メディアグランプリ

混ざり合い進化して受け継がれてゆくもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:一宮ルミ(ライティング・ゼミ特講)
 
「今年もおせち料理作るんでしょ?」
実家の母から、確認の連絡。
「作るよ。今年もよろしく」
 
大晦日は、実家の母と午前中に買い出しに行き、一緒に昼食を食べ、午後からおせち料理を作り始め、夕方には実家の両親と私の家族と妹家族の3家族分のお重が出来上がる。重箱を持って、「良いお年を」と両親に告げ、自宅へ帰るのが習わしとなっている。
我が家のおせちで作るのは、煮しめ、ぶりの照り焼き、卵焼き、黒豆、数の子、エビの塩釜焼きくらい。田作りや昆布巻き、焼き豚、紅白かまぼこなどはスーパーで買ってきて、そのまま入れてしまう。
数の子と黒豆は私の担当。塩を抜いて出汁につける数の子、豆を水につけて戻したり、煮汁につけたりする黒豆は、時間が調理するといってもいいくらい、時間がかかるものだ。
数の子は夫の好物だ。義母が元気だった頃は、お正月に行くと必ずたくさんの数の子が用意されていた。私は数の子作りの新米で、義母のようなしっかりした味付けの数の子を作ることはできなかった。
仕事納めをした翌日12月29日から、自宅で年末年始の休暇を満喫する傍らでコツコツ仕込む。やっときた休暇にホッとする気持ちと、街じゅうが慌ただしく大晦日へのカウントダウンをしている浮き足立った感じに自分も乗っかっていられるのが楽しい。いよいよ大晦日になれば、黒豆と数の子を携え、母の家に向かう。
 
もともと、我が家にはおせち料理を作る習慣はなかった。父にはたくさんの兄弟、つまり私から見れば、叔父や叔母がたくさんいた。年が開けると、皆、家族で我が家へやってきた。大人数のため、お重のおせち料理では、到底まかない切れない。だから、正月の料理は、近所の仕出し屋で買ってきた、刺身や、焼き鳥といった酒の肴があふれんばかりに盛られた、抱えきれないほどのお化けのような大皿の盛り合わせだった。大人たちの宴が始まると、床には一升瓶や、ビール瓶があちこちに転がって、一日中食べて飲んでの大賑わいの正月を過ごす。子供達は、お年玉をもらい、日がな一日、凧揚げしたり、ゲームをしたりした。子供の頃はそれが当たり前で、それはそれで、とても楽しかった。
 そんな中で育った私には、お重に行儀よく詰められた「おせち料理」は、憧れの食べ物だった。年末になると料理番組がこぞって特集しているおせち料理とは一体どんなものだろう。色とりどりの食べ物が、整然と重箱に詰められ、新しい年が来たのを、誇らしげにアピールしているように見えた。その重箱が食卓に置かれ、家族だけで静かにお正月を迎えるのは、どんな気分だろう。
結婚して初めてのお正月、夫の実家へ行った。そこには、義母と夫の祖母が作った、あの憧れのお重に詰まったおせち料理が、食卓に置かれていた。それは私が、ずっと憧れていたおせち料理そのものだった。
それから、毎年、夫の実家のおせち料理が楽しみで仕方がなかった。おせちならではの料理たち。黒豆、数の子、栗きんとん、紅白なます。いつも変わらずお重の中にあった。定番のおせち料理を食べると「ああ、また一年始まったんだな」と実感した。夫の実家へ行っておせち料理を食べるのが楽しみだった。
 
しかし、夫の実家の料理番だった祖母が亡くなり、数年後、義母も亡くなり、夫の実家でおせち料理を作れる人がいなくなった。義父もさすがにおせち料理は作れない。残されたのは、義母たちが使っていた空の重箱だけとなった。私にとって、おせち料理のない正月など、もはや正月ではなくなっていた。仕方ない、自分で作ろう。
とはいえ、何をどうやればいいのか、わからない。煮物や、焼き物は到底できる気がしなかった。それで実家の母に協力してもらうことにした。
その頃には、もう実家の正月も静かなものになっていた。子供の頃のようなどんちゃん騒ぎのお正月は、いつの間にかなくなってしまっていた。
母もおせち料理については、全くの素人だった。数の子と黒豆にいたっては、食べたこともなかった。だから、夫の実家で食べたことのある私が、料理本とネットのレシピサイトで、毎年研究を続けた。おかげで、どうにか作れるようになった。
一方で母は、いつもの食卓に出て来るような、紅白なますや煮物、焼き物を担当してくれうようになった。おかげでいつしか大晦日のおせち作りが習慣となり、役割分担までされるようになった。
 
ある年、私は、雑誌のおせち料理特集に載っていた「海老の塩釜焼き」という料理を、作ってみた。エビを、塩の山の中に閉じ込めて、そのままオーブンで焼くといういたってシンプルな料理だ。
普段料理に興味のない娘が、
「これ、めっちゃ美味しい!」
と絶賛してくれた。確かに、塩味が海老によくしみて、美味しかった。
それ以来「今年も、海老の塩で焼いたやつ、おせちに入れてよ」
と娘からリクエストされるようになった。
 
そうして、だんだんと我が家流のおせちが出来上がっていった。
 
もともと、我が家にはおせち料理を作る習慣がなかった。夫と結婚して、おせち料理を食べる経験をし、おせち料理が当たり前になった。夫の実家で食べたおせち料理の定番メニューが、いつしか我が家の定番となり、私の実家の母の味も混ざりあり、新しいおせち料理へと変化していった。そして、今では、娘のリクエストに答えて、新しいメニューまで加わって、どんどん進化を遂げている。
お正月の定番、おせち料理。それは変わることなく受け継がれていくのだろう。でも、その中身は、混ざり合い、進化して受け継がれていくのだ。
 
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2017-12-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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