メディアグランプリ

帝国軍の襲来、そしてわたしは転職に成功した


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記事:白鳥澄江(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
え? ……スターウォーズ?
思わず振り返ると、黒いダッフルコートを着た若者が駅に向かって歩いていくところだった。連れの背の高いほうの若者がスターウォーズの主人公ルーク・スカイウォーカーについて熱く語っている。スターウォーズは1977年に公開されたジョージ・ルーカスが手がけた作品で、映画界に新しい風を巻き起こした。シリーズはロングランを重ね、つい先月も新作が公開されたばかりだ。ダッフルコートの若者もさっき見た映画の興奮がさめやらぬ様子でしきりに頷いている。夕方のターミナル駅は家路を急ぐ人々と買い物客でごった返している。ふたりの姿はあっという間に人ごみに紛れてみえなくなった。
 
じつはスターウォーズにはちょっと思い入れがある。
話は2年前にさかのぼる。当時勤めていた会社が経営難を乗りきるために希望退職を募った。ところが蓋を開けてみると、当初の予定であった600人をはるかに上回る1200人がいっぺんに辞める事態になった。リストラにつぐリストラがたたって、ただでさえ過重労働状態だった会社は一気に人手不足におちいった。私をはじめ残された社員の負担はそりゃ相当なもので、過労とストレスで同僚や上司がつぎつぎと戦線離脱していった。月の残業時間はとうに規則を超過しており、これ以上残業ができないにもかかわらず仕事をこなさなければ集中砲火を浴びる。だから誰もがタイムカードを押さずに深夜まで働いていた。一緒に暮らす家族もいない、夢中になれるものもないまま、家と会社の往復の中でしだいに心身がボロボロになっていきながら、何のために仕事をしているのか、なんのために生きているのかもわからなくなっていた。
 
そんなある日、いつものように満員電車のドアがあいて、勤務先のある新宿で降りようとして、身体が動かないことに気づいた。床に根が生えたように足が動かないのだ。私は大勢の通勤客がホームに吸い込まれていくのをぼんやりと眺めていた。やがてドアが閉まり、電車は再び動き出した。見慣れた景色が遠ざかる。気がついたら終点の小田原駅にいた。さっきから鳴り続けているスマホの電源を切り、ふと目に入った駅前のちいさな映画館に入った。そのとき観たのがスターウォーズだった。
 
スターウォーズの面白さの秘密はヒット作を生み出す黄金の法則『ヒーローズジャーニー』を使ってシナリオを書いているからだと何かで読んだことがある。『ヒーローズジャーニー』という言葉を生みだしたのはジャゼフ・キャンベルだ。キャンベルは古今東西の神話や寓話、昔話や伝承を丹念に調べてゆくうちにある法則を発見した。すなわち、あらゆる神話は人間の普遍的な心の成長物語なのだ。キャンベルはこの法則を『ヒーローズジャーニー』と名づけた。
 
スターウォーズに話を戻すと、主人公のルークは自分の内なる魂の声にしたがって本当の人生を生きる場がどこかにあるんじゃないかと思いながらも両親とともに平穏だけど退屈な日々を送っていた。ところが帝国軍の襲来によって否応なしに冒険の旅に出ざるを得なくなる。彼はいくつもの試練を乗り越え、やがて最大の危機に直面する。
自分が信じてきたものや成し遂げてきたことはもう役に立たないという事実を受け入れるのは誰にとっても苦痛がともなう。だけどこの局面を打開するには新しい方法や考え方を身に着けるしかない。ルークもそうだった。彼は自分の限界を超えてフォースを操る新たな技術を身に着け、仲間とともに最大の危機を乗り越える。そしてずっと欲しかった自分の居場所を見つける。
 
ルークが故郷を捨てて宇宙に旅立ったように、私たちが自分自身として生きていない時、人生の真の喜びとかけ離れているとき、私たちの本質は私たちに呼びかける。あなたが本当に望んでいるものは何? この体と命を使ってこの人生でやり遂げたいことは何? ときに私たちの本質はトラブルという形で私たちの人生に軌道修正をかけてくる。映画は人生と同じだ。映画でも実人生でも主人公はつねに成長することを求められる。自分をごまかして日常をやり過ごしているとき、私たちの本質は自分の人生を取り戻せと呼びかけてくる。私の物語の始まりを告げるベルは2年前から鳴っていた。希望退職の話がきたとき、新しい仕事を見つける勇気がなくて見送る側に甘んじた。でも本当はとっくに限界だった。そしてとうとう会社に行けなくなった。
 
私はポップコーンを食べながらぼろぼろと泣いた。そして心に誓った。自分自身の人生を取り戻そう。わたしが退職したのはそれから1か月後だった。限界だったわたしの背中を押したのはスターウォーズにでてくる主人公たちだった。映画も人生も終わることのない成長物語なら、きっとわたしにもできるはずだ。寄る辺のない不安の中で、その思いだけが頼りだった。あれから2年、わたしの人生は大きく変わった。
 
駅ビルからジングルベルが聴こえてくる。今日はクリスマス・イブだ。夕闇の街にオレンジ色のあたたかいイルミネーションがひとつずつともってゆく。さあクリスマスケーキを買って家に帰ろう。新しい家族とともに迎えるはじめてのクリスマスのために。
 
 
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2017-12-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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