プロフェッショナル・ゼミ

ボクは13歳なんだ、と私は言った。《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:西部直樹(プロフェッショナル・ゼミ)

ボクは、まだ13歳なんだ。
何を言っているだって? まだ13回しか誕生日を祝ったことがないからね。
しかたないよ。
だから、これからボクは歳を取らない。
誕生日がこないからね。
永遠に。
もう二度と。
それで、きみはずいぶん年下の男性は好きかな?

傍らの女性は、鼻から長く息を吐き出した。
ふわりと巻いた髪。明るい髪色。右手で髪の毛を少しかき上げる。
そして、「フン」と軽く鼻を鳴らすと席を離れていった。
彼女がいた席にはアリューリュの香りが残っていた。
いい匂いだ。でも、人を見る目がない。
これから、面白い話になるところだったのに。
いや、面白い話だったのに、最初から。
ユーモアとか冗句とかを解しない女は、こちらから願い下げだ。

僕は、グラスを手に取り、半分飲み干す。
カウンターの向こうの鏡には、半白の髪、少しシワが目立つ顔が映っていた。
鏡の中で少し横に目を向けると、短い髪の女性と目が合った。
去った女のとなりの席だ。
鏡に映る彼女に、グラスを掲げる。
彼女は、気がついたのか、そっと笑う。
横を向くと、暗い色合いの服装をした女性だった。
服の沈んだ色は、彼女の肌の白さを際立たせていた。
化粧がうまいのか、地肌なのか。
唇も眼のまわりも薄紅だ。
「13歳の坊やは、こんなところにいちゃ駄目なんじゃない」
彼女の声は薄く嗄れていた。耳に心地いい。
「聞こえていたのか」
薄く笑いを含んで応えた。

きみは、星占いは好きか?
いいことだけは信じるのか。
わるいことは?
見なかったことにするって、星占いを信じることにならないじゃないか。
まあ、いい、そんなものだ。
ボクは、占星術は信じていなかった。
遠い星の動きが、地球上の人の運命を左右するなんてことがあってたまるかってね。
過去形で話しているって。
きみは鋭いね。
そうなんだ。信じていなかった。
しかし、星が、人の運命を左右するということは本当だったんだ。
あの星が僕の人生を変えたんだ。
どんなふうに、って?
僕に誕生日がなくなったんだよ。

彼女は、少し頷いた。
「それは、ちょっとした人生の転機ね」
彼女の目が薄紅からさらに赤みを増した。
「わたしも人生が変わったわ。あの騒動? 天災? のお陰でわたしの夫は帰ってこなくなった。永遠に。
残されたのは、娘とわたし……。小学生だった娘ももう大学生になったら、ずいぶん経つのね」
わたしはグラスを見つめ、
小さく呟いた。「そうか……」
それ以上の言葉はなかった。
携帯の振動音がした。
彼女の携帯だ。
彼女は画面をしばし見つめ、それから、軽やかに指が画面をなぞる。
「こどもが帰ってきて欲しいって。珍しく夕食を作ったらしいわ。もう、まだまだ甘えるのよね」
彼女の表情は柔らかくなっていた。

わたしは、挨拶代わりにグラスをちょっと掲げた。
夜はまだまだ若い。
小さな窓からのぞく空は微かに蒼さが残っている。

わたしの近くには、もう誰もいなくなった。
わたしはバーボンのハイボールを飲み干した。
バーテンダーが空のグラスを下げる。
そして、代わりのグラスが置かれた。
「頼んでいないが……」

それは、わたしからです。
といって、バーデンダーは、微笑んだ。
「店の奢りかい」
何かの予感がわたしの尾てい骨を撫でる。
グラスを磨きながら彼女は目を伏せた。
同士みたいなものですかね。
彼女はそういいながら、手際よくグラスを磨き続ける。
クロスを持つ右手の肌の色が少しだけ鮮やかだ。
わたしの視線に合わせて、右手を挙げる。
この手は、作り物なんですよ。
うまくできているでしょう。
ようやく自在に動くようになりましたよ。
生身のようにはまだまだいかないですけれどもね。
彼女は、他の客の注文に応じながら、話をしてくれた。

あの騒動の時、事故に巻き込まれて、右手を失ったのだ。
彼女はメダルを属望されたアーチェリーの選手だった。
彼女は義手を使い、弓を引いたけれど、生身の時のようにはいかなかった。
アーチェリーの選手を諦めた彼女は、巡りめぐって今の職に就いたという。
彼女は、4年に一度のオリンピックの年になると、ちょっと右手がうずくという。
もし、あの星が来ていなかったら……。
あの星に運命を、人生を変えられた仲間だ。
わたしは、仲間か。
生身の何かを失ったわけではないけれど……。
彼女の奢ってくれた濃いめのハイボールを呷る。

空いていた隣の席に、一人の女性が腰掛けてきた。
「なんかスッとするのをちょうだい」
髪を後で束ね、シャツとジーンズというラフな出で立ちだ。
表情が硬い。
グラスが置かれると、彼女はバックから眼鏡と本を取り出した。
眼鏡をかけ、本を開く。グラスを傾けると。本から目を話して、深い溜息をついた。
「なんかお疲れだね」
わたしの声に、彼女は少し驚いたようだ。
「まったく、折角早く帰れるのに、何をやったらいいかわからないのよ」
彼女が私の方を向いた。
ほつれた髪が頬にかかっていた。
「今日は早く帰れたんだ」
「月末は、乗り切った。いつもより短いけど。月初は早く帰れることが多いのよ」
「三月一日に乾杯」
「オリンピックがある年なのに、一日短いのよね」
「そう、まったく。オリンピックイヤーらしくない」
「おじさんは、あの年はどうしていた?」
「何とか、乗り切ったさ」
「わたしは、大変だった」
彼女は、話をしたかったのだろう。
あの年の苦労を話してくれた。
彼女は、その年にSEになったばかりだった。
システムの設計やプログラミングを何とかこなしはじめた。
という時に、あの星だ。
発見の遅れた浮遊惑星、どこかの恒星系から弾かれてしまった孤独な惑星のことだ。その惑星が、太陽系に近づいていることがわかったのは、最接近するほんの数年前のことだった。
自ら光を発しない暗い惑星を捉えるのは容易ではない。しかも、月よりも一回りおおきいくらいの小さな惑星を見つけることは難しかったのだろう。
気がつくと危うく地球と衝突するところだった。
幸い衝突は免れたが、浮遊惑星との交差で、地球の公転速度が変わってしまった。
1年で6時間ほど早くなってしまったのだ。
公転周期はほぼ365日になった。
それまでの365日と6時間少々ではなくなった。もう4年に一度の調整は必要なくなったのだ。
閏年がなくなった。
カレンダーが変わってしまうと、システム系は大変なことになった。
SEだった彼女は、駆け出しにもかかわらず、連日システムの内蔵カレンダーの書き換えとチェックに奔走したという。
連日の残業、休日出勤。
あの年は、いろいろな災害も起きたけれど、仕事は信じられないほどきつかった。
「何とか乗り切って、今に至るんだけど。もう2月29日はないのよね」
「ああ、今年は2月29日があるはずだったのに。俺の誕生日もなくなったんだ」
「おじさんは、2月29日生まれなの」
「そう、もう、年はとらない」
「ふふ、誕生日おめでとう」
「なくなってしまった最悪の誕生日に」わたしたちはグラスを合わせた。
窓から覗く空には星が見えていた。

***

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