プロフェッショナル・ゼミ

体罰という言葉で、あの日の出来事を思い出す《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ばんり(ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース)

サッカー名門校の監督、体罰で辞職。
そんなネットの記事を秋の夜長に偶然見つけた。

サッカー部の監督も勤める学校の校長が体罰を行ったとして、依願退職したという記事だった。その高校はサッカーの名門校で、過去には日本代表のゴールキーパーやJリーガーを何名も排出している学校だった。

私は体罰と聞くと、15年前の自身の体験を思い返さずにはいられない……。

「歯食いしばりなさい!!」

バチンと重たい音が3回、教室に鳴り響いた。

私は少し赤くなったであろう頬を押さえ、一瞬にして静まり返った教室を静かに眺めていた。
この日初めて、担任の白鳥先生が本気で怒った。

当時小学校5年生。
その日、私たちは教室で騒ぎ、白鳥先生から一度目の注意を受けていた。注意を受け、その場でこれからは真面目に授業を受けると謝罪し、反省したにも関わらず、だ。次の授業で、2人の友人と共に机に落書きをはじめたのだった。

それを見つけた先生は猛烈に怒った。
これまで白鳥先生から何度も怒られたことはあったが、ここまで本気で怒った先生を見たのは初めてだった。
「なんであんた達はさっき怒られたにも関わらず、もうふざけんよんの? さっき反省したのは嘘やったんか……」
私たちはここでようやく自分たちがやらかしたことに気付いた。

先生はいつもくしゃくしゃに笑う。
たれ目の目が一本の線に見えるように……。いつも感情豊かに喜怒哀楽を表現するその顔は笑顔の割合が多い。おかげで、前年度これ以上ないほどにギクシャクしていた私達の教室はその雰囲気が嘘のように和やかに授業中はいつも笑いや歓声であふれていた。しかし、今日はその目は血走り、これ以上にないほどに見開かれていた。そして目尻からは静かに涙が流れはじめた。

先生のその表情を見たときに、自分たちの悪事をようやく自覚したのだった。その直後、先生からの平手打ちを受けた。

「体罰とはどういうことを指すのだろうか?」と、近年の報道を見て私は思う。

私が小学校に通っていたのは15年ほど前なので、昔の話と言われればそれまでの話だが、教育現場で指導のためにときに体罰があるのは教育として決して間違っていないと思う。

たしかに理由もなく教師が生徒を叩いているのであれば、それは問題である。教師がえこひいきをしたり、気分のままに振る舞えば子供達は教師の顔色を伺う大人に育つだろう。それは教育でもなんでもない。

しかし教師は、生徒に何かをわかってほしくて、口で言ってもわからない生徒のために文字通り体を張って教えようとするのではないのか?

子供や親やお客様ではない。
子供は教師や親、社会が一体となって育てるべき大切な存在だ。
教師が親の顔色を伺った教育しか出来なければ、子供達は教師をなめてかかるだろうし、本当の意味での信頼関係を築くのは難しいと思う。

ぶつからないとわからないこともある。
怒られないとわからないこともある。
ケンカをしないとわからない痛みがある。

子供時代にそういった様々な経験を経て、痛みや人の気持ちを知り社会を担う大人へと成長していくのではないだろうか? 失敗をし、痛みを知るからこそ他者の痛みをわかる人間になれるのではないだろうか?

報道では、全容ではなく一部分のみを切り取った偏った情報が流出することもある。ニュースとして世間に受けるようにあえて、偏った報道や見出しをつけることもあるだろう。私達ユーザーはそのことを理解した上で、慎重に報道やニュースを見る必要がある。

体罰と報道されているものは本当に体罰だったのだろうか? 生徒の態度に何も問題はなかったのか? 生徒や保護者からの教員の印象はどうだったのだろうか? そういった情報も含め、客観的に見る必要がある。

私自身は、叩かれた当時は、漠然と悪いことをしたという意識と担任を怒らせ泣かせてしまったという気持ちしかなかった……。

今、大人になってわかったのは、
私は先生に怒られたのではなく、
叱られたということである。

叱るという行為は、愛情がないと出来ないということ。である。

私は先生に感情のままただ怒られたのではなく、
授業を真面目に受けるという約束を守れなかったこと。
約束を破ることにより、相手の信頼を裏切ったことを咎められ、叱られたのだ。

社会人となり、後輩ができ、指示を出すことも増えた。
相手の仕事ぶりがイマイチだと思ったときには、叱ることもある。
でもなるべくなら叱りたくないのが本音だ。

叱るというのは非常に疲れる行為だからだ。

言葉を選びながら、相手を納得させる為に悪かった点を指摘し、次から気をつけるように促したり、こうすればいいよと改善点をあげる。そのプロセスが非常に疲れるし、相手から鬱陶しいと嫌われる可能性もある。なるべくなら嫌われず、穏便に楽しく過ごしたいと思うからだ。

