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鉄馬を飼い馴らすことは人生に彩りを加える事である


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:REI(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 

「ダメだ。動いてくれない。後で合流するから先に行って」汗だくになりながら友人や仲間達とのこんなやり取りをどれだけ繰り広げてきた事だろう。
ボタン一つでエンジンが静かに掛かるハイブリッドカーでは起こり得ないこの不便さ。
その姿形から鉄の馬とも表現されるバイク。
中でも私の鉄馬はエンジンをかける際に運転手が脚の力でバーをキックして点火プラグを発火させてエンジンを始動する旧式のものである。その為、エンジンが掛からないと連続キックで汗だくになり、エンジンが掛かったころにはヘトヘトになっている。
坂の下で急にストップした事もある。エンジンが掛からず鉄馬をなだめるかのように押しながら坂道を上る様は道行く人には滑稽な姿に映った事だろう。
じゃじゃ馬馴らしとの言葉があるが、飼いならされているのは私の方。長い間乗らないとエンジンの掛かりがさらに悪くなる為、定期的にこの鉄馬のごきげんを伺う必要もあり、1人でぶらりと鉄馬を連れ出すこともある。

鉄馬を飼い始めたのは東京に住んでいた頃のこと。田舎のアパートの家賃ほどの駐車料金を払ってまで車は所有できず、自転車では行動範囲が限られる。公共手段以外の移動手段が欲しい! そんな軽い気持ちから免許を取り、前の飼い主である職場の先輩から譲り受けた大きな鉄馬。北海道出身の先輩であったため、その鉄馬はまさに道産子馬であった。
大きな鉄馬を飼い続けるのには費用が掛かることにまで考えが及んでいなかった私は車検に保険料、タイヤ交換などの支払いに追われる事となってしまった。
その後、九州にUターン転職することとなったが、迷わず引っ越し費用を上乗せして道産子馬を連れて帰った。
そこまでして鉄馬を手元に置くことの理由の一つに乗り物としての楽しさ以上に所有する事によってもたらされた仲間達との交流があった。

鉄馬での移動は過酷である。夏は灼熱に晒され、とにかく暑い、そして冬は手足がかじかみ全身が凍るほど寒い。
車を持っていればそれにプラスして諸経費もかかる。生身の身体で乗る以上車よりも危険を伴う。
一見デメリットしかない様に見えるこの乗り物。しかし仲間達がひとたびこの鉄馬の話を始めると止まらなくなる。
老いも若きも自分の鉄馬こそが一番かっこいいと思っている。
仮に落馬して怪我をしたとしてもそれすら武勇伝になり得る。
事実、私もツーリングに出かけた四国の海岸で雨の中突風に吹かれ300キロの重量の鉄馬とともに倒れマグロのように道路を滑り転倒した経験を持つ。
転倒した後は痛さよりも衝撃と恥ずかしさが勝ち、重量級の鉄馬を起こし何事もなかったようにその場を走り去った。身体のあちこちに痛みを感じたのは共に旅した友人と鉄馬をフェリーに乗せて二等船席の絨毯に座ってからである。
自分自身の体格にあった鉄馬を相棒にすればよかったが、私の相棒は300キロ級の道産子馬。ポニー級の鉄馬ならこんな悲劇は免れただろう。この後、しばらくして私は相棒の鉄場を小型化した。

こんな痛い経験をしたにも関わらず、今も鉄馬に乗り続けるのは日常と違う景色を見ることが出来るからだ。
車では通ることの出来ないような林道でさえ小回りの効くこの鉄馬であれば走る事ができる。
車で走る時とは違い、鉄馬と共に走る時は五感をフルに活用している
恋人と歩く街路樹が違う景色に見えるかのように、いつも走っている道ですら鉄馬と走ると全く違う道に感じる。
風の匂い、外気の温度、道路の段差、木々の色を体感しつつ、左足でギア、右足でブレーキ、両手でアクセルブレーキを操作する。
その動作はまさに鞭を打ち手綱を引く乗馬のようであり、全身運動である。
五感を駆使した全身運動は脳の活性化にも繋がる。鉄馬仲間達が実年齢よりも若く見える事はこの脳を活性化する運動と無関係では無いように思える。

一見アクティブに見える鉄馬仲間達との旅もひとたびヘルメットをかぶってしまえば仲間とも交流を断ち1人の世界に引きこもる事になる。
昨今はハンディーカムで会話もできるが圧倒的に一人の世界に入りこむ仲間が多い。
私自身も仲間と走りながらも自分1人の世界に入り込むヘルメットをかぶる瞬間がこの上なく好きだ。
ヘルメットをかぶり鉄馬に乗れば男も女も関係なく起こることは全てが自己責任。そんな気持ちで鉄馬を操り山道を駆け抜ける。

完全に1人になり自分と対話する瞬間が現代においてある様でない。
どんなに山奥に行こうとも携帯の電波は繋がる。
仮に個室に1人でいたとしても両手がふさがっていない状態ではついついスマホを手に取り誰かと繋がり、目の前のこと以外に気を取られてしまう。
強制的に両手両足を塞がれた状態、人と話す事が出来ない状態で目の前のことだけに五感を集中させる。そんな環境を否が応でも作り出すのが鉄馬との旅の醍醐味でもある。

仕事による心身の不調により一度は鉄馬を手放そうとした仲間もいた。そんな時に馬主達からのツーリングのお誘いを受け参加した事で鉄馬が大事な相棒である事に改めて気付き、鉄馬と共に再び前向きな人生を歩み始めた。鉄馬はまさにアニマルセラピーの役割も果たしたのだ。

残念な事に、現在の日本では鉄馬の頭数と馬主達は全盛期から減少の一途をたどっており
鉄馬の牧場も日本から東南アジアへ移っている。
東南アジアの道路をたくさんの鉄馬に乗る馬主達が笑顔で駆け抜ける光景がこの日本でも
見られることを鉄馬主である私は強く願っている。

まだ鉄馬を所有した事がない方もぶらりとよった鉄馬ペットショップでひと目惚れした鉄馬を連れて帰りたくなる衝動に駆られてしまうかもしれない。
もしくは、友人知人から鉄馬の所有主募集の案内が耳に入ることもあるかもしれない。
その時は気軽な気持ちで、一度馬主となってみる事をお勧めする。
もし合わなければ普通のペットと違い、簡単に次の所有主を探すこともできるからである。
しかし自分にあった鉄馬はそんな気持ちになることなく、所有主にとって、唯一無二の存在に成り得るだろう。
なぜなら、鉄馬は飼い馴らすことにより人生に彩りを添える存在であると多くの馬主達が身をもって体感しているからである。

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2017-09-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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