プロフェッショナル・ゼミ

七十七歳。いろんなものが割れちゃった。ああ割れちゃった。《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

オールイン関谷(プロフェッショナル・ゼミ)
※このお話はフィクションです。

ガシャーン。パリーン。
「こ、幸四郎や。おおおおお、な、な、何がおこったのぢゃ」
ワシの目の前には、粉々に砕けた陶器の破片が散らばっておる。
およよよよ。なんということよ。
ワシは一世一代の傑作を自ら割ってしまったのぢゃ。
あらあらあら、どうしましょうどうしましょうどうしましょう。
ワシはただ割れた壺の前をうろうろするばかりぢゃった……。

「雲國齊(うんこくさい)先生、このたびの作品はいかがでございましょうか?」

目の前にあるお茶と菓子には目もくれず、折り目正しく正座をした樫村君がまっすぐな目をしてこちらを凝視しておる。
ワシの額からは、玉のような脂汗がにじみ出て、ポタリポタリと垂れておる。
齢(よわい)77にして、こんなに脂汗が出るとはわしもまだまだ若いのぉ、と喜んどる場合ではないのぢゃ。
今日この日、この時間をいかに言い訳して乗り切るか……。
ワシは必死に考えておったのぢゃ。

「ほほほほほ。まあ樫村君、慌てるでない。ウチの家内が入れてくれたお茶はなかなかこれで美味しいのでの。まずは1杯飲んで心を落ち着けて……」

「いえいえ、そんな暇(いとま)などございません。不肖・樫村、雲國齊先生の新しい作品を誰よりも早く、この両目でしかと見届けられるのを、心より楽しみにしておりました! 奥様から作品が完成したとのご連絡を受けまして、もう取るものとりあえず、電車とフェリーを乗り継ぎまして、先生お住まいのこの島に18時間かけて駆けつけたのでございますからねえ。もう、拝見するのが楽しみで楽しみでございまして。雲國齊(うんこくさい)先生!!」
樫村君は最後にワシの名を呼ぶと、両手をすりあわせてぎこちない笑顔を見せおった~。
その目は依然としてまっすぐにこちらを凝視しておる。
ややっ、瞳の奥は笑っておらぬぞよ。彼の瞳の中心部はブラックホールのような真っ黒い闇ぢゃった。
ワシの額からはまた玉のような脂汗が流れ、いやいやワシもまだ若い……、と言っておる場合ではないのぢゃ。

彼、樫村君は東京でつとに有名なギャラリーの担当者ぢゃ。
まだ40代でありながら絵画、彫刻、書道などなど、あらゆる分野の美術に造詣が深く、業界では一手に尊敬を集めておる。樫村君の眼鏡にかなった作品は、彼の人脈の広さとビジネスの才覚が故に、全国、いや世界の美術館から高い値段での引き合いが来ると聞いておる。

ワシはもう、樫村君の目を見て震え上がらんばかりぢゃった。あんな怖い目は、いたずらばっかしていたワシが尋常小学校の与助先生に首根っこをつかまれ廊下に立たされた時以来ぢゃ。
樫村君は辣案であるという評判であるのと裏腹に、彼のお眼鏡を損ねて失脚した芸術家も数知れずと聞いておる。彼の口から「先生、少し丸くなられましたな」と言われると、もうその芸術家は戦慄するそうぢゃ。そんな恐ろしい若者なのぢゃ。
もう、おしっこちびりそうぢゃ。「母さん、尿瓶(しびん)持ってきて~」と思わず口に出そうぢゃった。

「まあまあ、そういわず、ゆっくりなさい」とワシはなだめるのぢゃが、樫村君は「いえいえ、そのような時間も惜しゅうございます。先生の傑作の壺を早く拝見したいのです」と机に額を擦り付けんばかりにお辞儀をしよる。

いやぁ、参った。どうすればよいかのう……。
そうなのじゃ、わざわざ樫村君に遠路はるばるこの島まで来てもらったのに、じつはのう、彼に見てもらう作品がここにないのぢゃ……。

ワシは、どうやら、世間では良きものを作り出す作家として認めてもらっているらしいがの、いつも窯から作品が出るときは「はぁ、こんどの器はどんなものなっとるかのぉ」とドキドキしておるのぢゃよ。

精魂込めてつくっても、焼き物は生き物での。釉薬のかかりかた、また焼き窯の中で温度がどうなるか、燃やす薪の灰がどう掛かるかなどで不確定な要素が多くてのぉ。
100個の器を作って納得いく出来になるのは、1個あればいいほうぢゃ。

それで昨晩、ワシは人生でも何度目かの窯出しをしての。その中で、緑色の釉薬をかけたちょっと縦長で60センチの高さのある壺がのぉ。わが陶芸人生でも、1,2を争う会心の出来映えだったのぢゃ。