でもそれでは相手のためにならない。

自分の行いが悪いと思っていなければ、私以外の人にも同じことを繰り返すかもしれない。いつか取り返しのつかないミスにつながる前に叱ってあげるのが先輩としての責任だと思うからだ。
だからこそ、見逃したい気持ちをこらえ叱るのだ。

見逃したほうがずっと楽だ。
それに、自ら不協和音を生み出すことが正解なのだろうか? と自問自答する日もある。

きっと白鳥先生も同じ気持ちで私たちに接してくれていたのだと思う。相手は分別のつかない小学生なら、なおさら大変だったと思う。だからこそ一度目に叱られた意味を理解出来ていなかった私達を、文字通り体を張って叩き、叱ってくれたのだ。

先生は叩いたあと、ものすごく後悔し、私達に何度も何度も謝った。

「預かった大切な子供達を叩いてしまったから、親御さんに謝罪に行く」とまで言ってくれた。

もちろんこれ以上大事にするのも嫌だったし、親にまで叱られたくない私達は断固としてそれを拒否し、なんとかなだめることに成功した。

でもきっとあの日、白鳥先生は私達以上に傷つき、後悔をしたのだと思う。あの日、叩いた白鳥先生のほうが私達より肉体的にも精神的にもずっとずっと痛かったんだろうなと今なら思う。

なぜなら私達は先生に、大切な子供達を叩いてしまったという負い目と後悔を負わせてしまったから……

愛情があるからこその教育であり、あれは体罰にはあたらないと思う。

中学生になって一度だけ先生に手紙を出したことがあった。

自己中な振る舞いや言動を繰り返し、周りから孤立し居場所を見つけられなくなった私は、それでも誰かに頼りたくて小学校の一番の恩師だった先生に年賀状以外で初めての手紙を出した。
自分の近況、自分がこの状況になって反省していること、でもどうすればいいかわからないと思っていること。
きっと感情的で支離滅裂な文章だったと思うが、私は誰かに話を聞いてほしくて恩師に手紙を出したのだった。
白鳥先生からの返事は思った以上に早く、大きかった。
1週間もしないうちに白鳥先生から小包が届いた。

中を開けてみると手紙の封筒が1つと1冊の本が入っていた。

手紙を開けてみると、私を責めるようなことは1つも書いておらず全てを認めて肯定してくれるようなそんな文章だった。
「お手紙ありがとう。そんな状況なんだね。そして、今は悪いことをしたと思ってるんだね。ならきっと大丈夫。お守り代わりに一冊の本を贈ります」といった内容が書かれてあった。
同封されていた一冊の詩集「言葉のお守り」というタイトルで文字通り優しい言葉で埋め尽くされていた。

「平らな道は楽ちんかい デコボコ道には感動がいっぱい」

「待ってるよ もうすぐ芽が出る気がするよ」

言葉の1つ1つが優しく心に響いて、また明日からも少しずつ頑張ろうと思うことが出来た。いつまでたっても変わらない先生の深い愛情にまた1つ助けられたのだった。
そして時間が経つにつれて、少しずつ友達とも和解することができ、クラスや部活に居場所も戻ってきたのだった。
元に戻るまでに1年近くかかったが、この出来事は私に「人の嫌がることをしてはいけない」ということを体感させてくれた。
この経験がなければもっと人の痛みに鈍感な嫌な人間のまま社会に出ていたのだと思う。人を傷つけ、自分も傷ついたからこそ本当の意味で学ぶことが出来たのである。
そこからさらに10年以上が経ち、私も充分すぎるほど大人な年齢になった。

今ではもらった本を開く回数はぐっと減ってしまったが、ずっとずっと大切に引っ越しの度に、連れてきている。
少し色あせて、折皺がついた本は文字通り私のお守りである。

20歳で開いた同窓会で会った先生は相変わらずの笑顔と少し皺の増えた顔で私達との再会を喜んでくれた。
そこから10年近く会っていないが、教師になった知り合いから聞いた先生の近況は相変わらずで、今も生徒と楽しく授業をする評判のよい先生らしい。

30歳になったらまた同窓会を開いて、先生との再会を喜びたいと思う。

「先生があのとき体を張って叩いてくれて、その後も見守ってくれて本当にありがとう。今でも先生がくれた本は宝物だよ」

手紙でしか伝えらなかった言葉を今なら恥ずかしがらず、直接伝えられるはずだから……。

***

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