メディアグランプリ

いつもの鼻ぺちゃなままで、ホッとした話


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記事:相澤綾子(ライティング・ゼミ 特講「サービス」)
 
私は生まれつき鼻が低い。母親は鼻筋が通っていて、鼻が高く、小鼻も小さい。大きく上を向くとようやく見えてくる鼻の穴は、きれいな細く上品な横長の丸だった。父親に似た私は鼻ぺちゃだった。少し上を向いただけで、まん丸の鼻の穴がどーん、どーんと並んでいる。山を抜ける高速道路のトンネルの入り口のようだった。
 母はそんな形の良い鼻を持ちながら、花粉症という悩みを抱えていた。スギやヒノキの花粉が飛ぶ時期になると、鼻が詰まると言ったり、鼻水が垂れると言って、ティッシュで鼻をかんでいる。名医がいると聞けば行き、最終的には喉に注射を打ってもらったりもしていた。けれど結局治らなかった。私は「鼻が低いから大丈夫でしょう」と言われていた。父親も花粉症とは縁がない。良いところが似なくて、悪いところだけが似るのは情けない。何となく私はそれを信じて、この先もずっと花粉症とは無縁なのだろうと考えていた。中学1年生の春から、私も仲間入りをした。
 花粉アレルギーになるメカニズムは、鼻が低いか高いかは関係ない。鼻が低くて鼻の穴の丸い人は、鼻づまりになりにくいといったこともない。そして私は中学1年生の春、突如として、目がかゆくなった。歳を経るごとにいろいろな症状が出るようなって、高校生になる頃にはすっかり花粉症の仲間入りをしていた。父親も40になる少し前に、花粉症を発症した。
 一度、咳がひどかった時に病院でアレルギーの検査をしてくれて、スギ、ヒノキ、カモガヤのアレルギーがあるということが分かった。2月~6月にかけてずっと調子が悪くなる。さらに結果は出なかったけれど、秋にも少し不調になる。真夏も効き過ぎたクーラーの中で長いこと過ごして鼻かぜをひくこともあったし、冬も風邪といえば、鼻の調子が悪くなるのはいつものことだった。母親が喉の注射を打っても治らなかったのを見て、今の医学ではどうにもならないのだと思っていた。市販の薬は眠くなるので苦手だった。そしていつの間にか私は、鼻の通りについての期待値がぐっと下がり、そのままになっていたのだと思う。
 
 3か月前のこと、耳が時々キーンと痛くなり、鼻の両脇がズキズキと痛く、下を向くと激痛が走る状態が数日続いていた。前にもこんな症状が出て、一週間くらい治るのではと様子見をした。けれども結局日曜日の朝に耐えられなくなって、内科に駆け込み、抗生物質をもらい、薬を飲んで3日くらいでようやく落ち着いた経験があった。今回も簡単には治らないような気がしたので、耳鼻科を受診することにした。受診するのは、子どもの頃に中耳炎になった以来だろうか。
医師は鼓膜が腫れていますね、と言った。次に鼻の中を覗き込むと、
「鼻の通りが通常の60%くらいになっていますね」
と説明した。そしてガーゼのようなものをピンセットでつまみ、鼻の中に入れた。ぐぐっと奥までそのガーゼは入ってきたが、あまり痛くはなかった。
「通りをよくする処置をしておきますね」
そういいながら、反対側の鼻の方にも入れた。
 鼓膜の動きの検査が終わってから、そのガーゼが取り除かれた。看護師から
「ガーゼに染み込んでいた薬が浸透するので、しばらく鼻をかまないようにしてくださいね。10分くらいは注意してください」
と説明があった。
 会計を済ませ、となりの薬局で薬をもらった。これで楽になるだろうと安心した。
 車で職場に向かう途中、私はふと、鼻の通りが良くなっていることに気付いた。いつもは意識して息を吸おうとすると、鼻の奥の方で音がしたり、抵抗感があったりするのだけれど、今日はそれがないのだ。初めての感覚だった。
 医師は鼻の通りが60%くらいだと説明していた。しかし実は今回、鼻の詰まりについては特に意識していなかったのだ。ベストな状態ではなかったけれど、もっとひどい時はあるわけで、それから考えると自分の中では90%くらいの感覚だった。逆に今の状態は、ベストな時の2倍くらいの通りの良さに感じられる。鼻で呼吸をすることがこんなに楽だとは知らなかった。鼻の中の腫れが引いて、物理的にも通りやすくなっているのだとは思う。でもそれだけでこんなに通りやすくなるなんてことはあるだろうか。ひょっとして鼻の穴が2倍くらいに広がってしまったのではないか?
信号が赤になったら、鏡を見てみようと思ったけれど、こういう時に限って信号はスムーズで、なかなか止まらなかった。私は小鼻が膨らみ、その影響で、真っ暗な鼻の穴が丸見えになって、しかもその穴が2倍くらいの大きさに広がっている想像をした。
ようやく職場の駐車場で鏡を見ることができたけれど、いつものとおりの鼻ぺちゃだった。山を抜ける高速道路のトンネルの入り口のようだった。けれど鼻の通りは相変わらず良かった。
鼻の通りが良いと、頭まですっきりしていた。色んないいアイデアが浮かんできそうだ。いつもこんな感じなら、身体も軽く、すごく早く走れるのではないか。花粉症になってから30年近く、私は大分鼻から吸う酸素の量が少なかったのだ。もしこの30年、いつも鼻の調子がこんなに良かったら、私はすごい人間になっていたんじゃないか? そう思うと残念な気持ちもした。
欲を書いても仕方がない。とにかく、鼻ぺちゃのままでホッとした。そろそろまた苦手な花粉の飛ぶ季節がやってくる。今年はなるべくマスクをして、いつもに増して気を付けよう。
 
 
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2018-01-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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