メディアグランプリ

失恋の解は因数分解で


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記事:木佐美乃里(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「自分が愛されなくて悲しかったことと、彼のことがまだ好きかどうかは、まったく別のことだよ」
グラスに入った氷がカランと音を立てて、わたしに見える世界も、ガラリと色を変えた。
 
その夏、わたしはひどい失恋をした。
昼間は平気に振る舞っていても、夜になると、暗い気持ちが押し寄せてくる。その波に一人では立ち向かえなさそうなとき、わたしには決まって、あるバーを訪れた。
 
バーといっても、実際は大学の構内にある、学生が集まるプレハブ小屋だ。
お酒を、他の誰かと一緒にたのしむことが好きな学生が集まり、お金を出し合って、そこでバーの真似事をしていたのだった。
カウンター席の他にゆっくり座れるソファもあり、マスターと呼ばれる、その夜担当のサークルメンバーが、好きな音楽をかける。それぞれが好きなお酒を飲みながら、くだらない話をしながら、静かな夜を過ごす。
わたしは、そのサークルのメンバーではなかったけれど、友だちの恋人がマスターをしていて、顔なじみも多かった。お酒は得意ではなかったものの、みんなが楽しそうにお酒を飲んでいる、その雰囲気が好きで、時々顔を出していた。
 
その夜も、薄めに作ってもらったジントニックをちびちび飲みながら、酔いがまわるのにまかせて、「なんで別れることになったんだろう」、「わたしのどこがいけなかったのか」、「でもあの人もよくなかったと思う」、「あれは許せない」「でもまだ好き」、「やり直せないか」、「結局また同じことになる気がする」と、話はいつまでも終わらずループし続けた。
 
その夜のマスターは、1つ年下の男の子で、わたしの失恋の顛末も知っていた。
一応お客であるわたしの話に、最初は、うん、うん、とうなずきながら聞いてくれていた。
けれど、そのうち延々と朝まで続きそうなわたしの話にしびれを切らしたのだろう。
 
「あのさあ、ミノリちゃん。失恋して悲しいのはわかるよ。でもよく考えて。
 彼と別れて、愛されなくて悲しくて悔しい気持ちと、まだ彼のことを好きかどうかは、ぜんぜん別のはなしだよ。
ミノリちゃんは、どうしたいの」
 
わたしは、どうしたいんだろう。
失恋してぐちゃぐちゃな気持ちは、パッと見ただけでは、とうてい解けそうもない方程式みたいだ。
いろんな気持ちが複雑に絡み合って、自分のほんとうの気持ちも、どうしたいのかも、自分のことなのに、さっぱりわからない。
それを、腕を組んで、遠くから眺めているだけでは、いつまでも正解にたどり着けない。
 
マスターである彼のことばにハッとしたわたしは、ひとつずつ丁寧に思い出すことにした。
恋人だった人と一緒にいて、楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと、許せないと思ったこと。あたたかい気持ちになったこと、後から一人で泣いたこと。
似ていたところ、違ったところ、好きだったところ、どうしても受け入れられないと思ったところ。
好き、大好き、嫌だ、やめて、嫌い、もう顔も見たくない。
まだ一緒にいたい、もう一緒にいられない……。
 
まるで、因数分解だ。
失恋してぐちゃぐちゃの気持ちを、整理して、すこしずつ解きほぐしていく。
そして、1つの解にたどり着いた。
 
わたし、彼のこと、いつの間にか、ぜんぜん好きじゃなくなっていたみたい。
彼にフラれて、自分が、誰にも愛される価値のない人間のように思えて、それが辛かっただけみたいだ。
「彼に」もう一度、愛されたいわけじゃない。
ほんとうに理解し合えて、大切に思える、他の誰かに出会いたい。
 
自分でも、「そうだったのか……!」とびっくりした。
「ずっと言えなかったけど、美乃里、彼と付き合っていた間、ぜんぜん楽しそうじゃなかったよ」という女友達の言葉を思い出した。
あんなに飲み明かした夜は、なんだったんだろう。そう思えるほど、気持ちはスッキリとしていた。空が白んできた帰り道、わたしの心も明るくなってきているのがわかって、足どりは軽かった。
 
もちろん、方程式の解は、1つとは限らない。
また独りの夜がきたら、やっぱり彼とやり直したいと思うかもしれない。
でも大丈夫。わたしはもう、因数分解のやり方を知っている。
何度でも解きなおして、いちばんふさわしい解を導き出すのだ。
 
数年後、あの夜マスターだった彼に再会した。
年下の男の子だったはずの彼も、きりっとスーツを着こなす大人の男性になっていた。
「あのときはありがとう。ビシッと言ってくれて、目が覚めたよ」とお礼を言うと、
「俺、そんなこと言ったっけ? いいこと言うなあ、俺」と笑った。
「でも、ほんとうに愛してくれる人、やっぱり他に、ちゃんといたでしょう?」
その問いかけに、わたしは笑顔でうなずき返した。
 
***

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2017-12-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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