メディアグランプリ

おでんの呪縛


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:南部千里(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
11月も終わりに近づいた、ある夜。その日は「この冬一番の寒波が到来」という天気予報の通り、朝からぐっと冷え込んでいた。先週まで紅葉を楽しんでいたかと思えば、この寒さだ。秋がもうちょっと居残りしてくれるかと思っていたら、「はいはい、失礼しますよ」と言いながら、あっという間に冬がやって来た。お天気お姉さんが言うところの「この冬一番の寒波」があと何回来るのか知らないが、とにかく寒い。こんな日に閉店までアルバイトだなんて、帰り道はどれだけ寒いのだろうか。そんなことを考えながら、駅からアルバイト先までの短い距離を、背中を丸めて早足で歩く。
 
わたしのアルバイト先は日本酒専門店だ。立ち飲みスペースを併設した酒屋で、150種類以上の日本酒を取り扱っている。店で買える日本酒はすべて、立ち飲みスペースでも楽しめる。またその逆に、立ち飲みで気に入ったお酒は買って帰ることもできるのだ。立ち飲みでも購入でも、お客さまのリクエストを伺って、好みにピッタリ合うお酒を提案できたときは嬉しい。
 
その日は平日で、会社帰りのサラリーマンで賑わう立ち飲みスペースがひと段落した頃だった。手が空いているうちにグラスを洗ってしまおう、などと考えていると、一緒にアルバイトをしている大学生の男の子が困った顔で近づいて来た。お酒を買いに来たお客さまに、何かリクエストされたらしい。
 
「あの、お客さまが、おでんに合う日本酒をお探しなんですけど……
何をオススメすればいいでしょうか?」
 
おでん。
その瞬間、脳内はおでんに占拠され、口は完全におでんだ。
 
ふわふわと立ち上る湯気。
だしの香り。
芯まで味がしみた大根は、噛めばホロリと崩れる。
たまご、こんにゃく、ちくわに厚揚げ。
もち巾着も外せないし、トロトロになるまで煮込まれた牛すじもいい。
熱々のおでんを頬張りながら、熱燗をぐいっと……。
ああ! 今すぐ、おでんが食べたい……!!
 
おでんに合う日本酒をお客さまに紹介しつつも、妄想は止まらない。
じゃがいも、つみれにごぼう巻き。
おでんに入ったロールキャベツは、普通に食べるより美味しい気がする。
静岡出身のわたしとしては、黒はんぺんも欠かせない。
あ、みなさん黒はんぺんて食べたことありますか?
セメントみたいで全然おいしくなさそうに見えますが、静岡県民はこれを大喜びで食べるんです。
 
口の中はおでんモードのままだ。次々と浮かぶ具材のせいで、おでんへの欲望はどんどん強くなっていく。寒い日だからこそ、おでんが食べたい。目の前に並ぶ日本酒から1本選んで、途中のコンビニでおでんをゲットすれば、今夜の幸せな時間が約束される。この楽しみがあれば、どんなに寒い帰り道でもウキウキしながら帰れそうだ。
 
しかし。
 
悲しいかな、その夜おでんを食べるわけにはいかなかった。作り置きしたおかずが冷蔵庫でわたしを待っていたのである。夫に対して「計画してご飯を作ってるんだから、急に飲み会の予定を入れたりしないで!」と口うるさく言っている手前、「今日はおでんを買っちゃった♪」などと浮かれて帰るわけにもいかない。大急ぎで帰れば自分だけおでんを楽しめるかもしれないが、そんな日に限って、夫は早く帰宅するのだ。そうなれば間違いなく喧嘩になる。耐えろ、わたし。おでんを食べなくても死にはしない。大人になるのだ……。
 
ここは我慢、と自分に言い聞かせ、おでんを買わずに帰宅したわたしは、誘惑に勝った気になっていた。また近いうちに食べればいい。一回寝れば、口もリセットされるはず。そんな風に考えて、「この冬一番のおでん熱」を完全に舐めていたのである。
 
翌朝。
お腹が空いて目が覚める。ぼんやりとした頭に浮かぶのは……
 
おでんだった。
 
寝ても覚めても、おでん。もはや呪いのようだ。この呪縛から逃れるには、おでんしかない。おでん、おでん、おでん。決めた。今夜は、今夜こそは、おでんだ。
 
アルバイト先で熱燗向きの1本を購入する。閉店作業を超速で終わらせ、電車に飛び乗る。おでんはもうすぐそこだ。コンビニのおでんケースから漂う香りだけで涙が出そうになる。早足で帰宅し、熱燗の支度をする。いただきますっと大根に箸を入れ、口いっぱいに頬張れば、じゅわっと味が広がる。ごくりと飲み込めば、冷えた体が温まる。……これは、沁みる。
ホロリと溶ける大根と一緒におでんの呪縛も解けていくのだった。
 
 
***

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2017-12-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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