2メートルぶんの本
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:中島宏(ライティングゼミ平日コース)
20年以上前の大学の入学式の次の日にあったオリエンテーションのことなんて、もう何も覚えてないのだけど、それでもたった一言だけ今でもはっきりと覚えている言葉がある。
「この4年間で、2メートルぶんの本を読みなさい」
大学での授業のとり方、単位のとりかた、そんな退屈な話が続いている中で、壇上にあがったある教授が言った一言だ。
「2メートルぶんの本」という言葉が面白くて、はっとしたことを今でもはっきり憶えている。
「たくさんの本を読め」という言葉ならありきたりでなんの印象にも残らなかっただろうし、「100冊以上読め」という言葉だったら、強制的な感じがして軽く聞き流していただろう。
それに比べて「2メートルぶんの本」という表現は、なんとも自由な感じがして、大学に入ったばかりのその頃の気分にはぴったりと合った。
もともと本を読むのが好きだったのに、受験勉強で読めていなかったという反動もあった。2メートル分の本というのは当面のいい目標になったし、よし読んでやろうという気持ちになった。その一言で「その気」になったわけだ。
その頃の僕の部屋には本棚がなかったので、読んだ本は床にそのまま積み上げられる形になった。その高さが30cm、50cm、1m、と徐々に高く積み上げられていくのを見るのは毎日楽しかった。
どれぐらいの期間で2メートルに達したのか今では憶えていないけれど、それは4年もかかることはなく、わりと早い段階で達成されたはずだ。
その後も本を読むのが習慣になって、3メートル4メートルと大学時代は本を読みつづけた。
馬鹿な飲み会で帰ってきた深夜も、バイトの帰りの疲れた電車の中でも、彼女をどこかに迎えに行って待たされている間も(その頃は携帯電話がまだなかったので、やたら待ち時間というのがあったのだ)、本を読んでいたように思う。
今から思い返してみて、あまりぱっとしない大学の4年間だったけれど、数メートル分の本を読んだこと、本を読む習慣を得たことは、なんだかんだ言って、大学4年間の一番の財産といえるかもしれない。あんなに一気に集中してたくさんの本を読んだ時期というのは、それ以降もない。
言葉の本来の目的は、発信者から受信者に「伝える」ということだろう。
さらにもう1歩突き詰めると、「伝えた上で、相手を動かす、変化させる」ことが出来れば最高だ。
発した言葉で、受け手側の気持ちを動かすことが出来たり、実際の行動を変化させることが出来れば、発せられた言葉の目的は達成されたといえる。
あのオリエンテーションで、とある教授が言った「2メートルぶんの本」という言葉は、その教授にとってはなんでもない一言であったかもしれないけれど、僕にとっては、たった一言で行動を変えてくれた貴重な一言だ。多感な時期に数メートル分の本を読むきっかけとなったという意味では、その後の人生や考え方も、その一言で大いに変わったとも言えるだろう。まさに「人を動かす言葉」だったのだ。
では、どんな言葉が人を動かすのだろう。
今考えてみると、それはとてもシンプルで、イメージしやすい言葉なんじゃないかと思う。
「2メートルぶんの本」という言葉を聞いた瞬間、すぐに頭の中に本の背表紙がずらっと並んだ絵が浮かんだ。そしてそのイメージを「いいな」と思った。いいイメージが浮かぶと、人は自然と行動に移しやすくなるんじゃないだろうか。
たくさんの言葉を重ねて相手を説き伏せる「説得」よりも、イメージさせてその人自身の納得を促したほうが、行動を起こしてくれると聞いたことがある。
いわゆる「説得より、納得」というやつだ。
いいイメージを持って、その気になってもらうと、人は行動につながるということだ。
今年の夏の終わりごろから、ふと文章がうまくなりたいと思うようになった。
すでに大学を卒業して20年以上たち、人にものを教えたり、伝えたりする機会が増える中で、今一度、言葉や文章を勉強してみたいと思ったのだ。
そんな時、フェイスブックで天狼院のライティングゼミというものがあるものを知った。40歳も過ぎて、こういう勉強会に参加するのも少し気恥ずかしい気もしたのだが、なんだか妙に惹かれるものがあって思い切って参加してみた。
そして、これが思っていた以上に面白い。
まさに毎回、「人に言葉を伝える。人を言葉で動かす」ためのゼミなのだ。
先生の話はシンプルでわかりやすい。納得する。「言葉で人をどう動かすか」の技術論も満載だ。そしてなんといっても、今まで掴みどころのなかった「文章の書き方、言葉の使い方」というものがよく整理されていて、とてもイメージが出来やすい。
おかげで今、文章を書くことの楽しみを覚え始めている。「シンプルな言葉で人の心を動かしたい」、「人を説得するより、イメージさせて納得させるような文章を書きたい」などという熱い思いになったりしている。
このゼミのおかげで「2メートルぶんの本」という言葉を聞いた18歳のぼくと同様に、45歳のぼくが「その気」になっているわけだ。今度は読むほうではなく、書くほうで。
この歳になってそんな気分になるのは少し気恥ずかしい気持ちもあるのだが、この歳でもまだそんな気分になれることが、とても嬉しい。
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