プロフェッショナル・ゼミ

「このくらいいいや」が積み上げられたこの場所で。《プロフェッショナル・ゼミ》


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「このくらいいいや」が積み上げられたこの場所で。
記事:田中望美(プロフェッショナル・ゼミ)

辺鄙な場所に来ていた。市内を回るバスが次々と通り過ぎ去ってゆく。何台ものバスを見送った後、「那の津行き」のバスがようやく到着した。全く時間通りに来なかった。私はそのバスに乗り込んである場所を目指していた。初めて行く場所だ。初めて行く場所というのは、たいていの場合ワクワクするものだが、その時の私の気持ちは、相当な落ち込みようだった。生気が無い。ただただバスに揺られる抜け殻の人間だ。

 
 那の津2丁目のバス停までおそらく20分。私はそこから、約1.5キロ歩くことになる。そこは海がとても近い場所だった。家はなく、その代わりに大規模な工場が立ち並んでいる。頭上には都市高速が通っていた。お店も公共施設も何もない都市から少し離れたこんなところに、来る必要なんてさらさらない。絶対に行かなければならない理由がない限りこんな場所に来ようとすら思わない。そんなことを思いながら、スマホの地図アプリで、目的地を設定した。とぼとぼ歩きはじめると、私のすぐ前に一人の少年の姿があった。制服がぶかぶかだ。恐らく高校1年生だろう。頭を丸刈りにしたその少年が初々しく思えた。私は思った。もしかすると、目的地が同じかもしれない……

私の勘は当たっていた。私が進もうとする方に、彼も行く。最終的に私はスマホを見ず、彼についてゆくことにした。その方が早いと判断したからだ。おかげで迷うことなく目的地にたどり着いた。

そんな私の向かった先というのは、自転車保管所だ。自転車放置禁止区域に置かれた自転車を一時保管し、期限を過ぎれば処分するという場所である。区役所の自転車対策推進課が管轄しており、自転車を持っていかれると、移動保管費用として、1回に2500円を払わなければならない。

私は先日、スーパーの駐輪場の空きがなかったため、少しだけだからと駐輪所ではないところに自転車を止めていた、30分程度だったと思う。帰りに自転車に乗ろうとすると、どこを見ても、自分の自転車がない。一瞬、盗まれたかと思ったが、すぐ近くに自転車保管所の看板があった。ああ、持ってかれたなと肩を落とした。その日は、自転車で行けば15分ほどの道のりを、重たい荷物を持ち、30分以上かけ、歩いて帰った。本当に自分が哀れに思えた。なぜなら、ここ最近、あまりの自分の不運さに、メンタルがやられていたからだ。寝不足だし、仕事でミスを連発するし、人間関係のゴタゴタに巻き込まれるし、ちょっとした事件も起きた。挙句の果てに自転車を持っていかれ、その日唯一楽しみにしていた予定が、狂ってしまった。友人にこの不運を吐き出せただけ、まだマシだった。笑い話にできるからだ。もう、ダメダメすぎてあきれ笑いである。

だから、次の日の夕方、私は自転車保管所のある那の津行きバスに揺られていたのだ。くよくよしても、いくら嘆いたって変わらないからだ。身も心も生気はなかったが、最後の力を振り絞るかのように、私は立ち上がっていた。

ようやく、自転車保管所らしき建物が見えた。古びた看板に油性ペンで「受付はこちら」と無造作に書かれている。入り口には、鍵がかかっていて、係の人がいないと入れない仕組みになっていた。当然のことだろう。ここには無数の放置された自転車が保管されているのだ。

一歩そこに入ると、私は自分の目を疑った。想像以上にこの保管所は広く、数えきれないほどの自転車がびっしりと並んでいたからだ。まるで、日祝日の大型パチンコ屋の駐車場のようだ。

いやいや、ここからどうやって自分の自転車を探せばよいというのだろうか、呆然としながら歩みを進めると、おじさんから声をかけられた。私は、自転車を無断で放置していたことに罪の意識を感じていたため、怒られるのではないかと少しビクビクしていた。しかし、予想以上に優しく、おじさんは対処してくれて、放置した日時と場所から、すぐに私の自転車を見つけ出し、手続きする場所へ案内してくれた。

こんなに自転車が回収されてるなんて……
手続きをすすめながら、私は少し衝撃を受けていた。
こんなに回収されているとしたら、もっと放置されている自転車が県内、九州、日本、世界中にあるのだろう。
いや、でも、もしかすると驚くことではないのかもしれない。だって、少しくらいならいいだろうと思って、その辺の道路に自転車を止めることなんてよくあることだし、自転車放置以外のことでも、「ちょっとくらい、このくらいいいか」と考え、ついいけないことだと分かっていてやってしまうことは、誰しも経験済みなことなのではないか。

だが、こうして実際に取り締まりを受けると、自分のそういう「ちょっとくらい」とか、「このくらい」という油断や、駐輪場に止めるお金がもったいないし、面倒だからという姑息な考えを目の当たりにしているようで、心が痛んだ。さらに、2500円もとられるのだ。ここまで来るのにも、交通費はもちろん自腹であるし、無駄な時間を費やさなければならないことになった。きちんとマナーを守っていれば、こんなことにはならなかったのだ。自分にうんざりしていたし、情けないと思った。それと同時に、もう絶対にこの場所にお世話にならないようにしようと肝に銘じた。

