メディアグランプリ

死体は繭に覆われている


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記事:下山員須子(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
父が死んだ。人は死ぬと時間が止まる。その止まった時間は、死んだ人間の体を瞬時に取り囲みだす。周りの人間との接点を断つかのように、拒絶するかのように、止まった時間が死んだ人間の体を包みだす。止まった時間は、まるで繭のようだ。
 
人は死ぬと仏さまになるのだという。
「死んだらみんな仏様になるのだから。だから、もう亡くなった人の悪口は言ってはいけないよ。仏様の悪口を言うと罰が当たるよ」
 
そんな脅しのような、呪詛のような言葉に守られて、どんどん、どんどん繭が大きくなっている。
 
その繭は見えない。見えないけれども、美しい。いや、見えないからこそ美しいと思おうとしている。
 
一度繭に覆われると、もう中は見えない。繭を壊さないことには、中身を確認することはできないのだ。
でも、繭の中を確認する必要があるのだろうか。確認しようと思えば、繭を壊さなくてはならない。繭の中身をみんなは本当は知っているから、壊そうとはしない。
 
そう、中身は虫だ。お世辞にも美しいとは思えない虫だ。
その虫を美しいと思う人ももちろんいるだろう。けれども私には、気持ちの悪い大嫌いな醜い虫にしか見えない。
 
その醜さを隠すために、繭は白く美しい。
その白さは、紡げば美しい絹糸になるのだと、周りの人間を錯覚させるために。
そして、周りの人間は「これは本当に美しい繭だ」「すばらしい繭だ」と口々に言う。まるで自分たちに言い聞かせるように。私に言い聞かせるように。
そして、繭を湯がいて絹糸にする。絹糸にして、持って行ってしまう。
私の手元に残されたのは、醜い虫だけ。
そして、それを大事に持っておけと言う。こんなにも醜いのに。この醜さを見ていないから、持っておけなどと私に向かって言えるのだろう。
 
ああ、でも、みんなが持って行ってくれたおかげで、よく見える。見えなかったものも見えてきた。
 
一見醜い虫だけど、優しい虫だった。
口下手で、不器用で、何をやっても上手く出来た試しはなかったけれど、楽しむときはキリギリスのように、働くときはアリのように働いた。
 
子供のころはよく遊んでくれた。大人とは思えないほど、全力で遊んでくれた。遊び疲れて眠る子供をしり目に、夜中まで働いた。童話のアリとキリギリスの両面を持った人だった。
 
でもいつから、こんなことになってしまったのだろう。私には虫にしか見えなくなってしまったのだろう。
 
父が欲しかったのは男の子だ。
 
非常に残念なことに、私は女として生まれた。「お前が男だったら」と何度言われたことだろう。だから男でも女でも、文句が言えないように頑張った。世間でも良いと言われる大学に進学した。卒業後は、はっきりとは言わなかったが内心では父が願ったように家業を手伝った。しかし、ただの働き手としか扱っていないかのように、仕事の重要な部分は任されることはなかった。
 
そして私の産んだ子も女の子だった。ふたりとも。
 
女の子を産んだ私にこう言ったのだ。
「女の子は抱っこしない」
 
私はこの時死んだ。
そして、死んだ私の周りを繭が囲い始めた。傍から見れば白い綺麗な繭が。
私は醜い虫。男の子でないがゆえに人間になれなかった虫。
私の周りの繭はどんどん大きくなる。中身はどんどん醜い虫になってくるのに、「よく働くいい子」「仲の良い家族」「嫁いだ後も実家を手伝っているよい娘」という、美しい繭で包まれていく。
 
外見はどんなにきれいでも、中身は醜い。醜くてもう我慢できない。私は醜い虫のままではいたくない。綺麗な綺麗な繭が壊れても、人間に戻りたい。
 
だから、私は繭を壊して出てきた。周りには醜い虫だと思われても、繭から出てこれたのだから、少しづつ人間になっていける。醜い虫になるのは、本当に死んでからで充分だ。
 
父は死んだ。
人は死ぬと時間が止まる。その止まった時間は、死んだ人間の体を瞬時に取り囲みだす。周りの人間との接点を断つかのように、拒絶するかのように、止まった時間が死んだ人間の体を包みだす。止まった時間は、まるで繭のようだ。
 
繭を紡いでいけば、その中から虫がでてくる。
紡ぎ終わった繭は、虫しか残らない。そしてその虫は捨てられるのだ。
私は捨てるのだ。
 
でも、残されたのは、白く滑らかな美しい絹。
私ではない誰かにとっての、美しい絹糸。
それはそれは美しい絹糸。
 
 
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2017-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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