プロフェッショナル・ゼミ

陽はまたのぼり、くりかえす《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ノリ(プロフェッショナル・ゼミ)

「ほら、あれ。あれ、使うといいよ」
さっきから、ぼーっとしっぱなしの私に、みずきは言った。
「あそっか、あれか」
「そうそう、あれ。こういう時にこそ、使うんでしょ?」
みずきはにっこりと笑った。

お正月休みが明けて以来、日常を取り戻すのに必死だった。そして、1月も後半に差し掛かると、西暦や年号を間違えなくなる代わりに、いろんなことを忘れてしまう。

「今年こそは!」
「私も今年こそは!!」
手袋をぽんぽんと大きく合わせて誓ったのは、一月一日のこと。私とみずきは、海岸にいた。

私の今年一年の目標は、三つあった。
毎日筋トレ。
毎日小説を書くこと。
毎日日記をつけて、しあわせを感じながら眠ること。

高校時代の友人みずきとのお正月の約束は、地元の海岸で初日の出を拝むことだった。
もうかれこれ、10年以上続いている。
その間、みずきは結婚して子供を産んで離婚し、私は地元を離れて東京で仕事をして、また地元に戻ってきた。それから大きな地震と津波で浜が壊れたこともあったけれど、毎年かかさずお正月は海に行く。

そして初日の出を見ながら、今年一年の目標を宣言する。それが、毎年の二人のお正月だった。

今年もつつがなく、初日の出を拝み、私は、日の出をバックにみずきのシルエットが映る写真とともに、目標をフェイスブックに上げていた。だからタイムラインをさかのぼれば、すぐにそれは見つけることができるだろう。

しかし。

毎日の生活の中で、目標を実行できているかは、別な話だ。

年末にウキウキしながら選んだ、筋トレ用のスポーツウェアは、十日ばかり着て、何度目かの洗濯したのを機会に、クローゼットのすみで、長い眠りにつこうとしていた。

小説の方はがんばって一週間は続いたけれど、ある疲れた日、思った。
「明日でいっか!」
以来、毎晩、それの繰り返しで今日にいたる。

日記も、やはり形からと、ものすごく悩んだ末に選んだ日記帳だったけれど、このごろ、白が目立つようになってきていた。

「ああ、なんだろ、あんなにやる気あったのにな……」
「仕方ないよ、人は忘れるようにできてるらしいよ」
みずきはなぐさめてくれるけれど、私は毎年こうだった。一月も後半になると、初日の出を拝んで誓った時みたいな、あのやる気はどこかにかすんでしまう。

三日坊主、なんて言葉があるけれど、三日はなんとかなる。まだお正月なんだから。私の毎年の統計から考えると、私にとっての三日は、約二週間、15日というのが、どうも坊主になる日数ではないかと思っている。

「あああー!! も一回、初日の出からやり直したい!」
「ほらほら、買いにいこ! ね?」
なげく私の腕をみずきが引っ張って、私たちはカフェをあとにした。

「ねえねえ、私まだ使ったことないんだけど、大丈夫かな」
コンビニへ行く途中、恐る恐るみずきに聞いてみた。実は私は、まだそれを体験したことはなかったのだ。
「大丈夫大丈夫! 私も資格の勉強の時に使ったけれど、結構よかったよ」
「本当?」
私はなんだかクセになるのが怖い気がして、これまで手を出さずにきた。けれどみずきの言葉を信じてみよう。何よりやる気のない今は、それしか考えられない。
「ほら、これこれ!」
コンビニに入ると、みずきに背中を押されて、商品を手に取り、レジに向かった。

私が今、買おうとしているのは、エナジードリンクではない。

持ち歩ける「初日の出」だった。

自分と同じことを考える人は多いらしい。
私と同じように、新年の誓いを立てた気持ちを何度も味わいたい人が、長年の研究の末に「初日の出」を保存することに成功し、とうとう、その願いを実現してしまったのだ。

便利な世の中になったものだ。
今や、「初日の出」は、商品として、持ち歩ける時代になった。コンビニやスーパー、百貨店はもちろん、出先で急に必要になったときのために、駅のキヨスクでも売っている。
「当たり年」といって、全国的に天気が悪く、肉眼で見ることができなかった「初日の出」は、高額な商品となった。また、赤道近くの国で採取された「初日の出」は特に効果が高いと、毎年はじめの競りに出され、いくらで落札されたかが、年始の恒例のニュースになっていた。

「わ! わ! こんな風になってるんだ!!」
けれど、私が買ったのは、一般的に普及している手軽な「初日の出」。それは本型をしていた。コンビニの外で封を切って、本を開くように開けると、中から眩しい光があふれてくる。
「わー! まぶしー!」
みずきと一緒に光を浴びた私は、生き返るような気分になった。今年こそは! そう、一月一日の海での誓った気持ちが、ブワーッとよみがえってきた。そうして数分たつと、本は、ただの本に変わった。ページはすべて、白紙なのだった。

「ごめん、先帰るわ」
「わ! 効き目、早っ!」
体じゅうにあたたかさがかけめぐり、いても立ってもいられなくなった私は、パタンと本を閉じて、みずきと別れ、家に急いだ。筋トレをして、小説を書いて、日記をつけるために。

