メディアグランプリ

我が家のフーテンの寅さんは生粋の風っこだった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:片山由美子(ライティング・ゼミ 平日コース)
 
 
「オレ転勤になった。来週あたり引越しだから」
突然、夫に告げられた。

2年半単身赴任していた夫のもとへ、私が越してきたのは8ヶ月前のことだ。
まだ住所変更も終わっておらず、次々と届く郵便物には、古い住所の上に現住所のシールが貼られている。

「転送の転送ってできるのかな?」
なぜだかそんなことが気になった。

私は、一ヵ所にとどまれない女だ。どっしりと根を下ろして暮らすことができないらしい。仕事もそうだ。2年周期で職場を変わるクセみたいなものがある。会社員になって勤めはじめると途端に息苦しくなって身動きがとれなくなる。逃げ道が欲しいのだろうか? 住まいもコロコロ変わる。出て行っては実家に戻り、出て行っては戻りを繰り返していた。
「ああ、またかい。しょうがないねぇ」
私が仕事を辞め、荷物をまとめて実家に戻って来るたびに、家族はまるでフーテンの寅さんが戻ってきたときの、だんご屋の家族のように嬉しいような、困ったような複雑な表情を浮かべていた。そんな母に、いつも申し訳ない気持ちだった。
妹たちは同じ職場で、結婚するまで勤め上げた。そして安定した仕事の男性と結婚し、安定した家庭を築いている。人生安泰だろう。これが母の理想だ。小さい頃から言われ続けてきた。「安定が一番」でも私は母の理想がイヤだった、冒険したかった。いろんな経験がしたかったのだ。だから高校を卒業するとすぐに家を出て会社の寮に入った。
意気揚々と出て行った割に、たったの1年でしっぽを巻いて戻ってきた。それから仕事を転々とし、自分が本気でやりたいことを探していた。結婚願望もなかった。母は常日ごろから、「早く結婚して子どもを産んで家庭をつくりなさい」と言っていた。それが理想の女性像なのだろう。県外に出たことも海外に行ったこともない母の理想が、小さすぎて情けなかった。
そんな私でも、妹が出産し可愛い姪を抱いたとき、はじめて「結婚したい、子どもが欲しい」と実感した。落ち着きたいと思った。何があっても笑顔で動じない母や妹たちのように、私もこの地にどっしりと根を張って、大木になろうと決めた。我が家のフーテンの寅さんもやっと46歳で結婚できたのだ。
仕事もフリーランスだけど、確実に収入が入って来るようになった。私もこれでゆるぎない、安定した家庭とやらが築けるのか……期待に胸がふくらんだ。
しかし、結婚した夫が安定していなかった! リストラされてアルバイト生活。借金と養育費で毎月の支払いに頭を悩ませる生活が始まった。彼はとてもまじめな性格で、毎日寝ないで働いた。しかし彼も何かを求めていた。深く悩みながら、一生懸命に自分の落ち着く先を探していた。だから探し物が見つかるまで、仕事を転々とするのだ。
安定した家庭が欲しくなって結婚したのに、自分が落ち着いた途端、落ち着かない男を選ぶとは、私はどうやら落ち着きたくないらしい。自分でほとほとあきれる。ここまで書いて、私は「安定」と「落ち着く」という文字を何回使ったのか? 安定と落ち着きから呪われているとしか思えない。

はなしは変わるが、
私の誕生日は9月で星座はてんびん座、夫も10月生まれのてんびん座だ。雑誌やテレビなどの星占いで使われている星座は「太陽星座」といい、12に分けられる。自分の生まれた日に太陽がどこの位置にいたかで太陽星座と言うらしい。同じ日に月がどこにいたかで見るのが「月星座」で、太陽星座と月星座の両方で見る星座占いがあることを知った。私は、月星座もてんびん座だった。両方の星座が同じ人というのは珍しいそうで、とにかく真っすぐな性格らしい。私がもっと興味を持ったのは、この12星座をさらに4つのエレメント「火・水・地・風」で分けて見る占いがあるのだ。私の属しているてんびん座は「風」だった。夫もてんびん座なので「風」。おまけに、私は太陽も月もてんびん座なので「風×風」。真っすぐな風、生粋の風っこだったのだ。

これを知って、今までの人生が完全に腑に落ちた。私はこれまでやった仕事や、住んだ場所が好きだったし気に入っていた。嫌いで転職したわけでも、イヤになって引っ越したわけでもなく、落ち着くのが嫌だったのだ。新しい場所へ行くのが楽しみで、職場も住所も慣れるまでが大変だけど、それが刺激になってワクワクしていた。ところが、2年もたつと仕事にも慣れ、人間関係にも慣れてくるので途端にやる気を失うのだった。元気がなくなると言った方がいいかもしれない。
例えるなら、5月の空に泳ぐこいのぼりだ! 風が吹くと元気にイキイキと泳いでいる。しかし、風がなくなると柱にぶら下がって悲しそうに見える。すっかりしょげているようだ。
では、私はこいのぼりなのか? いや違う、私はこいのぼりを元気に泳がせる「風」だ。私が止まってしまうと、風ではなくなり、ただの空気になってしまう。動いていないと風じゃないのだ。だから移動し続けるのか! 生まれながらの風、生粋の風っこだった。
私のこれまでの人生は、風のように移動して新しい場所と新しい人々と出会う運命だったのだ。占いはあまり関心がないのだが、これだけはストンと心に落ちた。

納得はしたものの、もう移動は面倒だし、いい加減ゆっくりと落ち着きたい。夫もアルバイトから正社員になれるという。
「これでやっと安定を手に入れた。さあこれから大地に根を張るぞ!」と思った矢先、夫は隣の福岡県に配属になった。私はこんりんざい動かないと決めていたので、単身赴任してもらうことにした。夫も「風」なのだからこれも運命だろう。それでも毎月1回夫の元へ通う日々が始まった。離れ離れの暮らしは身軽で楽しかったが、2年経ったころから夫の元気がなくなってきた。
「ヤバい、このままではまた転職でもしかねない」
やっとにした安定の文字を、みすみす手放すわけにはいかなかった。私は熊本地震の影響もあって夫の所へ越そうと重い腰を上げた。部屋を引き払って夫の元へ住所を移したのだが、職場は熊本なので、1週間の半分を福岡に住み、半分を熊本に住むという生活になった。気がつけば、また「風」に戻っていた。
あれから8ヶ月が過ぎ、私の二重生活もやっと落ち着いてきた。福岡にいる時は、ライティング・ゼミにも通うことにしてこの生活を満喫していた。
ところが、夫の会社から転勤の辞令が出た。今度は長崎県の大村市らしい。
この展開はまったく予想していなかった。私の引越しは数えるとこれで16回目になる。
はぁ~っとため息が漏れた。神様はどうやら、私を落ち着かせる気はさらさらないらしい。それならいい、がっつり受け止めよう。千の風にでも万の風にでもなって、こいのぼりでも笹の葉でも揺らすように、みんなに風を送りまくろう。出会った人たちみんなを元気にしよう。
そう決心したものの「ライティング・ゼミ通えるかな?」
今は引越しよりも、講座に通い続けられるかの方が気になって仕方がない。
 
 
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2017-10-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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