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メディアグランプリ

数学者は詩人である


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記事:蔵本貴文(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
数学のノーベル賞には年齢制限がある。
 
といってもノーベル賞には数学賞はない。
これは数学界のノーベル賞と言われる、フィールズ賞の話である。
 
数学は若い学問である。アスリートに近い感覚かもしれない。
10代、20代がピークと言われていて、30になっても業績が残せない場合、その後に頭角を現すことは、まずないそうだ。
だから、数学界の最高栄誉と呼ばれるフィールズ賞には40才までという年齢制限がある。
 
最近(2017年12月)に、ABC予想という数学上の大問題が、京都大学の望月新一教授によって証明された。とはいっても、証明自体は5年前に発表されていた。なんと、証明に用いた「宇宙際タイヒミュラー理論」という理論が難しすぎて、一流数学者のチームを作っても検証するのに5年もかかってしまったらしい。
 
ABC予想が証明されればフィールズ賞は確実であるのだが、残念ながら望月教授は40才を過ぎていて、受賞資格がないとのことだ。
ただ、望月教授が「数学での賞レースなんてバカバカしい」と考えていて、わざと遅くに理論を発表した、と見る人もいるようだ。ネットの情報なので真偽は定かでないが、望月教授の人柄の一部を現しているのだろう。天才の頭は凡人にはわからない。
 
前置きが長くなってしまったが、私は20才で数学を諦めた。
専門課程の数学の教科書を見て、もうこれはついていけない、と思ったのだ。
高校の時までは、大の得意科目だったのだけど。
 
数学をあきらめた理由は、何といっても、数学というのに、教科書にあまり数字が出てこないことだ。
代わりにあるのは、xやy、これはまだいい。あと、ギリシア文字、そして変な記号。
変な記号というのは、例えば「∀」とか「¬」とか「∃」などで、数学で独自に使われる記号だ。こんな文字がおどる教科書は奇妙で、生理的に受けつけなかった。
 
あと、数学の教科書は薄い。でも、それは内容が少ないということを意味しない。数学の世界では一字あたりの情報量が非常に大きい。だから、教科書を読むとき、乾燥食品を水で戻すように、紙と鉛筆を使って時間をかけないといけないのだ。
 
そんな数学の作法が、僕には向かなかった。どうしても、やっていてイライラしてしまう。だから、大学3年生から数学の科目を履修するのをやめてしまった。
 
純粋な数学は諦めたが、いま私は数学を使う仕事をしている。
モデリングという仕事で、微積分や複素数、行列などを駆使して、半導体の電子の動きを数式で表す仕事だ。
 
「その仕事と諦めた数学は何が違うのだ」
不思議に思うかもしれない。しかし、それは明確に異なる。
 
数字や数式というものは、言語のようなものだ。
日本語や英語などの言葉は、基本的に誰かに何かを伝えるために使う。それは数字だって同じだ。数字は情報を表す。例えば、言葉がわからない国に行っても、お店で商品の前に数字が書かれていれば、それは値段を表すものだとわかるはずだ。
 
言語には色々な働きがある。ニュースのように正確に出来事を伝えること。小説のように人の感情を動かすこと。コピーライティングのようにモノを売ること。そして、詩や俳句のように、芸術として創作するという楽しみ方もある。
 
数字や数式も同じである。温度や長さなどの情報を正確に伝えること。メリットを数字で表して、お客様の気を引くこと。そして、私の仕事のように、モノを作るために、設計するために数式を使う、という使い方もある。これらは全て目的が別にあって、その手段として数学を使っている。
 
そして、目的がなく、言語における詩や俳句のように、数字や数式自体を楽しむ学問がある。美しさを追求する学問とも言える。それが僕の挫折した「数学」なのである。
 
数学の美しさ、それは言語の美しさよりは単純だ。
とにかく厳密なこと、とにかく短いこと、とにかく広いことである。
 
数学は一切の例外を許さない。
天気予報が90%当たれば、上出来だろう。物理の方程式が99%の精度であれば、信用していいだろう。純度が99.999999999%(9が11個並ぶから、イレブンナインと言われる)であれば、純粋な結晶だと考えていいだろう。
しかし、数学はそれを許さない。どれだけ例外が少なかろうが、1つでも例外は認められないのである。
 
そして、数学はとにかく短い。
先ほど、数学の教科書に変な記号が登場して困るという話をしたが、これは文字の量を少なくするためである。彼らは少ない文字数にとにかく膨大な(広い)情報を埋め込もうとする。それが彼らにとっての美しさである。
結果、読むほうにとっては、乾燥食品を水で戻すような負担を強いることになる。でも、数学者にとって、読み手が苦労しようが知ったことはない。そんなことより自分の美意識の方が大事なのだ。
 
彼らの一番のモチベーションは、社会に役立つとか人にものを伝えるとかではない。純粋に自分にとっての美を求めることなのだ。
そう考えると、科学者というより、むしろ詩人に近いということが分かると思う。数学を使って、厳密に、より短く、より広い情報を表現したい、そういう美意識をもった芸術家である。
 
私は数式や数字で食べてはいるが、それは実務者として、である。彼らほど数学にストイックにはなれなかった。だから、役に立つとか金になるとか、そんなことを考えてしまう。
 
しかし、数学者が自分の美意識を貫く態度に、尊敬するくらいの感性は持ち合わせている。フェルマーの定理という数学の問題が解決される過程(フェルマーの最終定理:サイモン シン著)には本当に感動した。
自分の手に届かないからこそ、数学者は私にとってのヒーローなのだ。
 
 
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2017-12-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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