自分で言うのはなんだが、筋トレも小説も、その日はものすごくはかどった。そのため日記もびっしりと書き込まれた。
それは次の日も、次の日も続いた。次の日もだった。毎日とてもワクワクした。お正月の新鮮な空気を思い出していた。

「あー、なんか今日、やる気でないな」
「そろそろ買いに行ったら?」
しかし、十日経ったころ、ぱったりとその効き目がきれた。でもみずきが言うように、私はまた、コンビニで「初日の出」を買った。

するとまた、力が蘇ってきた。

筋トレが少しずつラクになり、回数も増えていくようになると、小説も前より少しずつ長く書けるようになっていった。うれしい。そうすると、日記も充実するのだ。

「今年の目標」とは、不思議なものだ。
誰かとした、約束とも違う。
あえていうなら、太陽、「お天道様」との約束。それは自分との約束といってもいい。
毎日筋トレ、毎日小説、毎日、日記。そう決めた私は、その約束を、かなえればかなえるほど、やる気が出てくる、自信がついてくることに気がついた。そして、どんどん自分が好きになっていくのを、実感していた。

けれど今回は十日を待たずに、やる気が切れた。
そしてまた、私は買いに行った。
しばらくはやる気が出て、毎日充実した。
しかしまた、それはやってきた。私はコンビニに走った。

何度くり返しただろう。

「ねえ、みずきはどれくらい使ってるの?」
どんどんやる気が切れる間隔が短くなり、いつの間にか、寝て起きると、もう「初日の出」がほしくなっている私は、みずきに聞いてみた。
「前は週に一回だったけど、今は毎日かな」
「わ、一緒! よかったー! 私、ちょっと多いかなと思って」
「彼氏も同じくらいって言ってたよ。みんなそれくらい普通じゃない?」
ほっとした。けれど、今の私は、今年の目標に掲げた筋トレや小説や日記だけでない、毎日の仕事に行くだとか、お風呂にはいるだとか、シャツにアイロンをかけるだとか、生活のあれこれに対するやる気も、失いつつあったのだ。

私は「初日の出」なしでは、毎日の生活が成り立たなくなってしまっていた。
焦った私は、「初日の出」をネットで箱買いし、常に切らさないように、クローゼットに大量にストックすることにした。

「みずき! 今日のニュース見た?」
けれど、少し遅かったみたいだ。
「どうしよう! 私もう家に在庫ない……」
世の中、なぜか、自分と同じことを考える人は多いみたいだ。

「初日の出」の買い占めがはじまり、お店では棚が空っぽになった。ネットでは常に「在庫切れ、入荷は未定」の文字が並んでいた。
代わりにフリーマーケットアプリやオークションサイトに出品され、法外な値段で売り買いされるようになっていた。さらに、手持ちの「初日の出」を使って人を集め、お金をとる商売なんかも聞かれるようになった。

ほどなくして、「初日の出」は売り買いも、使用も禁止された。
国内で唯一の「初日の出」メーカーだった「株式会社元旦」の社長は引責辞任。会社は事実上、倒産。ソーラー発電の会社に買収された。

「どうしよう……、私もう、何にもできないかもしれない」
「大丈夫だって! いつだかのペヤングみたいに復活するかもしれないよ!」
みずきも一応、励ましてはくれたが、あまりの事態に二人は呆然としてしまうのだった。

それからは毎日が真っ暗だった。どうやって生活したのか、うまく思い出せない。やる気。そんなものを思い出すことすら難しかった。
もう生きているのが苦しい。そんな時だった。

「毎日『初日の出』使ってたって聞くけどさ、それってただの『朝日』じゃね?」

それは、どこからか流れてきた誰かのつぶやきだった。

めぐりめぐって、私のもとにもやってきた。そのつぶやきは、ネットの上で風を吹かせて、大きなうねりになっていた。
私はなんだか、目が覚めたようになった。

「みずき、このスケジュール帳、結構使えるよ!」
「見せて見せて! このチェックいいね!」
「このアプリも使ってみたけど、なかなかだった」
「私が使ってるのは、これ」
私もみずきも、「初日の出」に代わるものを見つけようとしていた。それは毎日開くスケジュール帳や、レコーディング機能のあるアプリ、アナログだけど、紙に書いて壁に貼った目標などであった。

気がつくと、あんなに連日テレビで取り上げられていた「株式会社元旦」の名前は、すっかり聞くことがなくなり、次第に忘れ去られていった。

私は夕方からしていたバーの仕事を辞めて、パン屋で働き始めた。
そしていつからか、「初日の出」なしで、小説を書くことに慣れていた。パン屋の仕事で自然と早起きするようになり、筋トレも続いた。

「ピピピピ、ピピピピ……」
枕元のアラームが鳴って、布団の中から手を伸ばす。
カーテンを開けた外は、まだ薄暗い。
「新しい発見です。一月一日に限らず、朝日には人を元気にする成分があることが、発表されました」
歯を磨いて支度をしていると、つけっぱなしのテレビから、アナウンサーの声が聞こえてきた。

「今日もいい日になりそうだ!」
坂道を下って、仕事場のパン屋へと自転車を走らせる私の前に、今日の太陽が昇ってくる。

一月一日でなくとも、それは364回ある、生まれ変わりのチャンスだ。

朝は毎日、等しく、やってくるのだから。

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