メディアグランプリ

日本手話の山を登って見えたもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:相澤綾子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「おつかれさまです」
覚えたばかりの手話を使うと、それまで私のことを見向きもしなかったお客様が、急に振り返った。
「手話できるの?」
「勉強中」
彼はうなずくと、拳を握った両腕をリズミカルに動かして、帰っていった。
「頑張って」
会話ができた喜びでドキドキした。それが日本手話の山に登るスタート地点だった。
 
障害福祉課に異動して3か月経ち、ある程度仕事を覚えると、時々訪れる聴覚障害者達の手話が気になるようになった。すごい速さで腕や手を動かし、顔のうなずき、眉の上げ下げ、そんなやりとりで意思疎通している。制度や手続きの説明をする私はいないかのように、手話通訳者だけを見る。当然のこととはいえ、疎外感を感じた。ラッキーなことに、職場内にマユさんというろう者がいた。マユさんは手話を教える勉強もしていた。薦められた本とDVDで自習し、分からないことをランチタイムに筆談で質問した。すばらしいガイドのおかげで、手話の山を登り始めることができた。
 
 それまで私は、手話は日本語をそのまま置き換えて表現しているのだと思っていた。でもマユさんは違うといった。日本語対応手話と呼ばれる日本語と同じ語順の手話を使っている通訳者もいるけれど、生まれつき耳が聞こえないろう者同士は、「日本手話」を使っていて。それは独自の文法を持つのだと彼女は説明した。
 日本語の文法との細かな違いを質問すると、マユさんが少し考えてから答える。どちらかといえば、「日本語はこうだよね?」と確認するときの方が、考え込んでしまうことに気付いた。私は、まさか、と思いながら尋ねた。
「もしかして、日本語じゃなくて、手話で考えてるの?」
マユさんはびっくりした顔で「当たり前」と手話表現した。
「当たり前だよ、手話で考えてるよ」
衝撃だった。筆談の日本語もとてもスムーズだし、日本語で考えているのだとばかり思っていたのだ。そういえば、窓口で高齢の女性が、日にちを確認したら、手話表現しながら考えていた。
「記憶も手話でしてるの?」
マユさんは深く頷いた。
「ろう者の母語は手話だよ。ネイティヴはみんな手話で考えて手話で記憶しているよ」
峠にたどり着いて、一気に視界が開けた。
 
 それから私は職場の手話サークルに入り、毎日マユさんと話し、手話ニュースでネイティヴが出演する日を録画し、ろう者の動画メルマガを見た。できるだけ手話に触れようとした。ネイティヴのスピードにはなかなかついていけず、苦しかった。いつか分かるはずと信じて続けた。そして、一年くらい経った頃には日常会話ができるまでになった。窓口でも一人で応対することもあった。
マユさんに誘われてろう者のイベントにも参加するようになった。ろう文化について考えるワークショップや舞台など色々あった。そこまで辿り着くと、楽しくてたまらなくなった。同じ日本語でもいろいろな話し方や雰囲気があるように、手話にも女性らしい手話や、かっこいい手話があった。流れるような美しい手話表現にはうっとりした。
 手話イベントでは、みんながにぎやかに手話で話していた。私は「手話がまだまだの人」で、誰かが気付いて助けてくれた。会話からとり残されて、あいまいに笑っていると、易しい表現に言い換えてくれたり、詳しく説明したりしてくれる。「今分からなかったでしょ」といったストレートな表現にショックも受けたけれど、これもろう者達の文化なのだ。その後で必ずサポートしてくれる。みんなとても優しかった。手話があれば、耳が聞こえるとか聞こえないとか、もう関係ないのだ。こんな経験ができて幸せだった。
 
 その後私は勤務地が変わって手話を使う機会は減り、ろう者のイベントに足を運ぶこともなくなった。手話の山を登り続ければその先にまた違う世界が見えたのかもしれないけれど、他のことにも興味がわいてきてしまい、日本手話の山を下りた。寂しいけれど、手話を忘れてしまうのだろうと考えていた。
でも先月末、久しぶりにマユさんと話したら、想像していた以上に色々な話ができた。単語はが出ないときは、言い換えるとマユさんは勘がいいのですぐに分かってくれた。手話は手を動かしたり、視覚で認識することで、英語などとは違う部分の脳も使うから、その分記憶も定着しやすいのかもしれない。
 
 日本手話の山を登るのは大変だったけれど、喜びを感じ、新しい景色を見た。もし知らずにいたら、私は世の中のことは大体分かっていると思い込んで生きていたかもしれない。そして終わりを迎えていたかもしれない。そう考えるとぞっとする。日本手話の山のおかげで、自分にはまだまだ分からないことがたくさんあるという大切なことに気付けた。これからもまたそんな新たな山とのワクワクする出会いに期待したい。
 
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2017-10-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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