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プロフェッショナル・ゼミ

家族って面倒。その理由がわかった時、私は、折り畳み傘になりたいと思った。 《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:長谷川賀子(プロフェッショナル・ゼミ)
*このお話は、フィクションです。

あー、最高だ。一人暮らし。
つくづく思う。
実家を出てから、もうすぐ7年。大学入学と同時に引っ越して、一人暮らしを始めた。その時から京都で暮らしている。

始めてみて、わかった。一人暮らしは、快適だ。やりたいことを好きにできるし、心配かけずに頑張れるし、時間だって、自分の体と頭に合わせて使えるし。
私、一人暮らし、向いているな。そう思う。そう思える自分が、嬉しいような、そしてちょっと寂しいような、でもやっぱりしっくりきて、それは大学生の時も、社会人になって、2年経った私も変わらない。

だけど、大学生の時だったかな。家に帰りたいって言っていた人も結構いたっけ。帰省をいつもちゃんとして、家族と過ごして。私は、帰省どころか、連絡もあんまりしなかったけど。
帰省したいなっていうのを聞いたり、家族に何かしてあげた、なんてSNSを見たりすると、ちょっとだけ、私、親不孝かなあ、なんて、思ったりもする。あまりにも寂しくなさすぎて、自分の自由とか夢の方が優先していて、実家を離れた一人暮らしに対して、あまりにもけろっとしている自分が心配になったりも、時々はする。

でも、やっぱり平気なものは、平気だった。
そして、そんな自分が、好きだった。

とはいえ、私だって、これでいいのかと考えた日もあったし、ちょっとくらい寂しくなったりすればいいのにと思う時もあった。私だって、家族は大事なのにな。面倒だけれど、家族が好きなのは、変わらない。だけど、だからと言って、今は、離れていることに寂しさは感じない。私って、冷たいのかなと、落ち込んだ時もあったけど、でも、ある時、ふっと気が付いた。
もしかしたら、家に帰りたいなって思うことも、帰りたくないなって思うことも、一緒なのかもしれない、と。

私の実家は、とにかく田舎だ。もちろん新幹線は止まらないし、最寄りの駅からだって、車でかなり走らないと家までつかない。オシャレな洋服屋さんはもちろんなくて、スタバもなければ、書店だって、ほんのちょっと置いてあるだけの店があるだけだ。何をするにも不便で、面白いものが、何もない。面白かったのは、小さい頃の、花とか虫とかの世界で済んでいた時期だけだ。周りから入ってくる話と言えば、あそこのうちの旦那さんがどこどこの会社に勤めてるとか、〇〇さんちの娘さんが、遠くへ嫁ぐとかそうじゃないとか、そのお隣さんのうち、借金抱えてるらしいよ、とか、くだらない話ばかりだった。
家族は家族で、田舎の家だけあって保守的で、あれしちゃダメだ、これしちゃダメだといいながら、外へ出て行こうとする私を心配してばかりで、煩わしかった。しかも、私のうちはいつも折りたたみ傘を持たせてきた。雨、きっと降らないのにな。小さいけれど、そこそこかさばる。そんなに守ってくれなくたって、濡れないのに。むしろ、ちょっとくらい、濡れさせてよ。
つまらない田舎も、折り畳み傘を毎日持たせる家族も、面倒だ。
だから、私は早く、「街」という言葉の似合う場所に行きたかった。もっと洗練されていて、面白いものに溢れてる、刺激のある場所に、住んでみたかった。一人で、飛び出して見たかった。

