プロフェッショナル・ゼミ

ダウン症のリクとの楽しい生活《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:相澤綾子(ライティング・プロフェッショナルゼミ)

 平成22年3月4日午前5時35分、私たちの最初の息子リクがこの世に生まれてきた。そしてその日の夕方、私たち夫婦は、小児科医からの話があると面接室に呼ばれ、彼がダウン症の可能性が高いという説明を受けた。血管中の酸素濃度が低めで経過観察するためにNICUに1ヶ月入院した。そして、退院前に21番染色体が3本であることが確定した。
自宅に帰宅してからは、ミルクを飲む時間が長い以外は、特に普通の赤ちゃんと変わらなかった。ただ、ミルクの時間は長かった。缶に書かれている推奨量を飲むのに1時間かかった。最初の4か月くらいは、一日の3分の1くらいの時間をミルクを飲ませて過ごした。おなかが満たされて眠っている静かな時間に、図書館で借りてきたダウン症関係の本を読み漁った。
寝返りは4カ月でできるようになった。3カ月目のある日、寝返りしたい! と思ったのか急に身体をねじり始めた。もちろんすぐにはできるようにならかった。ところが翌朝起きたらすぐに身体をねじり始めたのだ。努力家だった。生きることへの意欲を感じた。7ヶ月になると子ども病院の療育に通い始め、家でも同じようなことを練習した。
1歳半になった時、夫の仕事の関係でフランスに移った。私も次の子を出産し、3年間育休を使うことができたので、一緒に行くことに決めた。療育のことが心配だったけれど、家族で暮らす方がいいと思った。心の底では、夫と離れて暮らすと、夫がリクのいる生活に戻りたくなくなってしまうのではないかという不安があった。ダウン症関係の本の中では、夫が家を出てしまって離婚したケースも少なくなかったからだ。
生活に慣れてからも、すぐには療育に通わせることもできなかった。ひたすら毎日朝と夕方の公園に連れていき遊ばせた。リクは外が大好きで、いつもとても喜んだ。朝食を終えると自らベビーカーに乗り込み、外に連れていってと言っているようだった。リクはお気に入りのDVDを見ること、おでかけすること、ごはんを食べること以外はあまり反応を見せなかった。私はそれ以外のことでリクに何か働きかけるたびに、真っ暗な洞窟の入り口に声をかけているような気分になった。普通のダウン症の子はほがらかだというけれど、少し彼は違った。だから、おでかけとごはんを作ることだけは頑張った。

半年後、ボランティアで日本人向けの療育相談をやっている女性と知り合った。彼女が主催する月2回の療育に通い始めた。2歳半になる頃には、彼女と一緒に行って小児科医の紹介状を書いてもらい、近所の現地の療育機関にも通い始めることになった。徒歩圏内に療育機関があるのはとてもラッキーだった。
療育機関では、リクが興味を持つ遊びを通じていろんなやりとりをすることで、言葉を引き出すことを目指していた。彼は楽しそうにしていた。最初は3分と座っていられなかったのが、30分くらい座って色んな遊びをするようになった。
フランスの子どもたちは、3歳になった年の9月からエコールマターネルという学校に通い始める。私の家にも市役所から案内が来たので、療育機関の先生に相談した。補助員をつけることも可能で、私たち夫婦は普通の子どもたちの同じような経験をさせたいと思っていた。でも先生は言った。

「それじゃリクは楽しめない。楽しくなければ学べない」

私はがつんと頭をたたかれたような衝撃を受けた。危ないところで私は彼をつらい目に合わせてしまうところだった。私は、できるだけ普通の子と同じ経験をさせたいと思っていた。でも彼は普通の子じゃないのだ。しかも普通のダウン症よりも障がいの程度は大きいのだ。
それから私はリクのために何か選ばなければいけない時に、この言葉を思い出すようにした。

フランスにいた時、色んな人から声をかけられた。「あらかわいい」と立ち止まり、頭を撫でて、かわいい、かわいい、と繰り返す。私が少しとまどっていると、実は身近な人がダウン症だということを教えてくれる。それは息子だったとき、甥っ子だったとき、妹だった時もあった。お互いにダウン症の子どもを連れていると、顔を見合わせて「ボンジュール」とあいさつすることもあった。世界中のどの人種でも、丸顔や吊り上がった目など顔が特徴的なこの不思議な病気は、その親どうしが顔を合わせれば、言葉を交わさなくても、生まれた時の悲しみやその後の成長の過程での受け入れ、受け入れてからの穏やかな気持ちが瞬時に共有できる。そんな不思議なつながりも生んでくれた。
ダウン症の子がいることは不幸ではない。合わせればいいのだ。リクは水が大好きなので、水があると飛び込もうとする。だから夏には海やプールにたくさん連れて行けばいい。リクは大人も追い付けない速さで砂浜を走り、きらきら光る海に入っていく。それ以外の季節なら、温泉や温水プールに連れていけばよい。公園などで水のそばを通るときには絶対に手を離さないように握っていればいいのだ。
なかなかおむつがとれなければ、トイレの練習をしつつも、大きなおむつを買えばいいのだ。おしゃべりができなければ、何かを見せて、欲しいかどうかを確認すればよいのだ。リクは私と一緒だと手をつないで歩くけれど、夫と一緒だと抱っこしてもらおうと前に回って手を差し出す。おなかが空いた時には、キッチンに私を連れていく。誰なら何を助けてくれるかを見極める能力を身につければいいのだ。そして相手に気持ちよく助けてもらえる術を身につければよいのだ。そもそも人は助け合って生きていくものだ。私が、自分一人で、何をできていると言えるのだろうか? 

4歳で帰国し、小さな認可外保育所に通い始めた。そこでもとてもかわいがってもらい、楽しそうだった。小さな子どもたちが多かったけれど、彼はいたずらをしたりすることもなかった。滑り台では前の子が滑り終わるまで待っていた。歌の時間には、みんなと一緒に椅子に座っていた。
 人とのかかわりも徐々に慣れてきて、弟のはたらきかけに笑顔で応じたりすることも多くなった。私が早朝パソコンでこれを書いていると、自分で起きだしてきて隣にやってきた。私のコップを取ろうとしたので、一時中断し、リク専用のストローボトルに飲み物を入れて渡した。にっこりと笑って受け取った。
 あと3か月で8歳になるけれど、リクはまだおしゃべりの練習中である。特別支援学校の中でもVIP待遇だ。授業参観に行くと、補助の先生がつきっきりで指導してくれている。それでも学校では、家よりも色んなことができているようだった。
 リクがいつか話ができるようになったら、きっと、人生は楽しい、と言ってくれると思う。その日が来ることを期待しながら、毎日笑って過ごしたい。

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