プロフェッショナル・ゼミ

独身男の悲劇《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:Shinji(ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース)

「今日の夜、またいつもの通りよろしく」

仕事の依頼だ。仕事といっても報酬が発生するわけでもない。単なるボランティアだ。今日はそんな気分じゃないのに、と思いながらも依頼内容を確認する。

「場所と標的の人数は?」
依頼人に今回の詳細を聞く。これもいつもの流れだ。

「今日は北新地の和食、風華で」
依頼人は場所を伝えてくる。

次に必要な情報は、標的がいつそこへやって来るのか、である。
「19時で」
ここまで情報が揃えばもう大丈夫である。
後は何かあった時にその日そこにいたことにさえすれば業務完了である。

「何かあった時」とは?

そう、依頼人の奥さんからの追求があった時である。実際には僕自身はその場にはいないが、その夜依頼人と食事をし、夜中まで、時には朝まで飲み明かしていることになっている。

このように僕はよくアリバイ作りに利用されることが多い。
意外と人気があり、同時間にダブル、時にはトリプルブッキングされていることもある。
特に依頼人の奥さんに僕の顔が割れている場合に使われる頻度が高い。
これは僕の生活がアリバイ工作に適しているからだろう。
それは、「独身」ということだ。ただの独身ではない。
「49歳の独身」である。
このイタい環境がアリバイ工作に都合が良いらしい。
僕にオファーがくる場合、事前に依頼人夫婦間で交わされる会話はこんな感じである。
「今日はしんちゃんと飯食いに行くから遅くなると思うよ」

それを聞いた依頼人の奥さんは大抵こう返す。
「また? 本当仲良いね」
もちろん本当に行くことも多いが、実際より僕の出現率は高い。奥さんに「また?」と思われるほどリピーター率が高いということである。
そして依頼人たちは最後にこう締めくくる。
「ま、アイツは寂しいからな。付き合ってやらないとかわいそうだろ?」
これで工作完了である。
これで女性のいる店に行くことも、朝まで飲み明かすことも了承済みとなる。僕という免罪符を使って。
こうやって免罪符となるには普段からの行いが大切である。
奥さんにも「あの人といる時は仕方ない」と思ってもらえるようブランディングしておく必要がある。怪しさや危険さを身に纏っているようでは一緒に遊びに行くことさえ許してもらえない。まさに信頼と実績がなせる技だ。
女性がいる店に行くのは僕の婚活に付き合ってることになっているらしい。
朝まで飲み明かすのは1人で家に返すのがかわいそうだから付き合っているらしい。全く余計なお世話だ。

実際に依頼人の奥さんとも会うこともよくある。その時は必ずと言って良いほどこう聞かれる。

「どうして結婚しないの?」

そりゃぁしたいさ。できるものなら。
「結婚しない」のではなくて「結婚できない」から50歳前のこんな作品が出来上がってしまったのだ。
今年、厄除けで有名な神社に初詣に行って引いたおみくじにも
「待ち人来ず」
と書いてあった。こっちは厄払い目的で来たのに。しかも厄除けが専門と聞いてやって来たのに。そっち関連の願い事をするなら最初から縁結びの神社へ行ってますけど! 神様までが余計なお世話だ。
とにかく聞いてもいないのに忠告されるくらい、神にも見放されている。

アリバイ工作に協力するたびにこう思う。そこまで面倒臭い工作をしてまで、遊びに行きたいか? 気持ちが理解できない。浮気だの不倫だの好きにしてくれれば良いが、バレたときのリスクが高すぎるのに、わざわざ危険に身を晒す人が多すぎる。

とにかくここ数年、不倫を中心としたスキャンダル報道が多い。
思い返してみれば、何十年も前から不倫スキャンダルは世間の大好物として週刊誌の記事の中で人気ナンバー1メニューではあったが、特にここ数年、この人気メニューが大量生産されている。しかもセットメニューとして、発覚した者は大なり小なり社会的な制裁を受けるというサイドオーダーまでついている。

このご時世、発覚すれば、有名人であろうがなかろうが得る代償が大きいとされる風潮の中、なぜ人はそれでも禁断の果実に手を出すのだろう。
他人のものがよく見えたり、欲しくなったりするタイプの人が多いのだろうか? スリルと罪悪感が魅力的に感じるのだろうか? 
世間での不倫を表現する言葉にも問題があるのかもしれない。
まず「禁断の恋」、響きがなんとも魅力的な言葉だ。
「誰にも言えない秘密の恋」、聞いた感じは美しい。
「決して叶うことのない辛い恋」、我慢しているのは辛いけど、実は耐えている自分が好きなのが伝わってくる。
このハラハラ、ドキドキ感を想像させるフレーズたちが人を惹きつけて誘惑しているのかもしれない。
しかし、いくら魅惑的であっても、読んで字のごとくモラルに反した許されない行為だ。世の中からなくなってほしいと思うのだが……。
実を言うと、僕は、いけないとわかっていても危険な恋についつい手を出してしまう人たちの気持ちが少しわかる気がする。ま、経験はないですけど。

