メディアグランプリ

タモリの「夢は見るな」という人生論


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記事:中島宏(ライティング・ゼミ 平日コース)
 
 
子供の頃、大好きだったアニメで「悟空の大冒険」というのがある。
原作は手塚治虫の「ぼくの孫悟空」。名前の通り、西遊記をベースに書かれた漫画だ。
ウィキペディアで調べてみたら1968年放送のアニメとあり、まだぼくが生まれる前のアニメなので、夕方の再放送を見ていたのだろう。
多分、小学校低学年ぐらいに見ていたと思う。その最終回がいまだ忘れられない。
 
西遊記というのは、誰もがご存知のとおり三蔵法師一行が天竺を目指して旅をする話だ。最終回の日は、ついに今日は天竺に到着するのだとぼくはテレビの前でワクワクしてその時を待っていた。
その日も一行は最後の敵を懲らしめて、天竺と思っていた場所に向かう。ところが、辿り着いた場所には何もない。瓦礫のようなものが転がっているただの岩場だ。
そこには老人が一人ぽつんと立っている。その老人に「ここがゴールだ」と言われて、悟空が怒り狂うのだが、その途端その老人が大きなお釈迦様に変身して、悟空たちにこういうのだ。
「天竺はない。お前たちが旅してきた道こそが天竺だ。だから、今度はいま来た道をもう一度、引き返しなさい」
そう言われた一行は、また道を逆に歩きはじめるところで唐突に物語は終わった。
まだ6歳か7歳の幼いころのぼくには、この終わり方はめちゃくちゃ強烈だった。もう、うっそーんという感じである。そんなのあり?と、その場でひっくり返るぐらいに驚いた。
そして、その衝撃の最終回は、そのままぼくの人生訓みたいなものになったといっても大げさじゃない。
 
30歳になったばかりの頃、親の会社を引き継いで、それまでやっていた事業を内容も顧客も一新させて第2創業をした。継いだのは会社の名前と場所だけなので、ほぼ創業に近いようなことをしたのだ。
この新しい事業が最初まずまず成功した。それで図に乗ったぼくは、一気に会社を大きくしようと考えた。とにかく最短ルートを猛スピードで一気に走って、誰よりも成功してやろうと考えたわけだ。
その頃、先輩の経営者には「一気にやるのはよくない。ゆっくり成長するほうがいい」というようなアドバイスをたくさんもらった気がするのだが、熱くなっていたぼくはどこ吹く風という感じで聞き流していたように思う。
 
今から振り返ってみるとかなり浅い考えで経営をしていたし、無知な部分も多分にあった。そうとう無茶なこともした。結果、最初うまく行っていた事業もすぐに傾き、失敗を繰り返し、多くの人に迷惑をかけた。借金もかなり作ったし、ストレスと酒で体重は増え、身体も壊した。体調不良で病院に行ったら、精神科を紹介されることもあった。
30代の中盤は、人生の中でもかなりの暗黒期で、毎日黒い海の上をただよっているような気がしていた。
 
ある日、テレビを見ているとタモリがこんなことを言っていた。
「夢があるようじゃ、人間終わりだね」
お酒を呑みながらトークする番組で、少し酔っ払っているように見えるタモリはこう続けた。
「誤解してもらったら困るけど、夢のために生きろっていうけど、それじゃ夢が達成されるまでの期間はどうなるのよ。意味のないつまんない期間になるよね。今日を明日のために生きている。それは悲劇的な人生だよね。今日を今日のために生きる生き方をしないと。それがジャズな生き方だよね。ジャズな生き方っていうのは、今を生きることなんだよね」
タモリは好きなジャズという言葉と絡めて、自身の夢を見るなという人生観を訴えていた。そんなに熱く人生を語るタモリというのは珍しく、かなり興味深い内容だった。
 
「夢を持って生きよう」という通常の人生論と真逆のこの発言は、その後タモリの暴言としてネット上のいろんなSNSなどで議論されたのを憶えている。
「夢を見て何が悪い?」
「夢を持つな、なんてタモリのような成功者だから言えることだ」
「向上心のない人間はダメだ」
そんな意見が多かったように思う。
ぼくはその時、30年前に見た「悟空の大冒険」の最終回のお釈迦様の言葉を思い出した。お釈迦様の言ったことと、タモリの言ったことは基本的には同じだと思ったのだ。
 
夢を持つな、目的地を持つな、というのは確かに暴論かも知れない。ぼくも向上心を持つことは人間の自然な習性だと思う。
でも一方で、タモリが言うように、今日が明日のために潰されてしまうだけの人生というのは悲劇だとも思う。
確かに受験や資格試験に通るために、一定期間、今日が明日のために潰される時期はあるだろう。そういう時期があるのは否めない。
しかし、人生そのもの自体は、明日のためでなく、今日のためにあるべきだと思う。
アニメのお釈迦様の言ったように、目的地に天竺はなく、今歩いている道こそが天竺なのであれば、なおさら今日を生きるべきだ。
 
もし、今日が明日のために潰されているように感じたら、一度その夢を疑ってみるのがいいと思う。それは、本当に自分のやりたい夢なのだろうか?
ぼくの場合30代の自分に、ただ漠然に成功したい、人にすごいと思われたい、人を出し抜きたいというような虚勢や競争心がなかったとは言い切れない。
自分のやりたいことは本当にこれなのだろうか、本当にそのような虚栄だらけの成功が欲しいのだろうか。毎日それを自問自答することでしか、そこから抜け出す方法はなかった。それに気づいてから、いらないものをひとつずつ手放し、小さいちっぽけだと言われても、本当に自分がやりたいことだけに集中した。すると、ずいぶんと楽に生きられるようになった。
 
成功者には、血反吐を吐きながら努力して頑張って成功したというタイプと、好きなことに毎日ただ夢中になっていたら、自ずと成功していたというふたつのタイプがいるように思う。前者が成功しても厳しい顔でどことなく寂しそうに見えるのに対して、後者は柔らかな顔で楽しそうに見えるケースが多い。
好きなことがひとつずつ出来るようになるのは喜びだし、充実の人生になるはずだ。
本当にやりたいことに気づいたら、その道程を行く今日は、明日のためだけじゃなく、きっと今日のためにもなると思う。
タモリの「笑っていいとも」だって、長く続けようと思ったのでなく、毎日今日を楽しんでいたからこそ32年も続く長寿番組になったのだろう。
それに先に述べた受験や資格試験に通るための期間のようなものも、それが本当に自分のやりたい受験や資格であるならば、きっとその期間も楽しいはずだ。
 
「天竺はなく、今いるところが天竺」
ゴールを夢見て旅立つことは素晴らしいことだ、でもそれよりももっと大事なことは旅自体を楽しむことだろう。そのためには、人の目を気にするより、どんな小さなことでもいいから、自分が本当にやりたいことをやるのが一番手っ取り早い。
 
6歳の頃に見たアニメの言葉は、いまだぼくの大切な人生訓のひとつである。

 
 
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2017-12-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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