので、外観で認識されるならばまだ理解できるのだが、そうではなく、あくまでも電話口の声だけで私だと認識して頂けたというのが実に新鮮だった。その後の会話で、あまり深くは突っ込まなかったが、みなさん口を揃えて「耳に残っていた」という感想を頂いたのである。コンクールでもないので実害もなく、かといって得があったわけでもない。良くも悪くも、ただ「なんか、この声もええんかも……」と思うことができた瞬間でもある。
 
卒業し、働き始めてからは、一層この声が良い方向に機能する機会が増えた。
見込み客リストへの繰り返しとなるTELコール。見込みランクが上がって何回か繰り返すことになると、「ああその声は古川さんね」と通じる方が出現しだした。悪くない。
録音して聞き返して繰り返し練習する接客ロールプレイングなんかも、自分の声への嫌気からか少し抵抗があったのだが、それもすっかりなくなっていった。練習のためにも進んでロープレをしようとする程だった。場数を踏んで慣れてきたからだとか、ロープレでレベルアップしないと数字が上がらないとか、切羽詰まった現実的な理由があったことは否定はしない。それでも、生まれ持ったこの声を忌み嫌ってきた私が、進んで使う武器のひとつに加えるようになったのだから、大きな前進であると思っている。この声が、私を私たらしめるということも充分に認識できてきた。
 
これは何も「声」に限ったことではないのだろうと思う。私の場合は、40年ほどの付き合いから振り返れば少し遅すぎるのかもしれないが、この、少し他人とは違う声を、大切に大切に使っていこうと思うのだ。
 
 
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2017-09-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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