そんな気持ちも相まって、私の一人暮らしは充実そのものだった。
街は想像以上にキラキラしていた。しかも引っ越した先が京都だったこともあって、古いもの、新しいもの、高級なもの、がちゃがちゃしたものが、一緒くたに、でも、整って詰め込まれているのが、私の心をくすぐった。
「そんな、一人暮らしが楽しいのも、学生の時だけだよ」
そんな風に言う人もいるけれど、私の一人暮らしは、全然飽きなかった。寂しくもならない。むしろ、一人でいることが、自由を後押ししてくれる。
家にいる時は、いちいち家族に報告することになるし、田舎だから、何かと家族の手を借りないと、出かけられなかったりする。何かに集中しようとしたところでお風呂に呼ばれたり、友達から電話がかかってきた時に笑い声が入るのを気にしたり、趣味を始めてもいちいち口を出されたり、全くもう、面倒臭かった。
でも、一人なら、そんなしがらみもなく、いろんなことができた。
勉強も好きな時にできたし、時間を見つけては、ぱぱっと気になるイベントにも行けたし、他に使うお金を調整しつつ、新しいことにも挑戦できた。

大人たちとか、ホームシックになった大学生は「そんな楽しいのはいっときだよ」なんて言うけれど、そんなのは嘘だった。
一つ始めたら、もう一つが見えてしまって、一歩踏み出すと、もう一歩が勝手に出ていた。

そんな生活に慣れてしまったから、就職活動も帰る気なんて、さらさらなかった。当たり前のように、好きなように、好きな会社を受けて、好きな場所に就職するんだと思っていた。

だけど。田舎の保守的家族が、口を出さない訳がない。好きなように頑張んな、と言いつつも、あーだこうだ心配し、私が“娘”なこともあって、口に出さない「帰ってきて」圧力がすごかった。

就活それ自体でも大変なのに、家族を納得させることまで考えなきゃいけないなんて、なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。
もちろん、わかるんだよ。何かあった時、一緒に住んでた方がお互い安心だし、お給料だってどうなるかわからないし、実家にいた方がお金も貯められる。まだまだ先の話だけれど、結婚して子供ができて共働きでも、近くにいたら助けてあげられると、きっと両親は考えてくれてるんだろうな、と感じてみたり。私の、いろんなことにのめり込みすぎる上に、広く手を伸ばしすぎる性格だって家族は知っているから、そばにいて、無理しないように見ていたいとも、思っているのかもしれない。

でも、まだ苦労なんて想像でしか知らなくって、まだまだ不安より期待の方が大きい未来しか見えない私にとって、その心配は迷惑だった。もっと、先に進むことに、集中させて欲しかった。他のことに、その労力を使いたかった。どうして、こうなんだろう。だから、ちょっと離れて、暮らしたい。ごちゃごちゃになって、説得や理論じゃどうにもならないことを考える時間は、私を疲れさせた。

なんて言ったって、勝手に生きてく勇気もなく、かと言って、自分の主張を諦めるのはもっと嫌で、遠回りしまくりな就活をした。自分の行きたい企業はもちろん受け、やりたいことの勉強もして、それをしながら、地元の企業も受けていた。

はたから見たら、きっと、おかしく見えただろうな。がしゃがしゃ動く、おもちゃみたいだ。あっち向き、こっち向き、忙しい。全く、意味わかんない。そう思いながらも、私は折り合いをうまくつけようと必死だった。

とはいえ、そんなふうに気忙しい就活をして、私は結局、京都に残ることになった。最後はやっぱり、自分の選択しか、できなかったのだ。迷いなく、口にできる、自分の答えを正解にしないと、やっぱり後悔が残りそうだったから。

あーあ、口出されなかったら、もっと疲れずに、もっと早くたどり着けたんだろうなあ。
就活が終わってから、しばらく経った時、不意に口から言葉が漏れていた。でも、心は、口に出した文字とは反対の気分だった。あれ、なんでだろう。全然、平気だ。我に返って思い出したら、この時はもう、家族の面倒臭さも、うるささも、全然感じていなかった。今までのことも、なかったみたいに。

あんなに、悩んだのに。
あんなに、あんなに、悩んだのに。

くそう。ちょっと品のない言葉が口をつく。きっと、本心だ。ちょっと笑いが混じっていた。ふふ。やっぱり私は、自由だ。

自由なんだ。心の底から、そう思った。

でも、その自由は、最初知っていたものよりも、ずっと優しくて、一人暮らし始めたばかりの時よりも、ずっと大きかった。

私は、うるさいと感じるほど、面倒臭いと感じるほど、家族の言葉を聞いていた。多分、自分から、聞こうとしていたんだと思う。自分の本当の言葉を探すみたいに。そしてまた、私の面倒な家族はというと、私の折り合いがついた時、私の答えが、家族の答えになっていた。

