メディアグランプリ

落とし物。拾う? 拾わない?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:かわはらちえこ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「あなたは、道で落とし物を見かけたら、拾いますか?」
こんなテーマでアンケート調査をしてほしいと、ときどき思う。
なぜなら私は、自分の落とし物や忘れ物の目撃率がほかの人よりもだいぶ高いような気がするからだ。
毎日、家を出てから会社に着くまでのほんの1時間足らずの間に、少なくとも1個は落とし物を見つける。
 ファッションビルや駅のトイレに入れば、5回に1回は傘の忘れ物がある。傘だけじゃない。パスケースやポーチ、商品の入った紙袋を見つけたこともある。もちろんそんな経験は誰にだってあると思うけれど、私の場合、頻度が高すぎるような気がして、少々うんざりする。だから急いでいるときなどは結構、見つけてもスルーしてしまう。
 
もちろん、明らかに落としたり、忘れたりした本人が困るような物、たとえば財布とかパスケース、携帯電話とかは別だ。もし見つけたら見て見ぬふりはしない。しかるべきところ、駅の遺失物取扱所とか、お店なら売り場の人とかに届けたり、知らせたりする。
だけど、その次ぐらいのグレードの物たち、たとえば片方だけの手袋、手編みっぽいマフラー、子供の帽子などの場合、心に葛藤が生まれる。特に届ける先や管轄がはっきりしない、道に落ちている物の場合はなおさらだ。
もしかしたら持ち主に思い入れがあるかもしれないそうした物たちが無残に路上で踏まれたりひかれたりするのを見ると、どうしたって心が痛む。だけど、自分の土地でもないところに落ちている物をわざわざ拾って届け先を探すなんて、よっぽど親切心のある人だろう。私にはそんな心の余裕も、時間的余裕もない。そう思ってスルーしていた。
 
その朝も、いつものように駅に向かうゆるい坂をおりていくと、ずっと先の交差点の真ん中に何かが落ちているのが見えた。形や色が見極められるくらい近づくと、それは子供用の小さな青い毛糸の帽子だった。道のどちら側かに寄っていれば、近いほうの側の家の人が気がついて、自分の家の生垣や門柱の見やすいところにかけてくれる可能性がある。
だが道のど真ん中に落ちている帽子は誰にも振り向かれず、通勤時間帯なこともあって、道行く人は急ぎ足で通りすぎていく。
拾おうか。やめようか。
私は時計を見た。乗りたい電車には余裕があった。このままでは青い帽子は車にひかれて汚れてしまうだろう。拾おうか?
いや、これはきっと、保育園か幼稚園に子供を送っていった自転車が落としたものだ。母親は気づいてすぐに戻ってくるかもしれない。このままにしておいたほうが親切だ。やめよう。
私の足は、その帽子のある位置に近づき、並び、そして追い抜いた。
そのとたん、私の頭のなかに今朝のテレビでやっていた、星座別運勢占いの言葉が浮かんだ。
 
今日の最下位の星座は、残念! さそり座です。周囲の人にあらぬ誤解をうけ、悔しい思いをしそうです。
でも、大丈夫!! いつもとちょっとだけ違う行動をすると、助けてくれる人が現れます。
 
バカバカしい。占いなんて。私は思い、足を速めた。
けれど、声はもう一度ささやいた。
 
助けてくれる人が現れます。
 
私は立ち止まった。そしてくるりと方向転換をする。たった今通りすぎた帽子のところまで戻り、まるで自分の落とし物であるかのように拾いあげた。
 
けれど、次の日、またその次の日も、その帽子はまだ、私の通勤バッグのなかにあった。拾ったはいいけど、どうしたらいいかわからない。たぶん交番に届けるのが妥当だろうけど、家から1番近い交番も結構遠くて、仕事で疲れた日にわざわざ行く気にはなれなかった。帽子の存在は日ごとに心の重荷になった。仕事や家のことで、悩みごとは山ほどあるのに、なぜそのうえ、こんなことで悩まなければならないのか。めんどくさいな。量販店で買ったタグがついているし、だいぶ汚れているし、もう落とし主も、あきらめて新しい帽子を買っただろうし。捨てちゃおうかな。そんな悪魔のささやきが聞こえた。
 
それでも私は、その日の夕方、会社の帰りに遠回りをして、交番に寄った。
交番は、住宅街とバス通りの交差する場所に、中洲のように建っている。
お金や貴重品じゃあるまいし、帽子の落とし物なんて、届ける人がいるのかな? なんだか気後れがして、私は横の窓から様子を窺うように、交番の中をのぞきこんだ。
そこには制服のおまわりさんが一人ですわっていて、薄暗い照明の下で机に向かって何かを書いているようだった。
私が入っていくと、おまわりさんは立ち上がった。まだとても若く、学校を出て間もないのではないかという感じの初々しさだった。
私は青い帽子をカウンターに置いて、「あの、落とし物を拾ったんですけど」と言った。
おまわりさんはヒモ綴じの分厚い地図を取り出し「どこで拾いましたか?」と尋ねた。それから拾ったときの状況、私の連絡先、取得物に対する権利を主張するかどうかなどを丁寧な口調で聞き取り、最後に「ご苦労さまでした」と頭を下げた。
 
交番を出て歩きながら、私は自分が何かに心を打たれているのに気がついた。何であるかを探しあてるのに、しばらく時間がかかった。
それは、あのおまわりさんのたたずまいだった。
彼は最後まで笑わなかった。ことさらに愛想がよかったわけでもなく、ごくごく事務的な会話を交わしただけだ。けれど、その生真面目な対応にはどこか温かさがあり、明るいまなざしには、自分の仕事を丁寧に、誠実に、淡々とこなしている人の誇りがあった。
届けられモノが子供の帽子であろうと、10万円入った財布だろうと、彼はおろそかにはしないのだろうという気がした。
私は自分の仕事を、あんなに誠実にしているだろうか。私は思った。
あんなに丁寧に、誇りを持って。
 
そのときふと、すっかり忘れていたあの星占いの言葉が頭によみがえった。
 
いつもとちょっとだけ違う行動をすると、助けてくれる人が現れます。
 
助けてくれた?
うん、そうかもしれない。彼のたたずまいの美しさは、日々の雑事に流され、「これでいいや」と惰性で生きていた、そしてこれからもそのまま生きていこうとしていた私の日常に、疑問を投げかけてくれた。あの帽子を拾わなければ、たぶん決して抱くことのなかった問いを。
 
また道端に帽子が落ちていたら、私は拾うだろうか?
それはわからない。きっと迷うだろう。だけどこれからは、拾う確率のほうが、拾わない確率よりも、ほんの少しだけ高くなったかもしれない。
冬の夕暮れ時の空気は冷たいけれど、澄んでいて肺に心地よかった。帽子のなくなった通勤バッグは、ひどく軽く感じられた。
 
***

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2017-12-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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