プロフェッショナル・ゼミ

俺が、ぬいぐるみの「クマコ」と過ごした日々について《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高浜 裕太郎(プロフェッショナル・ゼミ)
※このお話はフィクションです。

 「本当にいいんですね?」
 俺の目の前の男は、ニヤニヤと笑いながら、俺に向かって、こう聞いてきた。男の後ろには、まるでバーでお酒が並んでいるかのごとく、びっしりと瓶が並んでいた。その中には、赤や紫・黄色の炎が、メラメラと燃えていた。

 「1度吹き込んでしまうと、元には戻せませんよ? それでもいいんですか?」

 男は何度も念を押した。その執拗さが、俺にとってはうざったかった。もう俺の心は決まっている。

 「ええ、お願いします。こいつに、命を与えてください」

 俺は、ぬいぐるみの「クマコ」を差し出した。俺が小学生の時に買ってもらったぬいぐるみだ。買ってから、もう20年以上経っているので、いたるところが黒ずんでいる。その汚れが、俺とクマコが過ごした日々の濃さを物語っているかのようだった。

 「それでは、その熊のぬいぐるみに、レイコさんの魂を吹き込みますね……」

 男はこう呟いて、瞑想に入った。そしてしばらくの後、カッと目を見開いて、おもむろに瓶を1つ取り出した。中では、赤い炎がメラメラと燃えている。
 そして次の瞬間、男は瓶を逆さにして、炎をクマコにあてがった。まるで、何か探し物でもしているかのような乱雑さだったが、たしかに炎はクマコのもとへと燃え移った。
 
まるで化学反応のように、不思議な光を放っているクマコを、俺はじっと見つめていた。

 俺が彼女を失くしたのは、ちょうど半年くらい前だった。
 俺に出来た初めての彼女だった。彼女の名前はレイコという。彼女は、職場の同僚だった。

 「ジュンくんさぁ、これちょっとチェックしといてくれない?」

 レイコは、初対面の頃から、俺を下の名前で呼んだ。しかも、なんのためらいも無く。まるで幼馴染かのように、俺のことを下の名前で呼んだのだ。
 俺は出会って最初の頃、レイコのその馴れ馴れしさが、どうにも好きになれなかった。自慢じゃないが、俺は他人との間に、いつも境界線を張っている。距離にすると、数メートルから数十メートルにもなる。そんな心の距離を保っていた。だから、そんな心の距離を易々と詰めてくる、レイコのような奴は苦手だった。
 そんなこともあって、最初の頃、俺はレイコに冷たくしていた。

 けれども、事態は急展開を迎える。俺とレイコが、職場で同じプロジェクトチームに配属されたのだ。したがって、一緒にする仕事が増えた。

 俺は正直、とても嫌だった。何でこんな馴れ馴れしい奴と一緒に仕事をせにゃならんのだと思っていた。はらわたが煮えくり返る思いだった。

 そんな思いで仕事をしていたある日、レイコは俺にこう言った。
 「この後さ、飲みにでもいかない?」
 その日は、特別に仕事が忙しく、俺とレイコだけ、遅くまで残業をしていた。そんな時、レイコから飲みに誘ってきたのだ。
 俺は適当な理由をつけて断ろうかとも思ったが、仕事をする上で、良い関係を築いとかなきゃいけないなとも思っていた。俺は少し大人になって、レイコと飲みに行くことにした。

 そこで俺は、レイコの印象が180度変わった。
 レイコは、聞き上手だった。俺から話を聞きだすのが、とても上手だった。俺の口から、まるで壊れた蛇口のように、制御なく言葉が流れ出していた。
 その殆どが愚痴だったけれども、レイコは嫌な顔1つせず、「まぁ、なんとかなるって!」なんて言って、俺の肩を叩いた。

 そして俺は気付き始めていた。酔ってはいない。頭は冷静だ。冷静な頭で考えて、俺はレイコに恋をし始めている。

 気付いてからの行動は早かった。俺は何事も、好きになったら、まるで猪のように、考えなしに突っ込んでいくタイプだ。その姿勢にドン引きされ、今までの告白は全て失敗していた。だから、彼女なんて出来た試しがなかった。

 俺は、レイコと同じプロジェクトチームに所属されていることをいいことに、ほぼ毎日のように飲みに誘った。傍から見れば、好意丸出しである。でも、そんなことを気にしている暇は無かった。とにかく、レイコを落とすことだけ考えていた。そしてレイコも、嫌な顔1つせず、時間の許す限り、俺に付き合ってくれた。
 そしてある日、俺は意を決して、レイコに告白をした。
 「レイコ、俺と付き合ってくれんか?」

 すると、レイコは太陽のような笑みを浮かべて、首を縦に振った。

 そこからは、毎日が輝いていた。レイコとする何もかもが楽しかった。一緒にする仕事も楽しかった。一緒に映画を見たり、買い物をしたりすることも楽しかった。この人となら、ずっとやっていけると思った。

