メディアグランプリ

さびた気持ちと海辺の自転車


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:木佐美乃里(ライティング・ゼミ 平日コース)
 
 
「この辺りはすぐに自転車がさびるとよ。海風が吹くけんね。最近は大きい建物がいっぱい立っとるけん、すぐには海は見えんとやけど。気づかんうちに、海から吹く風にさらされとっちゃね」

これからどうやって暮らしていくか悩んだ大学時代。卒業したわたしは、看護学校に入学することにした。両親の生まれ育った土地で暮らすことを決めたけれど、3歳までしか住んでいなかった福岡は、まるで知らない町だった。
4つ年下のクラスメイトたち。聞き慣れない方言。何回受けても合格しない実技の試験。厳しい教員や指導者。果てしなく続くグループワーク。自己学習の課題の山。朝から夜まで、12時間以上学校にいることも珍しくなかった。
「がんばらなくちゃ、がんばらなくちゃ」気づくといつも自分に言い聞かせていた。就職せずに看護師になる道を選んだのだから。両親のいる土地に戻ってきたのだから。年上なんだから、しっかりしなくちゃ。ここでくじけるわけにはいかない。毎日まいにち、何かに追い立てられるような日々を送っていた。

そんなある日、講義が休講となり、久しぶりに早く帰れることになった。愛用の自転車にまたがって、こぎだそうとすると、ぐにゃりと進む方向がずれた。パンクだ。せっかく、早く帰れると思ったのに。さっきまでのうれしい気持ちはあっという間にどこかにいってしまって、すべてに絶望する。明日も朝から実習だ。学校まで自転車なら15分、歩くと30分かかる。今日中に直してもらわなければ。確か通り道に自転車屋さんがあったはず。暗い気持ちで自転車を押す。

「お客さん、どこかから引っ越して来たと? 話し方が違うけん」
自転車屋のおじさんは、楽しそうに言った。
「そうなんです。京都から」
「京都! うらやましかねえ。テレビで見たことしかないっちゃけど」
わたしがあいまいに笑うと、おじさんは笑顔でうなずいて黙々と手を動かし始めた。
そしてふと、
「パンクもそうやけど、この自転車、けっこうあちこちさびてきとるね。毎日乗っ取ったらなかなか気づかんっちゃろうね。ブレーキもかかりづらくなっとる。このまま乗っ取ったら危ないんやなかろうかね」
「この辺りはすぐに自転車がさびるとよ。気づかんうちに、海から吹く風にさらされとっちゃね」
わたしはあらためて自分の自転車を見た。引っ越すときにも、捨てたり、誰かに譲ったりせずに、連れてきたお気に入りの自転車。くすんだ青色が気に入っていて、傷がつかないように、大事にだいじに乗っていた。それなのに、いつの間にかぞんざいに扱うようになって、海風に当たって、だんだんとさびてきているのにも全然気がつかなかった。
まるで、いまのわたしみたいじゃないか。あんな看護師になりたいと憧れたこと、患者さんからの笑顔とお礼の言葉に、むずがゆいような、うれしい気持ちになったこと、希望にあふれることもたくさんあった。それが、忙しい日々に追われて、つらい気持ちばかりがどんどん大きくなっていた。毎日の、小さな悲しさや辛さやいらだちが、海風のようにわたしの気持ちもさびさせていたのだろうか。

暗い気分になってきたわたしに、おじさんは背を向けたまま言った。
「でもね、おじさんが、ついでに油も注しとくけん大丈夫よ。しっかりブレーキもきくようになるけん。まだまだ乗れる。こまめに空気入れてやってね。それでもパンクしたら、またいつでも来んね」
なじめないと思っていた福岡の方言が、優しかった。
「空気入れるの面倒で、すぐさぼっちゃうんですよね」
へへへ、と笑いながら、涙が出そうだった。わたしのこれからの道も、大丈夫だろうか。これからも、気づかないうちに、小さく傷ついて、少しずつ疲れていくこともあるだろう。それでも、こまめに空気を入れて、油を注して、ひと漕ぎひとこぎ、前に進んでいくしかない。わたしにとっての空気や油はなんだろう。憧れの看護師像だろうか、患者さんの笑顔だろうか。それだけじゃない。今日みたいなできごとも、きっとそうだ。たまに食べる母の手料理、友達と愚痴をこぼし合うこと、好きな音楽を聴くこと、目が覚めるまで眠ること。小さくても、わたしを前に進ませる燃料になる。
「ありがとうございました。さようなら!」
手を振ると、自転車屋さんのおじさんも、にっこり笑って大きく手を振り返してくれた。
家に着いたら、久しぶりに自転車を磨こう。そして明日の朝が来たら、また次へ、漕ぎ出していくのだ。

 
 
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2017-10-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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