メディアグランプリ

古本屋『獺祭堂』


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:しんごうゆいか(チーム天狼院)
 
【獺祭】(だっさい)
カワウソが自分の取った魚を並べること。また、そこから転じてよく書物を読み、引用する人のこと。
 
 
僕がはじめてその古本屋に立ち寄ったのは、1年前。秋も深まった11月頃だった。大学2年生だった僕は、サークルにも入らず、半年前に始めたバイトも辞め、大学で講義を受けて即帰宅するという、単調な日々を送っていた。毎日が退屈だった。
なにか、こんな退屈な日々を打開するものに出会いはしないだろうか。
そんなことを思いながら、何をするでもなく、講義を終えて大学から出る。いつもの道、いつもの景色。閑静な住宅地を抜けて、変わり映えしない帰路についていた。
ふと、そんないつもと同じ景色の中に、電柱の見慣れない張り紙が目に留まった。
 
〈古本屋『獺祭堂』オープン致します。お店はこちら→ 〉
 
白い和紙に黒筆で書かれた綺麗な字だった。店名から察するに、なるほど、店主はよほどの本好きなのだろう。
どうせ暇だし、ちょっと寄っていこう。
僕は張り紙に書かれた矢印の方向に歩き出した。
 
 
張り紙のあった電柱から、矢印の方向へ真っすぐ歩くこと3分。『獺祭堂』と縦に書かれた木の看板が立てかけられた店についた。
中を覗いてみても、オレンジの光に満ちた店内が見えるだけで、僕以外のお客や店員らしき姿は見えなかった。
「いらっしゃいませ」
「わっ」
後ろから突然声をかけられ、驚いた拍子に足元に置いてあった棚に脛をぶつけた。涙目になりながら振り返ると、大きなダンボールを持った女性の店員が、心配そうな顔をして僕を見ていた。
「急に話しかけちゃってごめんなさい。足、大丈夫ですか?」
黒髪のショートヘアー、色白で、若干猫目な彼女は、ダンボールを横に置き、僕の足元にしゃがみこんで、患部をいたわるように手を添えた。
僕はその手に、体に電流が流れでもしたかのごとくビクッとしてしまった。
「だ、大丈夫です。こちらこそ、申し訳ありません」
「本当ですか? もし腫れてきたら、仰ってくださいね」
僕の足元から、上目使い気味に、眉を八の字にして微笑む彼女に、思わず僕は目をそらした。昔からそうなのだが、女性のショートヘアーと上目遣いには、めっぽう弱い。
気づいたときには、既に僕のハートは撃ち抜かれた後であった。先ほど、僕の体を流れた電流は、恋の電流であったに違いない。
 
さようなら、退屈だった日々。
そしてこんにちは、薔薇色になるであろう日々!
 
僕が、恐らくとんでもなくだらしのない顔で薔薇色生活に思いを馳せていると、
「葉月、お客人かい」
誰の姿も見えなかった店内から、緑の着物を身に纏い、眼光の鋭い千利休のような、背の低いおじいさんがでてきた。下から上まで舐めるように僕を見た後、
「誰だ」
と、質問を投げかけてきた。そう聞かれると、客である、としか答えようがないのだが、はて、ここは素直に答えるべき場面であるのだろうか。
「もう、おじいちゃん! お客さんになんてこと言うの!」
僕の恋のお相手である葉月と呼ばれた女性は、腰に手をあててプリプリ怒っている。かわいい。
「獺祭堂の初めてのお客さんなのに、失礼だよっ。……ごめんなさい、祖父も悪気があるわけじゃないの」
店内に戻っていく緑の背中を見ながら、彼女はため息をついた。
「大丈夫ですよ。気になさらないでください。それにしても、この古本屋はオープンしたばかりなのですか?」
申し訳なさそうにする彼女もまた、僕の胸にグッとくるものがあったが、ここは努めて
冷静に会話を試みることにした。
「ええ、そうなんです。実は、今日がオープンなんですよ」
「そうだったんですか! でも僕みたいな、あまり古本に触れてこなかった客でいいのかなあ」
そう、なにせ僕は、本というものは新品でしか買ってこなかった。古本の魅力がイマイチ理解できなかったのだ。
しかし今日、古本屋に立ち寄ってみることにしたのは、それだけ、何か刺激がほしかったのだと思う。
「いいんですいいんです! そんなこと気にしないでください。さあ、ご案内しますね」
彼女に連れられ、その未知に足を踏み入れた。そのとたん、ぶわっと古い紙の匂いがした。店の外からはわからなかったが、思ったよりも中は広く、天井は高かった。そんな店内には大きな棚がいくつもあり、ぎっしりと古本が並べられている。
「どうですか? なにか興味の湧くものはありましたか?」
正直、店内に圧倒されていた僕は、一冊一冊を見るほど余裕はなかったが、ふと、綺麗な装丁のものが目に入った。
「あ、あれなんか、すごく綺麗で気になります」
彼女は僕が指した本を手に取った。
「これ、表紙が綺麗ですよね……。確か、大正時代のものじゃなかったなかったかな」
彼女は眉間に皺を寄せてパラパラとめくり、やっぱり! と声を上げた。彼女曰く、言葉遣い、描かれている世界観が大正時代のものらしい。
大正時代の人が書き、読んだものを平成の僕らが手に取っている。なんだか不思議な感じがした。
「この本の持ち主、きっと叶わない片思いをしていたんでしょうね……」
突然、彼女が悲しそうな顔をしてそう言った。
「なぜです?」
「だって、ほら。本の中でも叶わない恋に苦しむ主人公のシーンが書かれてるページに、涙の跡がついてる」
覗き込むと、本当に涙の跡がついていた。ぽたり、ぽたりと、静かに泣く昔の持ち主の姿が浮かんでくるようだった。
「なんだか、不思議な体験をしている気分です」
「私も、初めはあなたと同じような気分になりました。今でもそれが癖になってしまって、商売にまでしてしまいました」
ふふふ、と笑う彼女に見とれるのも束の間、耳を疑った。
「……え、ってことは、葉月さんが、ここの店主なんですか?」
「ええ、そうですよ」
それがなにか? と首をかしげる彼女だが、僕はてっきり、先ほどのおじいさんが店主なのだとばっかり思っていた。
「祖父は古本好きなんです。だから、私のお店を手伝ってくれていて。お店にくるたび、タイムスリップの時間だ、なんていうんですよ」
彼女のおじいさんの、タイムスリップ、という例えに、妙にしっくりくるものがあった。文体で時代が別れ、時に、実際にその本を手に取った人の様子がわかることもある。まるでタイムスリップだ。
 
 
店の外に出ると、陽の明るさにくらくらした。
「今日は、ありがとうございました」
葉月さんは丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ、すごく楽しかったです」
退屈な日々に、こんな面白いことが転がりこんでくるとは思わなかった。古本があんなに面白いなんて。たまには寄り道してみるものだな、なんて思う。
 
「また、きてくれますか……?」
葉月さんは上目遣いで僕を見た。
 
明日も必ず行こうと固く誓う僕であった。
 
***

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2017-12-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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