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メディアグランプリ

ホッケを食べて君を思う


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:菊地優美 ライティング・ゼミ日曜日コース

 
 
「いらっしゃいませー」
眠たげな若い男性店員が出迎えてくれる。
スタッフは彼一人だ。
国道沿いの和風ファミリーレストラン。
 
「何名様ですかー」
私は指を2本上げる。二人です、と続ける。
 
「こちらの席でよろしっすかー」
特に希望もない私たちは選択の余地なくそこに腰かける。
 
「こんな夜中につきあって頂いて、なんかすみません」
 
私は先輩に謝る。
私は大学時代含め4年間付き合っていた彼に振られてしまった。
他に好きな人が出来たのだという。
私たちが別れたという噂を聞いた先輩が、心配して食事に誘ってくれたのだった。
食べれば元気が湧いてくる、が信条の先輩なりの優しさだった。
 
「あ、私からあげ定食で」
先輩が言う。こんな夜中でも容赦なく食べるんだ、この人は。でも細い。
 
「私ホッケ定食で」
私も続ける。先輩と違って太りやすい体質の私は、ちょっとヘルシーさを意識してみる。
 
卒業してからの2年間は遠距離恋愛になっていた。大学時代は毎日会っていたのに、社会人になってからは距離もあって会えるのも月に1回程度になっていた。だから、別れたといっても実感が湧かなくて、自分でも驚くくらい、私は元気だった。
 
「あんたホッケって……まあいいけど」
先輩は呆れながらも、思ったより元気そうで安心したよ、と言ってくれた。
 
「あ、はい、まあおかげさまで、へへ」
 
私は寂しいけど、どこかほっとしていた。
もう彼を責めなくていいんだと解放された気持ちでいた。
 
大学を卒業後、私は会社員として、彼はアルバイトとして働いていた。
やりたいことが見つかるまで、マイペースに生きていきたいという彼の気持ちもわからないでもなかった。
でも、私焦っていた。
仕事は好きじゃなかったし、一人で生きていく勇気もなかった。
だから、早く彼と結婚して、家庭というシェルターに逃げ込みたかった。
 
正社員として働こうよ、ねえ結婚したくないの?
気が付けばこんな話ばかりしていた。
自由を愛する彼にはそれは重荷だったんだと思う。
私を責めることはしなかったけれど、電話の回数も、メールの回数も、だんだん減ってきていた。
そしてその日がやってきてしまったのだ。
「働かない俺のことも好きだって言ってくれる人と付き合うことにしたんだ」
こうして、私はあっさり振られてしまったのだ。
 
「カラーゲおまたせしやしたー」
若い店員が先輩のから揚げ定食を運んできた。
私のホッケ定食は、一足先に来ていた。
 
「じゃあまあ、食べますか!」
さっきまで考え込んでいたことを忘れたくて、私はいつもより大きな声でいただきますを言った。私は悪くない、私は悪くない。働かない彼が悪い。そう考えないと、やっていけなかった。
 
しばらくわたしは呪文のように繰り返しながら、黙々と食べていた。ふと目線を上げると、先輩がこちらを見ていた。
 
「え? なんですか?」
「いやあんた、きれいに魚食べるよねえ」
 
そう言われた瞬間、彼を思い出した。
このきれいな食べ方は、彼に教えてもらったんだっけ。
そう思った瞬間、涙が止まらなくなった。
 
彼に初めて会ったとき、あんまりきれいに魚を食べるので、見とれてしまった。魚はきれいに骨だけになって、芸術品みたいになった。
その食べ方があんまり素敵だったので、私にも教えてほしいといって、伝授してもらったんだっけ。
頭のほうから食べるといいとか、骨は途中ではがすんだとか、不器用な私がうまく食べられるようになるまで、しばらくふたりで魚を食べ続けた。
そうだあの人は、こうやって、私ができないことを責めるでもなく、根気強くできるようになるまで一緒に頑張ってくれる人だった。
 
それに比べて私はどうだっただろう。
いつから私は彼を正社員になってくれと責めてばかりいたんだろう。
なんで私は正社員でいることが偉いと勘違いしていたんだろう。
彼のいいところが見えなくなっていたんだろう。
 
彼の素敵なところはちゃんとわたしの一部になっていた。
でも、わたしは彼に何か残してあげられたのかな。
そう思うともう、後悔で涙が止まらなくなった。
 
彼との思い出のひとつひとつは、ホッケの小骨のように微々たるものばかりだけど、確かに私の一部になっていた。
 
「ちょっと、大丈夫?!」
 
急に泣き出した私を見て、先輩が心配してくれる。
涙でグズグズしているのとホッケの小骨が口にささっているので、私はうまく返事が出来ない。
 
「骨、ささっちゃって」 と私は答える。
「大丈夫?水貰おうか」 と先輩は心配してくれる。
 
いえ、いいんです、骨をかみ砕くのが好きなんです、と私は答える。
このホッケの小骨のような彼との思い出を吐き出すんじゃなく、無理に流し込んだりするんでもなく、かみ砕いて消化していきたい。口の中に刺さっても、全部ゆっくり消化していこう。
 
そして次に誰かに出会えた時は、私が魚の食べ方を教えられるようになりたい。
人を責めてばかりいるんじゃなく、一緒に歩幅を合わせて成長を楽しめるような人になりたい。
 
泣きながらホッケを完食して、わたしは決意した。
 
 
***

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2017-10-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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