そこで、ワシは喜んで母さん……、まあワシの女房である澄子ぢゃ。ワシは母さんを工房に呼んで、その壺を見せたのぢゃ。
「澄子や、ついにワシの思うとおりの壺がやけたぞえ。どうぢゃ、この形は」
「ふーん、まあまあね。あんたにしては、よく焼けてるんじゃないの」
母さん……澄子は昔、女優をしておっての。映画に何本も出ておった。
そのおかげでパリに何年か住んでおって、性格はよーろっぱないず、されておっての。言いたいことを構わず口にしおる。今回はめったにワシの作品を褒めない澄子がそう言いおったのぢゃから、これは自他共に認める会心の出来じゃの。

ワシは、澄子に「では、良い壺が出来たと樫村さんに電話してくだされ」と言ったのぢゃ。
ワシは、若い頃母さんに一目惚れしてから拝み倒して女房になってもらっての。作品が売れないときは、彼女の稼ぎでご飯を食べさせてもらってたのぢゃから、今でも頭が上がらんのぢゃ。
「ふーん、いい値段で売れてまたパリの街に遊びに行けるかしら」と言いながら、澄子はシャンソンを口ずさみながらご機嫌で電話の方に駆けていきおった。女房は、そのあたり交渉の才があっての。ワシのマネージャー、秘書のようなことをしてもらっているのぢゃ。

「みゃー。みゃーお」
その数分後ぢゃ。工房の玄関に可愛い訪問者が来ての。いつも餌をやってなついておる、三毛猫の幸四郎ぢゃの。
「おー、よしよし。幸四郎。どうじゃワシの壺は? なかなか良いできぢゃろ?」
「ゴロゴロゴロ」
幸四郎はいつものようにワシの膝の上に乗っかりおっての。すっかりご機嫌ぢゃった。
「この緑色の釉薬のかかりかた、ちょっと曲がった首の形ものぉ、良い味わいが出ておるの。この壺がいい値段で引き取ってもらえたら、お前にはいつもよりも美味しいお魚を買ってきてあげるからの」
「ミャーン」
幸四郎はワシの言葉が分かったのか、嬉しそうに鳴いてくれての。ワシは幸四郎を抱きながら、最高の作品を眺める至福の時間を過ごしたのぢゃ。

その瞬間ぢゃった。外から「ワンワンワン」と犬の鳴き声が聞こえてきての。すると臆病な幸四郎は、ワシの膝からピョンと飛びだしたのぢゃ。
そして幸四郎は何を思ったのか、その頭を目の前にあった、あの壺に突っ込んだのぢゃ。

スポッ。

「ウミャミャ。ミャーン」
幸四郎は壺にはまって、後ろ足をバタバタさせておる。壺はぐらぐらと揺れて今にも倒れそうぢゃった。

「おうおうおう、幸四郎、今助けてやるからの」そう言いながらワシは壺……、いや幸四郎のもとに駆け寄った。
「オミャミャミャミャ。ミャオーン」
幸四郎は壺にはまって、後ろ足をバタバタしながら暴れておる。

「幸四郎。助けてやるぞよ」
ワシは、幸四郎の両足をむんずとつかむと、えいやっと上に引き抜こうとするも、動かない。
「ウミャミャ。ミャミャーン」
両足をばたつかせる幸四郎。
「ほれ、幸四郎暴れるんぢゃないぞよ。おー、よしよし」
もう一度、足を思い切り引っ張る。
その瞬間ぢゃった。

すぽぽぽぽーん。

幸四郎は壺から抜けた。ぢゃが、その動きと合わせて、一緒に宙を舞ったのぢゃ。

壺が。

壺は、ゆっくりと舞うと、縦に180度回転。
そして、アポロ宇宙船が月面に着陸するかのように工房の土間に着地し、口の部分から裂けていったのぢゃ。

パリーン。ガシャーン。
「こ、幸四郎。おおおおお、な、な、何がおこったのぢゃ」
……。
……。
……。

というわけで、ワシは今、樫村君を目の前において、脂汗を流しておるのである。
いやー、どうしようどうしようどうしよう。
もう股間のあたりがむずむずして、暴発寸前ぢゃの。

これはもう、本当のことを説明してお引き取り願うほかはない。そう決心したワシは目の前にある机に両手をつき、平謝りしようとした瞬間ぢゃった……。

「あらぁ、これはこれは樫村さん。遠い所をはるばるようこそお越しくださいました」
澄子が障子を開け、部屋に入ってきたのぢゃ。
その両腕には、高さ60センチほどの木箱が抱えられておった。

澄子は、その木箱をそーっと机の上に置くと、つつつっとその箱を樫村君の方へ向けて押し出した。
そして
「こちらが、宮澤雲國齊(うんこくさい)の最新の作でございます」
と言うではないか。ワシはびっくり仰天、もう訳が分からぬ。卒倒しそうぢゃ。

