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メディアグランプリ

おおげさな恋と嵐から子犬に助けられた話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:木村なほこ(ライティングゼミ平日コース)

 

 

「え!? 予約がキャンセルされてる? どういうことですか? 理由は?」

私は焦ってまくし立てた。

電話に出たホテルの担当者は、私の剣幕に明らかに困惑していて、それでもていねいに、理由は分かりかねますが、ミスターナカモトよりキャンセルのご連絡を頂いております、と繰り返す。

ミスターナカモトとは、私の彼だ。

これ以上何か言っても仕方がないと理解した私は、そうですか、ありがとう、と力なく電話を切る。

そして、途方に暮れている。

 

外国に暮らす彼と、ここで久しぶりに会えるはずだった。南の島でのバカンス。

とても楽しみにしていたのに、直前に大ゲンカをしてしまった。

私はそれでも、仲直りの旅にしようと、ひとりでここまでやってきたのだ。

 

予定では、彼の方が早く着くから、空港で出迎えてくれるはずだった。

この空港で、感動の再会になるはずだったのだ。

でも、彼の姿はなかった。

そして私はホテルに電話をかけ、宿泊の予約がキャンセルされていることを知る。

 

すでに夕方遅い時間で、段々暗くなり始めている。

彼が来ていなかったショックと、知らない土地でもう夜になるというのに泊まる場所もない、という状況に絶望しながら、途方に暮れるとはこういうことか、と変に納得していた。

 

とりあえずタクシーに乗って町中まで行ってみる。泊まるところを探さなくては。

幸い小さな島で、にぎやかな町まではそれほど遠くなかった。

私はビーチフロントの小さな安宿に決めた。

正直、部屋やロケーションなんてもうどうでもよかった。

しかももう暗くなっていて、目の前がビーチだろうがまったく関係ないのだが。

とにかく早くひとりになりたかった。

 

部屋に入るなり、ベッドに倒れこんで泣く。

これは、どういうことなの?

私は失恋したの?

まったく彼の意図が分からない。

確かにひどいケンカをした。だけど何も言わずに勝手にキャンセルするなんて。

ここではWi-Fiがつながらず、かといって電話で直接話をする気にはなれず。ショートメールでこの島に来ていることだけを伝えた。

彼からの返事はなかった。

 

まるで悲劇のヒロインのように泣きじゃくっていると、突然大雨が降りだし、屋根を大きな音で雨粒がたたきつけ始める。スコールの季節なのだ。

するとなんと、ビーチで宴会でもしていたらしい酔っ払いが、私の部屋のドアの前で雨宿りを始めたのだ。

安宿にセキュリティは求められないが、まさかこんな薄いドアひとつ向こうに、酔っ払いの集団が騒いでいるなんて。

雨がひどくて、あのドアの上の小さな屋根では濡れるだろう。部屋に入ろうとドアをこじ開けたりしないだろうかと思うと恐ろしく、この部屋を選んだ自分を恨んだ。

 

結局夜明け近くまで雨は降り続き、酔っ払いたちは私のドアの前で騒ぎ続けた。

悲しいやら腹立たしいやら恐ろしいやら。情けない一晩を過ごすことになったのだ。

仲直りの楽しい旅の予定だったのに。

 

とはいえ、帰りのフライトは数日後。

どうせ休みを取っているし、フライトの変更をするのも面倒なので、私はひとりで休暇を過ごすことに決め、翌日、もう少し落ち着ける宿を探した。

小さな庭とプールのある静かなコテージに移動して、私はようやく落ち着いた。

宿泊客も少なく、すこし寂しいくらいのこの場所が、かえってありがたかった。

フロントにいた男の子は、なぜ日本人の女性が一人でこんなところに来たのか、バックパッカーでもないのにホテルの予約をしないできたのか、興味津々であれこれと話しかけてくる。

表裏のまったくなさそうな、屈託のないその子の笑顔を見ていると気持ちも和んだけど、説明をすると泣きだしそうで困った。

 

私は、本を読んだり、周りを散策したりしながら、もやもやした気持ちと泣きそうな気持ちを抱えたまま休暇を過ごした。

時々フロントの男の子が顔を見せて、ピースサインをしたりしながら仕事をしている。

 

あるときプールサイドで本を読んでいると、急に雨が降り出した。

私は小さな屋根がある所にいたのでそのまま本を読み続けていると、雨は段々勢いを増し、嵐のようになってきた。

屋根はあるけど壁はないから、雨が吹き込んでくる。雨粒が当たって、身体も少しずつ冷えてくる。でも今屋根の外に出たら一瞬でずぶぬれだ。どうしよう、と思っていると、例の男の子が大きな傘をさしてこちらに来る。救出に来てくれたのだ。

そして室内に無事避難できると、彼は自分の部屋から冷えていないビールを持ってきてくれて、一緒に飲んだ。

いつも悲しげな顔をしている私のことを元気づけようとしてくれているらしい。

けたたましい雨の音を聞きながら飲んだぬるいビールは、しみじみとした味がして、私は泣き笑いみたいに変な顔になった。

ただそれだけの休暇だった。

 

 

帰国して彼と連絡が付き、お互いの思い違いがあったらしいことが分かった。彼はもう旅には行かない、と言ったつもりで、私はそうは受け取らなかった。

ショートメールに返事がなかったのは、普段やり取りをしていたLINEで返事を送っていたという。Wi-Fiがつながらなかった私はその返事を帰国後に受け取った。

それは、すぐに行くからどこに泊まっているか教えて、というメッセージだった。

どこまでもかみ合わなくなっていた。

いろいろと話し合いをしたけれど、結局私たちは別れた。

遠距離ですれ違い始めると、もう修復は難しいのだと思った。

 

だけど、こんな体験が出来たことを、少し感謝している。

数年がすぎて今思うと、やたらドラマチックな雨と、自分の悲劇のヒロインっぷりがおかしい。恋はおおげさで、時に恥ずかしい。そして自分が当然と思うことでも相手は違うかもしれない、ということが想像できなくなった時、恋は終わるのかもしれないと思った。

あの子犬のような男の子。

あの子は私を覚えていないだろう。きっと誰にでも、屈託なく笑いかけているに違いない。

***

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2017-11-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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