プロフェッショナル・ゼミ

母への詫び状 あなたの娘はある種のドラッグにはまってしまいました《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

母への詫び状 あなたの娘はある種のドラッグにはまってしまいました
記事:源五朗丸(ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース)

拝啓
朝晩めっぽう冷え込み、水道水が暴力的な冷たさとなる季節となりました。そんな折でも、母上様におかれましては、いつも家族の水仕事を一手に引き受け、私どもを助けてくださり、大変ありがたいことと、感謝の念に堪えません。

先日は、そんな母上様に対し、あろうことか「うるさい」などと暴言を放ってしまい、誠に申し訳ございませんでした。
私が悪いのです。あの日、風呂が沸いたのに、いつまで経っても部屋から出てこなかった私が。母上様は二度にわたって部屋のふすまを叩き「お風呂湧いたよ」とお知らせくださいましたね。
二度目のお知らせのとき、あなたの「はよ入らんと、冷めても知らんよ」とのお言葉に、ついカッとなり「うるさいなぁ。勝手に入るけん、放っとって!」と大きな声を出してご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。猛省しております。
実はそのとき、私はふすまの内側でふん張っている最中でした。もう少しで、この一週間つまっていたものが出てきそうな、いま気を緩めたらまた引っ込んでしまいそうな、そんな瀬戸際だったのです。ご存じの通り、私の部屋にはトイレなぞありません。私が意気込んで出そうとしていたものは、とある講座の課題でした。

講座について、あなたには詳しくお話ししていませんでしたね。申し訳ございません、この講座に入れ込んだせいで、親不孝な娘は暴言を吐くばかりか、人生を棒に振るかもしれないのです。

最初は軽い気持ちでした。
この講座では、毎週、締め切りが設けられ、課題を提出します。それが、なんとなく楽しそう、いつもの代わり映えしない毎日に張り合いが出そう。その程度の軽率な気持ちで、私はライティング・ゼミという講座に申し込みました。
講座が始まるとすぐに、その安易な考えを後悔しました。実際に課題を作成して提出する生活は、思い描いていたより格段に険しいものでした。毎回体力と精神力をギリギリまで削り、貴重な休日を終日つぶしてヒイヒイ言いながらパソコンに向かう。締め切りが近づくと、イライラして落ち着かなくなる。
そんなときに話しかけられると、普段とは比べ物にならないくらいカチンとくるようになりました。たとえ「おやつ食べんね」といった、いつもなら小躍りするような嬉しいお誘いであっても、喜ぶよりも先に作業が中断されたイラつきから、ぶっきらぼうな返事をするようになりました。
家での過ごし方も、不愛想でとっつきにいものに変わりました。もとからインドア派の引きこもり体質でしたが、講座を受講し始めてからは、輪をかけて引きこもるようになりました。以前のように居間などの共有スペースに居座ったり、自室のふすまを開け放しておくことも、かなり減りました。あなた方からDVD鑑賞に誘われても出てきません。休日もずっと自室に閉じこもるのに、月に1度か2度だけ行先も告げずに外出する。そんな日は決まって、夕方になってから出かけ、夜遅くの最終バスで帰ってくるようになりました。

突然こんな生活に変貌して、母上様にはご心配とご迷惑をおかけしたことと思います。申し訳ございませんでした。本当は、こんな生活もライティング・ゼミを受講する四か月間だけの予定だったのです。その後はまた以前のように、おやつやDVDのお相伴にあずかって一家団欒に加わるような生活に戻るつもりでした。
ところが、大きな誤算があったのです。

「軽い気持ちで一度でも手を出したら、抜けられなくなる。使ったその一時は快楽を得られるけれど、切れると禁断症状に苦しめられるようになる。使い続けるうちに耐性がつくから、どんどん求める量が多くなる。そのうち精神的にも、身体的にも、経済的にも、さらに周りの人間関係も崩壊する。ドラッグ、ダメ、ゼッタイ」
世間では折に触れて、危険なドラッグに関与してはいけないという警告が声高に叫ばれます。
私はてっきり、ドラッグとは白い粉や、カラフルな錠剤や、乾燥した葉っぱのことだと思っていました。
まさか、ライティングという堅気そうなものが、強力な中毒性のあるドラッグだなんて、思いもせずに近寄ったのです。

最初は、ただワードの文字数カウントが2000字に近づくだけで満足していました。しかし回数を重ねるにつれ、耐性がつき、欲が出てきました。書き上げるだけではなく、良い講評をもらえないと、満足できなくなったのです。マグレのように良い評価をいただくと天にも昇る幸福感に包まれますが、期待したような講評を得られないと、生きていても仕方ないというような絶望感さえ抱くようになりました。絶望感を少しでも埋めようと、やたらめったら書き散らすのですが、いいアイデアも浮かばず、手も動かず、なんとかしてワードの画面を文字で埋めてもその中身はとりとめもなく、当然良い講評をもらえるわけもなく、また絶望し、やたら書き散らし……。
そんな悪循環にはまってしまい、ライティング・ゼミの後半には心身ともに疲弊しきってしまいました。最後の数回は、課題を出すことすら放棄しました。