「ははーっ、ありがとうございます。奥様にお持ちいただくとは光栄でございます。さぞや名品でございましょうな。それでは拝見を……」

樫村君が箱に手をかけた瞬間。

「げーっほげーーっほ。げーーっつほ」
「あら、あなた。どうなさいましたの? 急に咳き込んだりして」
「いや、あの、その、ちょっとお茶が肺の方に入っての」
「あらやだ、あなた。もうおじいさんなんだから慌てて飲んだりしないの。もう、このひとったらねえ、誤嚥性肺炎になったらどうするの。こんな年になっても子供なんだから……」
「いやいや、まあ、その澄子のお茶は美味しいでの。だから一気に飲んでしまう……、いやいやいや、そんなわけでまあ樫村君、まずは澄子のお茶をのんで……」
そんなワシを一瞥しつつ、樫村君はまた箱に手をかけた。
「それより先に先生の作品を……」
「わー、たったたた。樫村君まあ、待ちなさい」
「先生、いかがなされたのですか?」
いぶかしげにワシの顔をのぞき込む樫村君。
「いや、その、作品を見てもらいたくはあるのぢゃが、ちと……まあ……その……」
「この人は、もう昔から心臓が小さくてね。ほんと、こまったものよねぇ」
澄子が口を挟んだ。
ケラケラケラと笑いながら、口元を左手で隠す。その薬指には、パリで買ったというエメラルドの指輪が光っておる。
「いえいえ、先生はご謙遜なさっておられるのでしょう。これまでの作品を見させていただいた立場で申し上げると、先生はますます円熟期に入られておられると確信しております。では……」
と言って、箱に手をかける。
「おーとっととと。か、母さんや。せっかく樫村さんにきていただいたのだから、まずは食事をしていただいた方が……」
「あら、あなた。そういうことは早めに言っていただかないと困りますわ。なにしろ、こんな小さな島の山奥ですからねぇ。お寿司屋さんだって一軒しかございませんし」
「いえいえ、私は先生の作品が見られるだけで満足ですので。お気遣いには及びませんよ。では早速……」
と言って樫村君は木箱にみたび手をかける。

もう限界ぢゃ。隠し通せぬ。
澄子や、すまぬ。ワシが幸四郎とあんなことやっちゃったばっかりに。
すべてをさらけ出して、あやまるほかないのぢゃ。
「か、樫村君!」
とワシが声をかけたと同時に、樫村君は木箱の蓋を手に取っていた。
そして、木箱を上からのぞき込むと、無言でワシの方を見たのぢゃ。

「……」。

「……」。

「……。先生」
その瞬間、ワシはあまりの恐怖に股間が温かくなったのを感じたのぢゃ。

両手で蓋を手に持ったまま、樫村君は17秒ほどワシを見据えると、木箱の中から壺を取りだして、机の上にそっと置き、その後堰を切ったように話し出した。

「せ、先生。なんと見事にとんがった作品ではありませんか! その御年で、こんな作品を作られるとは、この樫村、感激でございます。この造形、この釉薬の微妙な色の変わり具合。まさに、この島の自然を日々お感じになって過ごされていらっしゃる先生でしか作れないもの。もう、この樫村、生涯でこのような素晴らしい出来映えの壺に出会えるとは、なんと幸せ者でございましょうか。とにかく、感激感激でございます。地球に生まれて良かったぁ」
彼の目は潤み、号泣寸前という状態ぢゃ。

ワシは、その彼の表情を見ながら、失禁しておった。
股間はもうほかほかぢゃ。

「母さんや。樫村君にこう言っていただけての、ありがたいのぉ。ほほほほほ」
と言いつつ、ワシは手元が狂ったふりをして、湯飲みを手前に倒し、
「おっといかん、手ぬぐいを取ってくるぞよ」と言いながらそのまま後ずさりして、廊下の方へ逃げたのぢゃ。寿命が5年縮んでしもうた。これでは145歳までしか生きられぬぢゃないか。

それにしても、あの壺は?
廊下へ後戻りしながらワシは、木箱の中身について考えておった。
割れたはずぢゃなかったのか? 澄子はその現場を見ていなかったはずぢゃ。

樫村君はその壺を手に、嬉々として東京への帰路についていた。

ワシは彼の居なくなった座敷で、澄子に聞いた。
「あの壺はどうしたのぢゃ?」
「あら、あなた。会心の作が出来たと言っていたじゃない。それをお出ししただけですよ」
「いや、実は……その。あの壺は割ってしまっての。もう、粉々に……」
「あ、あの緑の壺ですか。あれは、たいしたことはないですよ。造形も変でございましたし。ところで、割ったのですか?」
「いや、その、あ、“あくしでんと”での……」
「あなた、はっきり言いますけど、あなたの感覚はもう私にはよーく分かっておりますから。隣にあった緑の壺ではなく、同じ釉薬で焼かれたあの壺の方が、ようございました。なのでそれをお見せしただけですわ」

ほへ? 『ふーん、まあまあね。あんたにしては、よく焼けてるんじゃないの』と言っていたのはワシの思っていた壺ではなく、そのとなりであったのか?? 

齢77にしてワシは、焼き物じゃなくってプライドというものを粉々にされてしまったようぢゃ。
澄子には頭が上がらなかったのぢゃが、これでもう墓場に行った時も尻に敷かれてしまうのは決まりのようぢゃ。

澄子は
「あのとき、あなたがお漏らししていたのも分かっておりましたよ。昔から気が小さいのは分かっておりますから。雲國齊(うんこくさい)先生」
そう言うと、エメラルドの指輪を光らせ、小悪魔のような表情で笑ったのぢゃった。

幸四郎や。男はつらいよのう。よよよよよ。

***

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