メディアグランプリ

男の嫉妬ほど執念深いものはないけれど、憧れにはやっぱりかなわない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吹田ログ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
カカカカカカッ! ココココココッ! カカッココッ!
「なになに!? なにがあったの? なんの音!?」
聞きなれない音に事務所の中がざわめいた。
音は小さな会議室から聞こえてくる。
数分も続くそのカン高い音の原因を探ろうと、皆で会議室に近づいた。
覗き見するように小さく扉を開けると、黒い革ジャンを来た茶髪の男がひとり、打ち付けるように色鉛筆を紙に執拗に連打していた。「あ、えっ!? 長谷川さん?」
ガガガッガッガッ、ガッ! さらに強く叩きつけると、それを最後に事務所内はしんと静まり返った。
「フー、あ、どうしたんですか? 何か用ですか?」
「何かって、その音……。何してるんですか?」あまりの衝撃に、いつの間にか扉を全開に開けてしまっていた。本気で何事もなかったかのようなその態度に、正直戸惑いを隠せなかった。
「何って画を描いてるんですよ、見りゃぁわかるでしょう?」
「見りゃぁって……」おぉぉ! スゴイッ! A3の紙には大胆に手描きのデザイン画が描かれていた。洞窟のような薄暗い中に、ほのかに光る座席とカウンター。どうやら飲食店のようだった。
その引き込まれるようなその画の魅力に、僕は驚きとともに、こ、コレだっ! とひとり思わず声をもらしそうになった。そして長年の思いを達成できるかもしれない小さな喜びを感じていた。
 
僕と長谷川さんはインテリアデザイナーだった。
長谷川さんは数日前に入社してきた。見た目の重たさとは違い風のように舞い込んできた。上司からは新入社員の話は何も聞かされていなかったのだ。隣の席にいつの間にか座っていたときにはギョッとした。シルバーのアクセサリーをジャラジャラさせてちょっと危険な感じも漂わせていた。
僕の年も三十を過ぎた頃だったが、自分より幾つか年上のデザイナーが入ってくるなんて、なんだか比較されたりして嫌だなと、正直歓迎できるようないい気分はしなかった。同じ職種で近い年齢なんて……。そうはいっても現実に入ってしまったのだからしょうがない、少し距離をおいて見てみようと少々強気な態度で接していた。もちろん自分の仕事への自負もあったしデザインでは負けたくなかったのだ。他の社員も、社風とは異質な長谷川さんのその風貌に距離を近づけずにいた。
 
しかし、ある日を境にライバルは突然、「憧れ」の対象に変わったのだった。
「……スゴイッ!」長谷川さんの描いたデザイン画を見て、その魅力的に驚嘆した。深みがある、どこまでも細かく考えられている、そして何より何事にもとらわれていない自由な世界観がある。コレだ。目の前に求めてきたものがあった。僕の長谷川さんに対する見方が一瞬にして変わってしまった。そして、欲しい、自分のものにしたい、これを描けるようになりたい……素直にそう思った。
 
僕には手描きへの憧れがずっとあった。
パソコンでインテリアのデザイン画をつくればつくるほどに、その憧れは強くつのった。硬い……どうしてもパソコンで描かれたデザイン画は硬い感じがするのだ。手描きのような柔らかなニュアンスはどうしても苦手だった。だからデザイン自体も硬い表現になりがちだったのだ。僕はパソコンという道具に縛られている気がしていた。だから、見よう見まねで、手でも描いてはいた。だがどうしても納得がいかない。独学には限界があったのだった。
そんなジレンマに陥っていた時、素敵な手描きのデザイン画を雑誌で見つけた。どこかのテーマパークのデザインだっただろうか。それを見た時、これだ! と思った。緻密に細かい部分まで描かれ、アイディアに満ち溢れ、懐かしさを感じさせた。これはパソコンでは表現しきれない……。それは僕の目指す理想の画風となった。だがそれがあるだけでは、動画のように動いて描き方がわかるわけではない。似たようなものを見つけては、少しずつ練習していくしかなかったが、なかなか上達はしなかった。
 
そんな試行錯誤の日々の中、初めて長谷川さんのデザイン画を見たときは心底驚いた。なぜなら、それは、かつて見たテーマパークの画風にそっくりだったのだ。長谷川さんは、まさにその目指す画風を描いたデザイン事務所から転職してきたのだった。
長年の思いを、打ち明けよう。そしてこれまでの態度を謝ろう。なんとしてでも教えてもらいたい、その魅力的な画の描き方を。僕は意を決して、長谷川さんに近づいた。それまでの思いを打ち明けた……すると長谷川さんはアッサリ、それもお安い御用とばかりに、こうやって描いているんですよ、と教えてくれた。僕が謝る前に……。
長谷川さんは何も気にしていなかったのだ。もともと僕のことなど目にも入ってこなかったのかもしれない。勝手に僕がヒートアップしていただけなのだった。僕は顔を赤くしてキィキィ鳴く小猿だったのだ。なんとも小さな自分に嫌気がさした。同時に彼の器の大きさに、憧れは増すばかりだった。
 
だがちょっと教えてもらったからといって、一朝一夕に描けるようになるわけはなかった。試行錯誤はやはり続いた。彼の描いたものをじっくり見た。インクの裏写りや、その筆跡まで追った。追っては試しを何度もくり返した。それは夜が明けても止まらなかった。それでも楽しくてしょうがなかった。上達することが嬉しかった。そんな地道な作業が1年続いた。徐々にパソコンで描くことは少なくなっていった。2年後にはとうとう完全に手書きになった。
そしてやっと手に入れた。理想の画風が手に入った。やっと納得できるようなものが描けるようになったのだ。手に入れたというのは、まさに身についたという感覚だ。血肉になって離れない。何時でもどこでも、この世からパソコンがなくなっても電気がなくなっても、僕は描くことができる! 何か大きな自由を得たように思えた。
それは強い自信となった。虚勢を張っていた僕に対する、当時の長谷川さんの心境と同じになったのかもしれない。誰が何をしていようと動じない、そんな心持ちだ。きっとあの時の僕は、強さが欲しかったのだ。歯をいつでもむき出しできるボス猿のような本物の強さを。でもそれは出す必要はないのだ、本当に相手が飛びかかろうとするまでは。
 
画が描けるようになってふと顔を見上げると、長谷川さんはいつの間にか、風のように僕らの前から姿を消していた。僕がありがとうを言えるようになる前に。
 
カカカカカッ。
まだ耳の奥であのカン高い音が聞こえるようなきがした……。
 
 
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2017-12-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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