 そして、付き合い始めて半年、俺はレイコにこう言った。
 「レイコ、結婚しよう」

 傍から見れば、スピード婚に見えるだろう。「なんと浅はかな」と思うかもしれない。けれども、俺は本気だった。難しい問題を解くように、何度も何度も考えたが、やっぱりレイコしかいなかったのだ。俺は、レイコと結婚したいと思った。

 すると、レイコは、また太陽のような笑顔を浮かべて、首を縦に振った。
 俺は、宙に舞い上がるような気持ちになった。「こんな幸せがあっていいんですか? 神様!」と天に向かって吠えたい気分だった。

 しかし、そんな甘い日々は、まるで、砂で出来た城が、風で吹き飛ぶように、一瞬にして崩されてしまった。

 「レイコっ……!」

 病室にドアを勢いよく開けると、そこには、真っ白になってしまったレイコがいた。顔から身体まで、真っ白な布で覆われていた。
 交通事故だった。残業が終わった帰りに、明かりの少ない道を歩いていたところ、車に轢かれたらしい。即死だったとのことだ。

 「ちくしょう……!」

 俺はまたも、天に向かって吠えたい気持ちになった。俺をこんなに不幸にしたのは誰だ。なぜレイコは死ななきゃならなかったのだ。叫べば、誰かが答えを教えてくれるような気がした。けれども、俺の叫びは、空という大きな生き物に吸収されるかのように、空しく消えていった。

 レイコを失くしてからというもの、俺は抜け殻のような日々を過ごしていた。
 仕事では、あり得ないミスを連発し、自分の部屋はゴミで散らかり、食生活も偏り、体型もどんどん変わっていった。レイコという支えがあってこその、自分だったんだなと、俺は気付いた。

 ある日、そんな俺の変容ぶりを見かねた同僚が、俺に向かって、こんなことを言った。
 「なぁ、魂屋って知っとるか?」
 「魂屋?」

 俺は聞いたことが無かったし、興味も無かった。なんだか、ゲームに出てきそうな名前だなぁとしか思わなかった。

 同僚は話を続けた。
 「あぁ、何でも、福岡の中州の裏通りに、死者の魂を呼びよせて、売っている奴がいるんだと」

 俺は、その言葉を聞いて、その「魂屋」とやらに、わずかな興味を持った。けれでも、仮にレイコの魂を呼び寄せられたとして、本当に俺はそれで満足するんだろうか? 

 色々な考えが巡った。けれども、俺はレイコを失ったこの気持ちに、いい加減決着を付けなければいけないとも思った。これは予感だが、その「魂屋」とやらが、俺の気持ちにケリをつけるカギになるのではないかと思った。いつまでもくすぶっている俺を、解放してくれる存在になると思った。

 そして、俺は「魂屋」に来た。
 一見すると、そこはキャバクラだった。というより、中に入ってもキャバクラだった。上品そうなボーイの人が、俺のもとまで姿勢よく歩いてくる。まるで貴族のようだった。
 「いらっしゃいませ」
 俺はボーイが次の言葉を言う前に、こう言った。
 「魂屋ってのは、ここか?」

 すると、ボーイの目が一瞬光った。まるで夜行生物のようだった。そして、すぐ笑みを浮かべた。怪しい笑みだ。
 「どうぞ、地下へ」

 言われるがまま、俺は地下に通された。

 階段を下りた先に、古い木造の扉があった。なんだかジメジメしている空間だった。
その扉を開けると、顔面蒼白で、身長が小さな男が立っていた。老けているようにも見えるが、年齢が分からない。なんだか薄気味悪い男が、樽に座って、足をぷらぷらと遊ばせていた。

「いらっしゃい。今日はどうしたんです?」

男は、奇妙な容貌に似合わない、丁寧な言葉で話しかけてきた。そして、こいつも馴れ馴れしかった。まるで、いきつけのバーの店主のように、話しかけてきた。

俺はその空間に気圧されたが、気を取り直して、男にこう尋ねた。
「死者の魂を売っているというのは、本当か?」
すると男は、ニヤニヤと笑いながら、こう答えた。
「えぇ、本当ですよ。死者の魂は、何に使ってもらっても構いませんよ。けどまぁ、多くの方が、何かしらに魂を宿らせますかねぇ」
 
 俺は驚いた。買った魂にどんな使い道があるのかと思ったが、まさかそんな使い道があったとは……。
 俺は続けて聞いた。
 「それは、ある人に、別の魂を吹き込むことも可能なのか?」

 すると男は、やや神妙な面持ちになって、けれども少しニヤつきながら、こう答えた。
 「原理上は可能です。が、魂のつぶし合いが始まってしまうので、多くの場合、魂を吹き込まれた側も、吹き込んだ魂も、消滅してしまいますねぇ」

