メディアグランプリ

湯たんぽ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:下山員須子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
昔、うちでは湯たんぽを使っていた。
オレンジ色のプラスチック製の湯たんぽで、茶色いカバーがかかっている。
寒い夜は、その湯たんぽを持って、私と小さな娘2人とで、
「あったかくしてね」
と、湯たんぽにお願いして、娘たちの寝る場所あたりに置いておく。そして、寝る時に足元にずらすのだ。
 
湯たんぽは手間がかかる。寝る前にやかん一杯のお湯を沸かさなくてはならない。でも使いようによっては便利な点もあるのだ。
 
まだ子供が小さいころ、今時では珍しい、昭和の香り漂う木造の古い一軒家に、私達家族は住んでいた。
古すぎるほどの古い家だ。古いことに加えて、手抜き工事の家らしい。
祖母が建てた家なのだが、建築途中に大工さんが逃げてしまったそうだ。昔はよくあることだったらしく、途中で違う業者にお願いしたからか、継ぎはぎのような家になってしまっているのだ。
 
柱と壁の継ぎ目の隙間からは外が見えてしまう。
冬の脱衣所は冷凍庫の中にいるかのごとくに、冷気が充満している。
風がない日などは、日の当たる外の地面の方がよっぽど暖かいのではないかと思うぐらい、板間の廊下はひんやりとした冷気を蓄えている。お風呂場は昔ながらのタイル張り。これがまたありえないぐらいに冷気をため込んでいる。さながら、冷蔵庫のような一軒家だ。
 
そして、極めつけの特徴は、洗面所には青いしるしの付いた蛇口がひとつしかないことだ。
 
真冬の朝に、こんなに寒い家で、水で顔を洗うなんて大人でも嫌だ。
ましてや、柔肌のかわいい娘たちの顔を洗うのはもっと嫌だ。
なんなら、このまま顔を洗わずに一日を過ごしてもいいのではないかと思ってしまう。さすがに女の子を2人も育てているのだからそうはいかない。何人でも、男の子でもそういうわけにはいかないのだが。
 
そこで重宝したのが、湯たんぽだ。
母が、昔は朝起きたら湯たんぽの中のお湯を洗面器に入れてそれで顔を洗っていたのだよと教えてくれた。
この古い家に昔、母の一家が住んでいて、母達はそうしていたらしい。
 
小さな娘たちに、
「おばあちゃんがおしえてくれたんだよ。これでお顔を洗うとあったかくて気持ちいいね」
というと、娘たちはおばあちゃんと同じことをしていることがうれしいことの様に、
「あったかいね。お顔が気持ちいいね」
と、笑いながら顔を洗う。大き目の湯たんぽなので、小さな顔ふたつ洗ったぐらいでは、半分ぐらいお湯が残る。それで私も顔を洗う。
タオルで小さな顔を拭いてやると、私と目が合うだけでうれしそうにしている。
 
不便な中でもそれなりに楽しみを見つけて娘たちは、笑っている。
 
でも、ある日長女に靴下をはかせている時に気づいた。右足の小指の横が小さく黒ずんでいる。
 
冷蔵庫一軒家の布団は、これも同様に冷たいのだ。娘は、寒くて湯たんぽに足を近づけて寝ていたようだ。その足が少し湯たんぽにあたっていたのだろう。低温やけどをしてしまった。
子供の皮膚は薄く弱い。大人が平気な温度でも、子供はやけどをしてしまうのだ。娘の体に傷をつけてしまった。
その日の晩から、娘の足から遠ざける様に湯たんぽを置くようにした。でも、これが娘は気にいらない。
「ママのほうばっかりに、あったかいのおかないで。さむいよ」
と訴えてくる。理由を説明してもさすがにまだ理解できないので、半べそになってすねるだけ。
 
そして、湯たんぽは押入れの中に閉じ込められてしまった。
 
湯たんぽの代わりに登場したのが、布団乾燥機。寝る前に温めておくと、ほかほかと暖かい状態で眠れるのだ。
 
しかし、冷蔵庫にはかなわないようで、朝方になると、温度は下がり寒くなってくる。
人間湯たんぽの次女を間にして寝ていても足元から冷えてしまうのだ。次女はまだ1歳で、体を伸ばして寝ても、1メートルもないうえに、じっとしていないから。
 
次に登場したのは、電気毛布。下に引くバージョン。上からかぶるタイプもあると聞いたが、やはり下からあたたまる方が、なんとなくあったまる気がする。そして、なんとなく電気代も上がった気がする。
 
古い家は、電気の配線も古い。古い配線は、よく電気を食うらしく、うちもそうだった。夏はクーラーなしで過ごせる分、冬の寒さは尋常じゃない。だから、冬の電気代も尋常じゃなかった。夏の3倍近くいくのだ。
 
寒さにはもう耐えられなくなってきた。というか、耐えたくない。
あったかい家に住みたい。
おかしい。ここは大阪で、雪国ほど寒くないはずなのに、毎年冬になると、親子で寒さに震えながら眠っている。今は、平成のはず?
もう寒さに耐えるのは嫌だな。暖かい家に住みたいな。平成の家に住みたいな。
 
ということで
 
二階建ての冷蔵庫一軒家から、暖かさと便利さを兼ね備えたマンションに、みんなで枕を持って移動した。
 
それでもマンションには、洗面所には蛇口がひとつだけしかない。
でも、この蛇口は左右にも動いて温度を調節できるのだ。ひとつの蛇口からお湯も出てくるのだ。
 
そして、お風呂場が暖かいこと。床も壁も、冷たくないのだ。
お布団も、同じお布団なのに暖かい。以前は布団が冷たすぎて、せっかく体温で温まった場所から離れるわけにはいかなくて、寝返りも打てなかったのに、この家では寝返りをうっても大丈夫なのだ。
 
暖かいということは、この上ない幸せなのだと思った。
お風呂では子供たちが遊んでいる。以前は、湯船の中以外では寒くて、大急ぎで体を洗っていたのに。子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえる。
引っ越してよかった。
 
引っ越しの時一緒に連れてきたはずの、大き目の湯たんぽもいつの間にかどこかにいってしまった。
 
手間はかかるけれど、それなりに湯たんぽのある生活も楽しかったと思う。
親子で寒いねと言いながら、3人でくっつきあって眠った夜も懐かしい。
そう思いながらも、娘の右足を見て思う。
 
やっぱり、あったかくて便利な家がいいかな。
 
***

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2017-12-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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