メディアグランプリ

「人間滅多なことでは死なない」という油断


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:梶川元貴(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「あ、死んだな…」
審判が試合開始を告げる声をあげた瞬間、そう思わされるほどの圧倒的な威圧感を感じた。ルールに則った試合であり死ぬことはあり得ないことだ。ただ、確実にその瞬間、ぼくは死を覚悟した。
 
死線をくぐりぬけてきた者が身につける空気など、もちろん身につくことはなかった。ただ、ぼくはそのできごとをきっかけに、確実に人生を舐めてしまった。
それが遠因になったというと大袈裟な言い訳だが、大学受験には失敗するし、大学卒業にも失敗した。何かにつけて楽観的になり、そして失敗していった。
 
死を覚悟した経験が、ぼくの中の楽観的な部分を開花させ、そして大いなる油断と数多の失敗を生んだのだ。
 
広島の進学校に通っていたぼくは、柔道にあけくれていた。
強豪校には勝てないまでも、県内ではそこそこのところまでは勝ち上がれる程度の実力を持つ高校だった。
 
高校3年生で迎えた県大会、団体戦の相手は全国屈指の強豪校。先鋒から大将まで5人が並び向かい合ったが、ぼくの相手は自分よりもはるかに上の階級の男だった。団体戦のオーダーは体重順や実力順ではなく、その分戦略が問われる戦いではあるのだが、よりによってぼくの相手は一番大柄な選手だった。
相手校のエースで体重はぼくのほぼ倍、文字通り桁違いの体格だ。その上15歳の時に17歳以下の世界大会で優勝した実績も持つその男を相手にするとなると、さすがのぼくも萎縮した。
 
大柄な体に、高校生離れした濃さの顔。大人と子供の戦いになるのは火を見るよりも明らかだが、それでも試合なのでと胸を借りるつもりで臨んだ。
 
「しゃーっ!」
審判が試合開始を告げるとすぐに、対戦相手の気合いを入れる声が会場中に響き渡る。
その瞬間、ぼくの世界は半分になる。こう書くと大袈裟なのだが、3.5メートル先の開始線に立つ相手の殺気によって、9メートル四方の試合場が半分の大きさに感じられたのだ。
巨大な壁が死の闇とともに迫ってくるような感覚に襲われた。逃げ出したい気持ちに駆られたが、勝つか負けるかのどちらかでしかその場を離れる権利を持てない。少なくとも一度は死を覚悟し、その壁にぶつからなければならない。
覚悟を決めたぼくは、自分よりもひと回りもふた回りも大きな相手に無我夢中で向かっていった。
 
相手の袖を持ち、襟を掴む。素直に組み合わせてもらえる時点で格下に見られている証拠だ。押しても引いてもビクともしない。
そして次の瞬間、ぼくは宙を舞い、畳に叩きつけられた。
 
一本負け。至極まっとうな決着だった。
ぼくは気づく。あれだけ死を覚悟していたけど、結局死なない。
 
ルールに基づいた高校生の試合とはいえ、死を覚悟するほどに精神的に追い詰められたぼくは、悟りを開いたかのように感覚が麻痺し、そして一つの勘違いをしてしまった。
 
人間そう死なないものである、と。
 
この勘違いが、そのあと10年以上にわたりぼくを苦しめる。
「死なない」という思い込みが、やらないことの言い訳をもたらすのだ。
 
どうせ死ぬものではないと勉強を怠り、大学受験に失敗。浪人をしてしまう。
一浪の末入った大学でも、遊び惚けて結果留年。
 
もともと「やればできるけどやってないだけ」という考えの怠惰のぼくに、「やらなくても死なない」という考えまで染み付いていった。
適当にこなしてもそれなりにできるし、やる気になればきっとできるはずという思い込み。そして、やらなくても死なないという油断から、行動しなくなる。
この負の連鎖は大学を留年しても離れることなく、就職活動もせず遊びまわってもう一年留年。死なないまでもさすがに生きていかないといけないと思い、やっとのことで就職する。
 
それなりに真面目に働いた。小さい会社で早くから責任あるポジションを任せられるようになった。それでも慣れてくると怠惰な自分が顔を出し始める。
やればできるけど、やり切らなくてもいいじゃん、少し手を抜いたって死なないし。
そして次第に結果が出ず、怒られるようになった。
どれほど怒られても死ぬことはない。心のどこかではそう思っている。
 
振り切りたくても振り切れないこの呪縛をなんとかしたい。
改めて自分と向き合う機会をつくり、自分を変えるべく追い込もうと決意した。
どうせならしっかりお金をかけて、人の目に触れるようにして。
 
そうして臨んだライティングゼミでも、またいつもの自分が顔を出す。
「締め切りに間に合わなくても死なないよ」
振り払いたくても振り切れない、10年ものの呪縛に絡みとられ、そしてぼくは課題を提出しなかった。
 
ほら、死なないじゃん。
ただ同時に気づく。死なないけど、敗北感がある。
「死なないから…」と言い訳する自分を変えたくて飛び込んだのに、結局逃げている。
 
「どうせ死なない」という楽観的な考えのもと、目の前のものからうまく逃げてきた。そして最後には自分からも逃げるところだったのだ。急に悔しくなった。
 
死ななくても、逃げない。どうせ死なないなら、決めたことはやりきろう。
そうしてぼくは、また書き始めた。
どんなに強大な壁にぶつかっても、どうせ死なないのだから。
 
 
***

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2017-11-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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