 男はさらっと怖い事を言う。そしてニヤニヤしていた。まるで怪談話でも楽しんでいるかのようだった。

 それを聞いて、俺は考えた。人に魂を移すのは不可能。つまり、完全なレイコの分身を作ってしまうのは、無理なんだ。けれども、モノであれば……。

 「しばらく考えさせてください」

 そう言って、俺はその場から去った。帰り際も、その男はニヤニヤとしていた。まるで、漫画に出てくる、イカれた科学者のようだった。

 そして俺は考えた。あの男に頼ってしまうのは間違いだと思う。そんな気がする。けれども、この虚無感を埋められるのは、レイコしかいない。だったら……レイコを蘇らせよう。

 俺はベッドにあった熊のぬいぐるみを見た。社会人になっても、いつも一緒だった、ぬいぐるみのクマコ。こいつがレイコになるなら、俺はずっとレイコと一緒にいられる。気付けば、俺は、クマコを抱えて、あの「魂屋」のもとへと、走っていった。

 そして、しばらく光った後、魂がクマコへと入った。

 「ふぅ、完了しましたよ。この熊の中には、レイコさんが間違いなくいますよ」

 男は、額から出る汗をぬぐって、こう言った。一見すると、クマコには何の変化も無いように見える。けれども、俺は確かに感じた。クマコの中にいるレイコを!

 それは、まるで思い込みのようなものだった。「お前はあの魂屋の男に騙されたんだよ」と言う人もいるだろう。けれども、何だか俺の中の見えない糸が、クマコの中にいるレイコに繋がっている気がしたのだ。

 それからというもの、俺はいつもクマコと一緒だった。家に帰れば、クマコが待ってくれている。寝る時も、ずっと一緒にいられる。俺はクマコと、永遠の愛を誓っていた。

 けれども、そんな日にも亀裂が入った。
 数年後、俺には好きな人が出来た。クマコとは別の人だ。もちろん、ぬいぐるみじゃない。現実世界の、彼女だ。
 その人とは、レイコと過ごしたような日々を過ごした。一緒に映画を見に行ったり、買い物をした。全ての日々が、宝石のようの輝いているように見えた。

ある日、彼女を家に招く機会があった。俺の部屋に入るなり、彼女は周りをじろじろと見ていたが、ふと、ベッドにあった「アイツ」に目を付けた。

 「ねぇ、この熊のぬいぐるみ、可愛いね!」

 その時、俺は今までに感じたことの無い恐怖を感じた。クマコから、何か殺気じみたものが湧き上がっている。俺には、クマコから怒りの湯気が立ち上っているかのように見えた。
 「クマコが……キレてる!」

 俺は心の中でそう思った。間違いなく、クマコはキレていた。そして、キレるクマコを見て、俺はこうも思った。
 「俺は、こいつに監視されてる……!」

 ストーカーになんてあったことはないが、ストーカー被害者の気持ちが分かったような気がした。俺は監視されている。こいつに飼われているんだと思った。

 そう思うと、なんだか、この熊のぬいぐるみが、薄気味悪いものに見えて仕方なかった。望んでクマコに魂を与えたのに、今ではクマコが疫病神のように思えて仕方が無かった。

 俺はクマコを捨てることにした。ちょうど、海の近くに住んでいたから、浜辺に捨てようと思った。

 「そういえば、レイコは海が好きだったな……」

 そう思いながら、俺はクマコを浜に置き去りにした。まるでペットを捨てるかのように、「これからは自分だけで生きていくんだよ」と言い残して。

 俺がクマコを捨ててから数日間、荒れた天気が続いた。テレビでは、気象予報士が、「50年に一度の豪雨」なんて言っていた。外を見ると、雨だけじゃなく、風も強かった。台風かと錯覚するほどに、強かった。

 ふと、俺は心配になった。クマコはちゃんと生きているだろうか。流されてはいないだろうか。
 俺の脳内には、まるで錆のように、クマコがべっとりと付いていた。クマコで頭が支配されそうだった。

 「クマコ……!」

 そして気付けば俺は、雨の中走り出していた。傘もささずに、ただ走っていた。クマコを捨てた、あの浜辺へ、走り出していた。 自分でも、気が狂ったんじゃないかと思った。それくらい、一心不乱に走っていた。

 浜辺に着いた時、俺は見つけた。俺が捨てた場所から、一歩も動かずに、びしょ濡れになりながら、俺の方をじっと見ていた。

 「クマコ……!」

 俺はかけだして、クマコを抱きしめた。
 「ごめんな、ごめんな……」

 俺はクマコを抱きしめながら、何度も謝っていた。クマコの顔は、不思議と、笑っているように見えた。

***

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