メディアグランプリ

母にずっと生きていて欲しいけれど


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記事:安光伸江(ライティング・ゼミ平日コース)

うつ病・乳がん・母の介護。私の背負う三重苦。

人生の半分以上患っているうつ病が悪化して、東京での仕事をやめて実家に帰って十年目になる。
帰ってから何年も、何もせず寝てばかりいた。
病院には父の車で送ってもらっていた。

やがて父が車の運転をやめ、父の担当だった買い物が私に回ってきて
母が圧迫骨折で寝たきりに近くなり、食事の支度と洗濯が私の仕事になった。
といっても私は料理が出来ないので、朝卵焼きを作って鮭を焼き、昼は両親で食べて、夜はスーパーのお総菜をならべていただけだが。

そして父が出先の階段で転倒し、頭を打って急逝した。
ゴミ出し、お風呂洗い、父がこまめにやっていた仕事が私の担当になった。

そうこうするうちに乳がんが発覚。
しこりと皮膚の病変という自覚症状があったので従姉に相談したら、翌日すぐ乳腺外科につれていかれて宣告を受けた。

寝たきりに近い母を別の病院に預けて、私は手術を受けることになった。

だいぶ進行していたものの、幸いにもギリギリのところで手術でき、術後補助療法(抗がん剤など)も効いているらしく、1年少したったところで再発・転移の兆候はない。

母も病院から帰り、訪問リハビリと訪問看護に来ていただくようになった。
食事は相変わらず、朝は卵焼きと納豆、昼はパン、夜はお総菜だ。
料理ができない私には、とろみをつけるなどのワザは使えない。
普通食を食堂に食べにきてもらうしかない。

下の世話はしない トイレには自力で行く
お風呂も自分で入る
食事も食堂まで食べに来る

それでなんとかなりたっていた。

が、母がだんだん動けなくなってきた。
トイレにもなかなか行かず、失禁することも増えた。
お風呂も一人で入れていたのに、いつの間にか、訪問看護の時にお風呂介助をしていただくようになってしまった。

今から思えばそれは異変の始まりだったのだが

食が細くなり、食べたものを吐くようになった。
なぜ吐くのかわからず、私はパニックを起こした。

母のかかりつけ医(介護の指示書を出しているお医者さん)は大病院の先生で、3ヶ月に1回の通院には叔父の車で送っていただいていた。

それを訪問診療してくださる先生に変更する手続きをし、ケアマネージャーとプランを変える相談をしていた矢先のことだ。
翌週からプランが変わるけどそれまでの間はどうするの? と担当者会議で話していた翌日、私が乳がんの方で点滴を受けて帰ってきたら

また、吐いた
また、失禁した

パニックを起こした私のところにケアマネさんがすぐ来てくれて、その日のうちに入れてくれるショートステイ先をみつけてくれた。

車椅子で運ばれていく母は悲しげだった。私も泣いた。

ショートステイ先に毎日電話して様子を聞いたが、やはり吐くらしい。
私が食べさせているものが悪かったわけではないらしい。

そして血便が出るということで、ショートステイ先からいったん家に帰ってその足で叔父の車で病院に入れていただくことになった。
私の調子が悪いから、ということで、新しい訪問看護ステーションの人が先生に連絡して探してもらった病院。母を前年預けた病院でもあった。

私の具合が悪いからしばらく預かってもらう

というはずだったのに、CT検査をしたら腫瘍が見つかった。
ここでは治療ができないということで、もとの大病院でMRI検査をしたら

末期ガンが判明した。

積極的治療はかえって命を縮めるので穏やかに送った方が

と先生はいう。私にではなく、医師をしている兄(県内の遠くから駆けつけた)に画像を見せて話していたので、私は詳しいことはよくわからないのだが。

大病院で治療方針を決めてその日のうちに転院という話はそこで消えた。
もとの病院に戻り、母は点滴で生きている。
兄と主治医の先生が相談し、緩和ケア病棟のある病院に空きができたらそこに移ろうかという話にもなっている。

長く生きるための治療は、できない。
苦しまず、安らかに死ぬためのケアしかできない。

それを知りながら、でも母の前では「車椅子借りてでもお花見に行きたいねぇ」なんて話をするのは、正直言って辛い。

母もうすうすは感づいているのかもしれない、と思う。

死ぬる前ってこんな感じなんかね
まだ死んでないんかね

ということもある。

母のいない我が家は寂しい。
もう、帰ってくることは、ない。
最期を自宅で看取るのは、うつ病と乳がんを抱えている私には無理と言われた。

母のいない家に、慣れないといけない。

うつ病の私は、死にたい、と思ってしまうことがよくある。
だが、私の話し相手であるクマのぬいぐるみに言われた。

おねぇちゃん、死んじゃいやでしゅ!

ママは死んでもいいの? と聞くと

ママは死んじゃっても我慢しないといけないけど、おねぇちゃんは生きられるんだから死んじゃいやでしゅ! ボクはおねぇちゃんが好きでしゅ! 生きてくだしゃい!

もちろんクマの声は私の担当だから、これは私の心の声ということだ。

母にはずっと生きていて欲しいけれど
それがかなわないのであれば

どうか、安らかに
残りの日々を、あたたかいものにしたいと思った。

それでも、やっぱり、生きていてほしいよ。
***

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2018-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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