すると、私の背後に、

「30分も置いてなかったじゃないですか!!!」

という大きな女性の声が聞こえてきた。

「いや、でもここではそんなこと関係ないとですよ。何分だろうと、何時間だろうと関係ありませんよ。皆さんそうなんですよ」

さっきのおじさんの声もした。少し強めの口調だった。

「あー、もう」

ぶつぶつと言いながら、まだ幼い子供を後ろに乗せた女性はこの場を後にした。彼女がお金を払ったのかは分からない。だけど、あの態度から、反省の色は見えず、ただ激怒しているようだった。確かに、イライラするのも、怒りをぶつけたくなる気持ちも分かる。私も30分ほどしか止めていないのに、と文句を言いたくもなった。しかし、この世界、この場所でで生きている限り、いくら反抗しようがマナーを守らなければ罰せられるのは当然のことで、それをわかっている上でやってしまった自分が悪い。十分それを承知しているはずだが、全て自分の責任であるというやり場のない後悔や苛立ちをどこかにぶつけたくなってしまうのだ。

自分の過ちは、自分で責任をとるしかない。その際、一度やってしまったことはしょうがないと認めなければならない。それから、どうすればいいのか考え行動すればいい話だが、なかなか、自分の過ちを素直に認めるのは難しい。その過ちを引きずって、なぜこんなことをしてしまったのかと自己嫌悪に陥ってしまうとなかなか抜けきれず、その日一日落ち込んでしまったりもする。きっと彼女も、頭では分かっているが、つい感情的になり、冷静さを保てなくなってしまっていたのだろう。だって、誰も悪くないのだ。おじさんだって、彼女だって悪い人ではないはず。ただ、そういう決まりのある世界に生きていて、それを守ることができなかったというだけである。

そう考えると、この場所に無限にある自転車たちは、人間の「このくらいいや」という気持ちが具現化されたものだと言えるかもしれない。いけないと分かっていながらも、つい自分の都合でやってしまう。もちろん物を大切に云々という観点もあるが、その根源も、「このくらいいいや」という気持ちからではないだろうか。

そう考えると、やはり、ここ最近の自分の不運はまさに自分で引き起こしているものだと、理解せざるを得なかった。

寝不足で頭がぼーっとしていた。だから仕事でミスをして、大切なお客様から注意を受けた。ちゃんと睡眠をとり、冷静な判断ができる心身の状態を保てていれば、事態はもっと良かったかもしれない。
自転車だって、時間に余裕を持って目的地に着いていれば、駐輪場に止めることはできたはずだ。お店の清潔感やちょっとした工夫で、売り上げがに貢献できた。

残念な結果もそうでない結果も、起こりうることは全て自分の責任なのだと痛いほどわかった。

それで最近、凹みに凹み凹みまくって、はじめてこんな自分なら死んだほうがマシだと思った。私がどうにもこうにも仕事のできない人間だからだ。

過ちを犯し、いろんな人に迷惑をかけ、「生きていてごめんなさい」と思った。それくらいうまく行かないことが重なって、自分の価値を全く見出せなかったのだ。
平泳ぎのように、嫌なことがあっても何度も何度も顔をあげればゴールにたどり着けるのだろうか?
状況は好転するのだろうか?
自問自答の繰り返しだ。

何度も前向きに考えようとするが、何もやりたくなくなった。逃げ出して無になりたかった。

でも、なぜかわからないけれど歩みを止めることもできないのだ。多分、そんな勇気も私にはない。だから、私はひたすら書いて、踊った。

ふと、私の先を行く人たちの背中が浮かぶ。

あの人も、この人も、こんな思いをしたことはあるのだろうか??もう少しというか、幾分私よりマシだろうが、20代特有の蟻地獄のような苦い経験はあっただろうか。

母に相談すれば、そんなことがあったって「死にゃーせん」と言ってくれるのだろう。

でも、それで片付けられるものなんかじゃないと、思ってしまう。

私はもっと輝きたいのだ。今の自分のままでは絶対に嫌だ。夢を実現し、たくさんの人に応援されている、向こう側の世界で生きていきたい。

どんなことがあっても平然と顔を上げるしかないのだと、逃げ出したい私に、もう1人の自分が言う。考え方次第だよ、人生は。と、背中を押す。ああ、どこかで読んだ本のセリフだなあ。

「このくらいでいいや」が積み上げられたこの場所で、気がつくと私は記事を書いていた。もう、衝動だ。何もかもが嫌で、その全てが自分の責任なのだとわかったからだ。

このくらいいやという気持ちで、人生に大きなボロが出る。仕事だって、ダンスだって、その少しの油断や甘えが積み重なって、大きな失敗に繋がっているのだ。

だから私は、海沿いのこの場所をしっかりと目に焼きつけようと思った。

今まで出会った様々なプロのほとんどがこう言っていた。
プロは、同じ過ちを2度としない。

それが、プロなのだ。

私は同じ過ちを何度繰り返しているのだろう。

このくらいいいや、ちょっとだけなら……

そういう気持ちが、そこかしこに私の周りに溢れていやしないか。それでは、どんなに反省したとしても、苛立ってこの場を後にした子連れの彼女と同じことだ。

どんな分野であろうと、プロになるには、プロがしていることをしなければなれない。

帰りは自分の自転車を漕いで、自分の足で帰宅した。心なしか唇がキュッと引き締まっていた。

***

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