メディアグランプリ

東北の森と縄文のカラス


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:白鳥澄江(ライティング・ゼミ日曜コース)

「東北に、会いにおいでよ」
その声をきいたのは昼食のおにぎりを食べていたときだった。
え? 誰に?
となりに座っている夫は美味しそうにおにぎりをほおばっている。近所の公園にはわたしたちのほかには誰もいない。植え込みの桜の蕾がだいぶ膨らんでいる。あと一週間くらいで咲きはじめそうだ。
「いま、話しかけてないよね?」
「うん? 話しかけてないけど?」
そうだよね……。東日本大震災が起きて、そろそろ10日が過ぎようとしていた。東京では余震がつづき、ボランティアもぼちぼち東北に入りはじめている。それぞれがそれぞれの持ち場でがんばるしかないような状況だ。
「東北って、なにがあるのかな?」
「うーん。なんだろうなあ……あ! 縄文じゃないかな」
「縄文か……」
その言葉が妙に心に引っかかった。震災以来、ボランティアをするだけの時間と体力はないと思いながらも、心のどこかで後ろめたさのようなものがあって、余震が起きるたびにわたしの心の中にもちいさな地震が起きていた。
「よし! ちょっと、東北に行ってくる」
「えー???」

というわけでわたしはひとり東北に向かった。震災の影響で東北新幹線は一部区間がまだ止まったままなので、羽田空港から夕方の便で青森に飛んだ。東北といえば秋田のナマハゲ、仙台の七夕、青森のねぶたくらいしかイメージがわかない。そして縄文だ。

青森空港に到着したときは夜の8時をまわっていた。暖房の効いた空港ロビーを出ると、吐く息が白い。3月の青森はまだじゅうぶん寒い。リムジンバスで弘前市街まででて、その日は駅前のビジネスホテルに泊まった。今回の東日本大震災で東北沿岸部は大きな被害を受けた。わたしが泊まった弘前市内は揺れは大きかったものの、そこまでの被害はなかったらしい。ただ被災地入りをする作業関係者でビジネスホテルはどこも混んでいた。

翌朝、ホテルのフロントで教えてもらったおすすめの観光スポット「岩木山神社」に向かった。道すがらタクシーの運転手に縄文について訊いてみた。
「いまから15000年ぐらい前に日本列島にやってきて住みついたのが縄文人。いってみれば日本人は縄文人の末裔なんですよ」
シベリアや朝鮮半島、東南アジアなどから陸伝いに日本列島にやってきた集団もいれば、星をたよりに黒潮に乗って海を渡って日本列島にたどり着いた集団もいて、さまざまなルートで日本列島にたどり着いた人々が縄文人だ。
その頃の日本は氷河期が終わり、暖かくなっていたのもあって、東日本では食料となるブナやミズナラ、トチ、クルミ、クリなどの落葉広葉樹林が広範囲に成長していった。ゆたかなブナの森に支えられて東日本を中心に人口がどんどん増えていったのだ。とりわけ青森・岩手・秋田にまたがる北東北と北海道は津軽海峡文化圏と呼ばれ、多くの縄文遺跡が発掘されているのだという。

「そんなわけで縄文時代の中心地は北東北だったんですよ。その中でも縄文ブームのきっかけを作ったのは三内丸山遺跡なんですけどね。もちろん三内丸山遺跡だけじゃなく、いまから行く岩木山のふもとにも縄文遺跡がいくつもありますよ」

へえ……そうなんだ。知らないことばかりだ。ちなみに三内丸山遺跡は平成6年、青森湾から3キロほど内陸に入った丘陵地帯で発掘された大規模遺跡だ。この発掘によって、縄文人は洞穴のような竪穴住居に住み、食料を求めて移動する原始人という、それまでのイメージが大きくくつがえされた。780軒もの竪穴式住居跡、高床式倉庫跡、墓、道路などのようすから大規模な集落をつくって1000年以上も定住していたこと、さらに翡翠製大珠、黒曜石、琥珀、漆器の発掘によって、かれらが自在に船をあやつり、新潟や九州、さらに大陸と交易をしていたこともわかってきたというのだからびっくりだ。

市街を抜けるとあたりは雪景色にかわってきた。岩木山神社は津軽富士と呼ばれる岩木山のふもとにあって、ご神体は岩木山だ。道の両側には雪におおわれた平原が広がっている。岩木山神社に到着するとタクシーを降りた。入り口には大きな赤い鳥居が建っている。

ふう……さむい。ダウンジャケットのファスナーを襟元まであげて、ふかふかの雪を踏みしめながら鳥居をくぐると長い参道がつづいている。雪がひどくなってきて、参道の奥が白くけぶって社殿が見えない。参拝者はわたしのほかには誰もいない。

杉木立に囲まれた参道を歩きながらなんだか不思議な気がした。
この場所は神社には違いないのだけど、もっと自然に近いというか、そこかしこに野生の生命力みたいなものがあふれている感じがする。この場所は岩木山神社が建つよりもずっと昔の縄文時代から大切にされてきたのかもしれない。縄文人は森や大地の恵みを享受しながら、自然のリズムに沿って生きていたんじゃないだろうか。

青森に来てからずっと感じていたんだけど、東北には人間が容易に踏み込めない原生林がたくさん残っている。無数の命が生まれ、育ち、枯れ、やがて土に還る。森の中では縄文人が生きた1万年前と何ひとつ変わらない時間がいまも流れている。だからここにいると時間を越えて無条件に縄文の存在を感じることができるのかもしれない。

杉木立の中に立っていると、1万年前に縄文人たちが獲物を狩り、子どもを育て、わくわくしながら土器をつくっていた、その息遣いがきこえてくるような気がした。わたしは長いこと杉木立の中に立っていた。

いつのまにか雪が止んで青空が見えてきた。
そういえば公園できこえたあの声はなんだったんだろう? ストレスがマックスだったわたしの心が作りあげた幻聴なのか、それとも見るに見かねて東北の森が呼んでくれたのか、いまとなっては知るよしもない。

不意に頭上の杉の枝からカラスが飛び立った。
その拍子にどさっと大きな音を立てて目の前に雪の塊が落ちてきた。

ああ……そうか。
わたしは大きく深呼吸すると、ゆっくりと雪道を歩きだした。
だいじょうぶ。やっていける。

さあ、東京に帰ろう。
***

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2018-01-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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