なぜ、経験もないのに気持ちがわかるのか? それは僕の持つ、ある「厄介な癖」と症状が似ているからだ。
その「厄介な癖」とは? 
絶対に笑ってはいけない場面で笑ってしまう癖。
結婚式で新婦が手紙を読んでいる時、誰かが叱られている時、ひどい時は葬儀の席でも可笑しくなってきて、自分の足をつねりながら笑い出すのを我慢している時もある。我慢できれば良い方で、たまらず吹き出してしまう事もよくある。
「ここで笑ってはダメだ」と思えば思うほどその想いは募り、激しい誘惑に駆られる。
つい先日も絶対笑ってはいけない、とわかっていながらも思わず笑ってしまい、周囲から白い目で見られたことがあった。
昼休みに社外で昼食を済ませ、事務所へ戻ろうとしている時だった。

昼休み終わりの1階エレベーターホールは通勤ラッシュのホーム並に混雑する。もちろん1回でエレベーターに乗車できることなんて滅多にない。可能な限り人が乗り込み、重量オーバーのブザーを鳴らした人が降車して発車。すし詰めのエレベーターが上の階へと進む。
そんなラッシュアワーなのに、無謀にも途中の階から乗車しようとしてくる人が時々いる。一応エレベーターの扉は開くものの、1階から重量ギリギリで進むエレベーターには乗れる訳がない。もし、運よく誰かが降車すれば入れ替わりで乗車できるがその可能性は低く、大抵「またダメか。あと何台こうやって見送れば良いの?」という諦め顔をエレベーター内の人たちに見られながら、非情にも扉が閉まる。

その日もエレベーターは当然満員で運行していて、3階で停車した。開いた扉の前には女性が1人立っていた。
「残念、次のエレベーターを待ってください」という空気がエレベーター内から彼女に向けて流れた時、「降ります!」という別の女性の声。人混みをかき分けて女性が1人降車した。これで、待っていた女性が乗れるスペースができた。幸運にも乗れることとなったその女性がエレベーターに乗った瞬間、「ブーーーーッ!」とブザーが鳴り響いた。

重量オーバーだった。

恥ずかしそうにその女性は再び降りて行った。
どれだけギリギリの状態で運行していたんだ? さっき降りた女性と新たに乗り込んできた女性の体重差は? 結局何グラムオーバーだったんだ? 今まで何千回とエレベーターを利用して来たが、これは初めて目にした奇跡の瞬間だ! など考え始めると、また悪い癖が顔を出し始めた。
エレベーター内の張り詰めた空気。ここで笑うと顰蹙を買うからダメだ! と意識すればするほど、お腹の底の方から笑いがこみ上げてくる。こうなるともう止まらない。その奇跡の瞬間、明らかに女性に降り立った笑いの神が僕に微笑みかけてくる。階数表示を見てごまかそうとしても、今度はその数字さえ単位がグラムに思えて来た。2階分は我慢できたが、3階目、すなわち6階に差し掛かった時、やっぱり吹き出してしまった。失礼なことは承知している。でも、耐えられなかった。エレベーターを降りた後、「またやっちゃった」と笑ったことを反省した。

勘違いして欲しくないのは、いくら悪い癖とは言えど、何の理由もないのに笑い出すわけではない、ということだ。ましてや笑いたいなどと思っているはずなどない。ただ、緊張感が漂う中でそれを緩和する人の行動や物を見つけた時に笑い出してしまうのだ。いわばギャップに惹かれるのだ。その緊張感が高ければ高いほど、我慢するのが辛い。笑ってはいけない場面であればあるほど想いは膨れ上がる。
不謹慎な場所だから笑ってしまうわけではない。可笑しいことを見つけたのが、たまたま不謹慎な場であっただけだ。

よく似た言い訳を聞いたことないだろうか?
そう、不倫に悩む人たちの言い分である。
「ダメとはわかっていても、好きになってしまう」
「好きになった人がたまたま妻子持ちだっただけ」
この言葉には嘘はないと思う。僕自身が笑いたくないのについ笑ってしまうのと同じように。
ただ、よく考えると、緊張が漂う場面に居合わせた時、何か笑えるネタはないか探している事実も否定できない。たまたま見つけているというよりも、最初から無意識に探し求めているのかもしれない。もし不倫経験があるという方は一度考えてみて欲しい。実は普段から、知らず知らずにそういう物件を探しているということはないだろうか? 

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