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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:志希歩(ライティング・ゼミ 通信専用コース)
 

本を見ていたはずなのに、途中からBGMに気を取られていた。
 
古本屋の店内。
本を眺めるためにうろついているのか、BGMを聴くために本を見るふりをしているのか途中から分からなくなった。
 
その店舗は雑居ビルの1室で、殺風景な室内に本棚が所狭しと並んでいる。
棚の他には簡単なレジだけ。レジ前の空きスペースに長机がいくつか並んでいて、本を購入した人の休憩スペースになっている。
ここで女性がスタッフと親しげに談笑しながらパソコンで作業していた。
30歳前後だろうか。派手な、というより華やかできれいな女性だった。
客なのかスタッフなのかよく分からなかったが、そのとき客は私1人で、醸し出される内輪の空気の居心地の悪さに、かえって本の物色に没頭できた。

 
何冊か本をピックアップして、そろそろ帰ろうかと思っていたとき、BGMに耳を奪われたのだった。
すごくメロディがよいとか、歌詞がとても印象的だとか、そういった感じではなく、言ってみれば割とありがちな心地のよい音楽だったが、なぜか妙に気になった。
誰の曲だろう。
スタッフに聞いてみようかと思ったが、声をかけられそうな人がちょうどいなかった。
しかし、どうしてもそれを聞かなければならない気がして、しばらくまたうろついていた。
 
 
見るとさっきの女性がまだ机に向かっていたので、若干スタッフ寄りの人だと判断して声をかけた。
「すみません。今かかってるの、誰の曲ですか?」
 
「私のです!」とにっこり。
こっちはもうびっくりだ。
 
歌手、だったんだ。
道理でとても華があるわけだ。
古本屋のオーナーと繋がりがあってそこにいたらしく、客でもスタッフでもない雰囲気も納得だった。
聞けば地元の出身でCDも出しているという。メジャーデビューはしていないので手に入りにくいかもしれないけど、大きいCDショップなら置いている、ということだった。
「買って聴きますね」というと「あぁ、本当に嬉しい!」ととても大きな笑顔で喜んでくれた。
 
 
CDを買って聞いてみた。
古本屋で妙に心ひかれた記憶で期待が大きくなりすぎていたのか、そのときほどのインパクトを感じなかったが、何かひっかかるものがあった。
 
 
それから数日後、たまたま友人に誘われて出かけたイベントで彼女のライブのフライヤーをもらったときは本当に驚いた。
「この人、この間会ったの! このライブ、行こうよ!」
この機会を逃してはいけない。
古本屋にあの日あの時間に行ったことも、このイベントに誘われて来たことも、すべてライブに行くための伏線のような気がした。
 
 
彼女のことなど全く知らない友人を誘ってライブに出かけた。
ライブハウスは満員だった。立ち見も入れると70名くらいだろうか。
彼女のファンが半分、私や友人のように初めて見に来た人が半分、という感じだった。
 
 
1曲目。
とても悲しい出だしで始まる歌。
 
え、何この人?
のっけから完全に圧倒された。
 
彼女は、歌っていなかった。
いや、実際にはもちろん歌っていたのだ。
しかし、伝わってくるのはメロディや歌詞の組み合わせとしての歌ではなく、彼女から発せられるとてつもないエネルギー。
時にはものすごく悲しそうな顔で、時にははじけるような笑顔で、全身を使って歌う。
それは、表現しているとか演じているとかではなく、その歌の主人公が乗り移っていた。
 
彼女の歌は、情景が見える。
主人公になった彼女が歌う。
 
そこにいる全員が向こう側の世界に引き込まれていた。
 
歌の合間のトークはとてもざっくばらんで、姉御肌といった雰囲気の彼女のキャラクターに魅了された。
 
歌になると打って変わってまたその主人公が乗り移る。
観客は涙を浮かべてハンカチを握りしめたり、顔をほころばせたり。
耳だけでなく全身全霊で聞くライブだった。
 
 
ある曲は、私が買ったCDにも収録されていた。
男の子が気になる女の子にアプローチし、恋人同士になって一緒に生活するようになる。しかし、生活がすれ違うようになって彼女が出て行ってしまい、残された彼は日常のふとした場面で彼女を思い出す、というストーリー。
設定がとてもかわいらしく、切なくもほのぼのした曲だ。
 
この曲の続きの曲がそのライブで初めて披露された。彼女のコアなファンすら知らない曲ということになる。
数年後、彼と彼女が偶然再会するストーリー。
2人が再び出会う場面では、ライブハウス全体が「ああよかった」というほんわかした空気に包まれる。
そこからストーリーはまさかの展開を見せ、ライブハウス全体が息をのんだ。
「えぇっ!?」と軽く悲鳴さえ聞こえた気がする。
全員がやるせない空気に包まれる。
 
2人のことを歌っている彼女を見ている、のではなく、全員がそこに彼と彼女を見ていた。それぞれが彼や彼女になっていたのかもしれない。
 
 
ライブ会場で販売されていたCDをたくさん買って帰った。
普段あまり音楽を聴かないので、CDを買うなんて何年ぶりだろう。
ライブじゃないと彼女のエネルギーは受け取れない。
それでも彼女の世界をもっと味わいたいと思った。
 
 
翌日、ライブに来ていた人のブログを見ると「彼女には歌の主人公が乗り移っていた」と書いてあった。
他の人もやっぱり同じことを感じたんだ。
 
 
BGMを聞いたときやCDを聞いたとき、何かわからないけど気になったもの。
それは、向こう側の世界と彼女のエネルギーだったんだろう。
これはCDでは決して伝わりきらない。
魂で歌い、魂で受け取る歌。
 
 
数年前にメジャーデビューをし、メディアにも出て知名度は上がっていると思うが、彼女の真骨頂はライブ、生の歌だと思う。
 
 
 
それから「どんな音楽が好き?」なんていう質問をされたらこう答えている。
「玉城ちはる、すごくいいから聴いてみて! だけどライブでね」
 
***

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2017-12-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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