メディアグランプリ

じいちゃんの物語


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小川由里絵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「え!?ヤダこれ誰?パパの隣!」
振り向くと母が顔を真っ赤にして写真を指差す。
顔が赤いのは部屋が熱いからだけではないようだ。
興奮した様子の母から写真を受け取る。
そこには青年の姿の祖父(じいちゃん)と見たことのない美女が腕を絡めて微笑み合う姿が写っていた。
 
2カ月前。
おじいちゃんが入院して、医者に長くないと告げられた。
おばあちゃんは家で1人帰りを待っていたが今後を考え施設に入ることになった。
私たち家族は皆家に思入れがあったが、別の暮らしが其々にあるため、近い将来手放す事になるだろう。
誰の本意でもないが、仕方の無い決断。
悲しみを押し込めて、家の片付けが始まった。
 
まず手始めに取り掛かった私たちのミッションは写真の整理だ。
考えたくない事だが遺影を用意しなくてはいけなかった。
それにじいちゃんは写真が趣味だったから良い写真があったら持たせてあげようと話した。
 
ゴッ。ガラガラ。
普段開けない納戸は硬くてスッとは開かなかった。一度叩くと戸は自分の機能を思い出したように動き出す。埃臭い納戸に手を入れるのは少し勇気が要る。
前準備としてマスクと頭には三角巾をして沢山の分厚いアルバム帳が出てきた。
 
ビニールカバーがかかったままの正方形のアルバム達。
思ったより綺麗。
1ページ目にフジカラーの宣伝チラシが挟まったまま。
アルバムの装丁を見るだけで、気持ちがタイムスリップしてしまいテンションが上がった。
 
『昭和41年・夏 軽井沢家族旅行』
おじいちゃんの字だ。
メモの脇には色鉛筆2色使いで花の挿絵。
切符や領収書まで貼ってある。
なんてマメなんだ、じいちゃん。
 
じいちゃんは多趣味で、写真とビデオ撮影と絵が趣味だ。
家には暗室があって、部屋には写植機とビデオ編集機。
仕事もロゴやチラシデザイン、看板書きなどをしていた。
こだわりも強かったのだろう。
我が家のアルバムは全部じいちゃん作なのだ。
 
アルバムをめくる度、若いおじいちゃんの声が聞こえる気がした。
『てつが初めて立った。』
『動物園でてっちゃんのズボンを猿が掴む。大泣き。』
てっちゃん、というのは私の叔父だ。母の事のメモよりてっちゃんについてのメモが多い。
アルバムに向かって心の中で話す。「同性の子の誕生は嬉しかったの?」
兄弟で愛情の注ぎ方に差があるのは問題だと思うが、今となってはそんなおじいちゃんが人間臭くて可愛いく思えてしまう。
「でもね。じいちゃん口下手すぎるよ。このアルバム見せてなかったでしょう? 作ったら自慢したら良かったんだよ」
 
アルバムを整理しながら驚いたのは、母曰く殆どのそれが初見だったことだ。
母はページをめくるたび笑いながらコメントし、泣いていた。
じいちゃんは、口下手で表情も豊かな方ではなかった。
てっちゃんは、父親とのコミュニケーションが上手く取れずに悩み、自分の事をもらわれっ子なのではないかと心配した事もあったそうだ。
このアルバムを見たら愛情なんてすぐに伝わるのに。
じいちゃんは「出来たよ」ってアルバムを食卓に持って行く事すらできなかったのだろうか。
 
アルバムの中でも1番年季の入ったものがあった。
表紙は皮のような素材で金箔で装飾が書かれている。美しいが少しカビてしまっていて写真も糊が乾きすぎたのかページによっては剥がれ落ちているようだ。
持ち方に注意してページをめくる。
「!」
一番最初のページにあったのは子供の頃のじいちゃんの写真だった。
実家から数枚持ってきたのだろうか。
子供時代の写真はすぐに終わり、20代と思われるじいちゃんの面影を持つ青年が出てきた。
しかもナルシストなのか時代なのかわからないが、ブロマイドのようなしっかりポーズを決めた1人で写った写真が何枚も出てきた。
 
これは凄い。
そう思って携帯で写真を撮ろうとカバンを探った。
すると後ろから母の声。
母が見ている写真を見ると、おばあちゃんじゃない美女とのツーショットだった。
 
ページをめくって、その姿の若さや交友関係から推測する。
どうやらばあちゃんとと出会う前のようだ。
当時雑誌社で働いていた祖父の交友関係は全く知らなかったが、外国人のモデルさんたちに囲まれた異様な写真もあった。
写真の中のじいちゃんは服も髪型もオシャレで決まってる。メチャメチャかっこいい青年だ。
もはや“おじいちゃん”じゃない。
そう呼ばれる事を想像した事もないんだろうなと思わせる無邪気な笑顔と目が合う。
「こんにちは。あなたの孫ですよ。残念ながらとなりの彼女とは結婚しなかったみたいよ。まだ出会ってないと思うけど、おばあちゃんにはこの写真内緒にしておくね。」
 
この青年が、私に出会うのはおそらくこの写真から40年後くらい。
私は今30歳で、社会人をやっている。
受験も就職も終わり、安定して1社で働き続け、大きな不満もない。
なんとなく自分の人生はもう完成しているような気がしていた。
 
しかしこの写真の彼を見て思ったのは、まだ入り口に近いよってこと。
まだおばあちゃんにも、母にも、てっちゃんにも、私にも出会ってない。
私の知ってるストーリーはまだ始まってもない。
私も、まだ誰かにとって始まってない入り口にいるのだろうか。
 
それから20日ほど経ってじいちゃんは息を引き取った。
全ての栄養を使いきり、老衰で天寿を全うした。
棺には絵の道具と、家族の写真と、大好きだったお菓子を。
そして、こっそり封筒に入れて青春時代の思い出も忍ばせた。
 
じいちゃんに聞きたい事がいっぱいある。
青春時代のロマンスについても追求したかった。
どうせ聞いても無口で満足な答えは得られなかっただろうけど。
でも確かな事がある。
私が生きている事がじいちゃんのストーリーの続きだということ。
 
さあ、じいちゃん。
空の上から見ていてね。
主人公はわたし。
新しいお話のはじまり。はじまり。
 
***

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2017-11-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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