課題を放棄してみると、簡単に自由な時間が手に入りました。何をしよう。昼寝をしてもいいし、好きな本や映画をずっと見てもいいし、ショッピングに行ってもいい。休日に、やりたいことを、好きなだけやれる。忘れていた平穏が戻ってきました。それは、とても幸せなことだと思われました。

けれども、自由と平穏を取り戻した私は、なぜか落ち着きませんでした。
おしりがムズムズするというか、やるべきことを放り出している感覚というか。夏休みの宿題の「税についての作文」が書きあがっていないのに8月31日を迎えてしまったような、そんな焦りが確かにありました。
もはやライティング・ゼミは終わり、締め切りも書く理由も無くなったというのに、書かないことに対する罪悪感だけがムクムクと頭を持ち上げてきたのです。
最初のうちは、多少はムズムズするけれど、気づかないフリをしていました。けれどムズムズはどんどん強くなり、イライラに変わり、夜も寝付けないほどになっていきました。いま冷静に振り返ってみると、禁断症状です。本当ならこの時点でなんとか我慢して、キッパリとライティングから足を洗うべきだったのです。

しかし私は、致命的な過ちを犯しました。ムズムズに負けて書いてしまった短い文章を、あろうことかラジオに投稿してしまったのです。
母上様もよく覚えていらっしゃるでしょう。あなたが語ってくれた祖母の面白い失敗談を文章に起こして、ラジオのコーナーに送った、あのことです。
もう文章なんて書けないと思っていましたが、あなたの面白おかしい語り口を思い出すとスラスラと指が動き、画面は瞬く間に文字で埋まっていきました。送信ボタンを押して「投稿を受け付けました」という画面が表示されると、胸のつかえがスッキリとれたような爽快感がよみがえりました。
投稿はしたけれど、人気のコーナーだし、まさか読まれるわけがない。久しぶりに書けて楽しかったけれど、これで最後にする。もうライティングには手を出さない。大抵の中毒者と同じように、私もそう思っていました。

翌日の昼休み、あなたから「ラジオで読まれたよ!」とのメッセージが届いたときは、眼が飛び出るかと思うくらい驚きました。そのあとすぐ、書き上げたときより何倍も強い多幸感が湧き上がってきました。どうしてもニマニマするのを止められず、もう手は出さないと決めたのにヤバイと思いながらも、またライティング・ゼミの特講に申し込むのを我慢できなかったのです。

そこからは、もう急降下です。転がるおにぎりを追いかけて走るように、ライティングという坂道を駆け下りてしまいました。ついにこの12月からは、ライティング・ゼミのプロフェッショナルコースというものまで受講しはじめてしまいました。
そこでスラスラと楽しんで書けているのならまだ良いのですが、相変わらずライティングに費やす時間の98%は苦しんでいます。書いている間は不機嫌になり、ちょっとしたことでイライラし、話しかけられると暴言を返しそうになります。
母上様には、なぜこんなに苦しんでまで続けているのだろうかと、不思議に思われるかもしれません。
困ったことに、書くことはとても辛いのに、それでも、何も書かないでいるよりは、よっぽど気が楽なのです。

ライティングとは危険なものだと、つくづく思います。
パッと見ると楽しそうですが、いちど足を踏み入れると、書こうとしても書けなくて辛く、かといって書かなければ書かないほうが辛い。しかもその辛さは、夜眠れないなど、生活に支障がでるレベルです。書きあがった瞬間だけは強い快感があるけれども、すぐに消えてしまいます。そのうえ、書き続けるうちに今までと同じ量の快感では満足できなくなり、より強い刺激を求めてしまう。ライティングを始めてから、本も映画も以前の何倍も消費するようになって、お金もなくなりました。部屋や身なりを整える時間と体力を、書くほうに費やしてしまうから、ご覧のとおり生活も荒れています。
周りの同世代の人間が友人や、恋人や、婚約者とクリスマスパーティーを楽しんでいる中、一人で散らかった自室にこもって黙々とキーボードをたたく娘。もうアラサーだというのに、婚活も放棄してただ書いてばかりいる毎日。母上様が楽しみにしていらっしゃる孫の顔は、もしかしたら一生お見せすることができないかもしれません。

母上様、親不孝な娘ですみません。折角手塩にかけて育ててもらったのに、あなたの娘はライティングというドラッグにはまってしまいました。そこから抜け出すのは中々難しそうです。むしろ逆に、喜んで深みへ深みへと潜っている最中です。
この先も、今以上にライティングにはまって、あなたにはウエディングドレス姿も孫の顔も見せられないかもしれません。申し訳ございません。
また先日ひどい暴言を吐いてしまったこと、心より反省しております。重ねてお詫び申し上げます。今後、気を付けていきますので、厚かましいお願いではございますが、これからも親子の縁を切らずにいていただけたらと願っております。

益々寒さが厳しくなる折でございます。ライティングに没頭していないときは、私も水仕事をはじめ色々やりますので、どうかご無理されないように。アカギレとお風邪に気を付けて、自愛ください。
敬具

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