本当のことは、わからない。でも、家族がいろんな荷物を持たせてきたのは、苦しいことがあった時、私を守ってくれるためだったのかもしれない。障害物のない道で、突っ走って、どこかに落っこちないように。耐えられないほど苦しいことがあった時に、苦しさを重さとすり替えられるように。それから、口には出さない山ほどの心配は、私が私の選択がわからなくなって、迷子になって、雨が落ちてきた時に、大丈夫だよ、絶対味方だよと、かばうように。

そう、荷物になって、普段は重くて、だけど、何かあったら絶対に守ってくれる、折りたたみ傘みたいに。
晴れてる時は、鞄に入ったそれが、なんだか面倒に思えたり、はたまた、入っていることを忘れそうになったり。だけど、折り畳み傘が入っていると思ったら、どこまでも歩いていける。今日の天気はわかっても、明後日や一週間後、1ヶ月後の天気はわからない。だけど、いつ雨が降っても、守ってくれる味方がいるって思えたら、ずっと遠くへ旅に出られる。
もしも雨が降れば、折り畳み傘は、ちゃんと傘になって、かばってくれる。みんながいるよって、笑ってくれる。傘があったら、雨の音は、愉快に変わる。雫だって、弾かれて、踊り出す。傘をさすのが気まぐれだって、見捨てたりは、しないんだ。

そして私もまた、面倒だなと思いながら、折り畳み傘を持っていた。折り畳み傘だって、使われなきゃ、意味がない。お家に置いていったって、いざという時、一緒には、いられない。
だからと言って、持つのは、持って行く側の自由であって、折り畳み傘の権限ではない。本当に面倒だったら、口に出さない雰囲気も心配も、知らないふりしたってよかったし、触れなくたってよかったのだ。それに、本当はそれほど家族は口うるさくいっていなかったのかもしれない。私は私で、折り畳み傘が必要だったし、折り畳み傘を、持っていってあげたかったのだ。
だけどね、そんなふうに守ってもらうばかりじゃなくって、返したくなる時だって、ある。ふっ、と、ありがとうって思った時に、晴れていても鞄から傘を取り出して、綺麗に拭いたり、お日様の光に当てて、感謝を形にしてみたって、きっといい。
それが、折り畳み傘との長い長い、おつきあい。

だって、家族だから。家族だって、ううん、家族だからこそ、他の人とはできない面倒を分け合ったり、一緒に持ったりしながら、幸せの方に歩けるように支え合うんだと、そう思う。気を使わないという気遣いで成り立つ家族。だけど時々、ありがとうを形にすると、折り畳み傘の重さが、心地よくなる。

その気持ちは、傘が鞄にある時も、雨から守ってくれる時も、ふっとありがとうが湧いてきて、会いたいなと思った時も、変わらない。

家族って、折り畳み傘と、似ているのかもしれない。
そんなことに気がついてから、私はもっと自由になった。一人暮らしは、もっと寂しくなくなった。だって、いつも私の心には、家族がいるってわかるから。いつでもそばにいてくれるし、私だっていつでもそばにいてあげられるって、知っているから。

だけど、最近。社会人になって2年ほど。一人暮らしが、ちょっと、寂しい。そんな気がする。
そろそろ会いたい時期かしら。
心をのぞいて確かめてみるけど、それもちょっと違うらしい。

なんだろう。

私の中をのぞいてみる。心は、折り畳み傘があるから、ぽかぽかと、あったかい。でも、心を探ったその手は、いつもより少し、冷たく感じた。

ああそうか。私もちょっとは、成長したみたいだ。
手の温度を感じながら、私は、わかった。

この手を繋げる、誰かに会いたい。
それから、私もそろそろ、守ってもらうばかりじゃなくて、誰かの心をあったかくして、冷たい手を、握ってあげたい。
私も、その手の先の、誰かのための、折り畳み傘になりたいな。

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