メディアグランプリ

非日常で食すカツサンド


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:安堂ひとみ(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「……、ガンがね、見つかったみたいなんだよ」
 
電話の声の主である、私の父は、大げさな抑揚をつけ、もったいぶるように、そう言った。
 
何年ぶりの電話だったろうか。
 
この人は、とにかく悪い知らせのときしか電話をしてこない。
 
普段のご機嫌伺いやお知らせは、すべてメールだというのに。
 
だから着信があった時点で、こちらも緊張するし、ある程度の予測はつく。
 
たしか前回は、父の兄が亡くなった知らせだった。
 
「誰に? 誰にガンが見つかったの?」
 
私は、ほんのすこしの期待をもって、父にこうたずねたのだが。
 
やはり、ガンの主は父だった。
 
一瞬、葬式の場で、喪主の挨拶をしている自分を思い描いたが、すぐに打ち消した。
 
父は11年ほど前に、「肺がん」と診断され、入院をしていたことがある。
 
抗がん剤治療は辛かったようで、日に日にやせこけていったが、入院から半年もしたころ、自宅に帰ることが許され、それから5年間、再発の兆候は一切なく、無罪放免「完治」と言い渡されていた。
 
運の強い人なのだ。
 
非常に転移の早い種類のガンだと言われていたにもかかわらず、あれから何事もなく11年を過ごしていたのだから。
 
父には「次の診察日には、付きそうから、日にちが決まったら教えてね」とだけ言い、電話を切った。
 
そして数日後。
 
約束の診察日がおとずれた。
 
11年前、父を見舞うため毎日のように通った病院のロビーには、スターバックス・コーヒーがオープンしていて、時の流れを感じさせる。
 
そして、11年前のときと同じ主治医の口から飛び出してきた言葉に、耳を疑った。
 
「ガンか、ガンじゃないか、実はわからないんですよ」
 
実際、検査データを見せてもらっても、たしかに「ガン」を示すものは、どこにもない。
 
ただ、CTの画像をみると、5年前にはなかったカゲがあることは、確かだ。
 
それでも先生が、「しばらく様子をみましょうか」と決して言おうとしない様子から、ガンを疑っていることは明白だった。
 
数値には出ていなくても、先生の経験が「これはガンだ」と、診断しているのだろう。
 
「結局、切ってみないとわからない。切れば、ガンかそうじゃないかが、ハッキリする。放っておいて、あとから手術ができなくなる危険性を考えたら、いま切るほうがいい」
 
11年前に父を助けてくれた先生の見立てを、私たちは信じて、そして先週。
 
手術日をむかえた。
 
母と、妹と、私の3人は、仰々しく父を手術室まで送り届けたあと、手術室のすぐ横にある、家族控室というところで、手術が終わるのを待つよう指示される。
 
そこは、1家族ごとにカーテンで仕切られた空間で、全部で7家族が入れるほどの広さだった。
 
みんながそれぞれ、神妙な面持ちで、手術が終わるのを静かに待っている。
 
私たちだけが、お菓子や、パソコンにタブレット、本など、さまざまな時間つぶしグッズを持ち込み、誰よりもリラックスしていた。
 
もちろん、父のことは心配だし、不謹慎だなと思いながらも、非日常の出来事には、どうしても心が浮き立ってしまうのを隠せない。
 
それはまるで、悪天候によって明日の休校を夢見て、天気予報に釘付けだった高校生のころのように。
 
入室してから3時間が経ち、私は若干の空腹を感じたため、手術控室からすぐそばにある売店に行った。
 
最初に目についたのは、カツサンドと、カツ丼弁当。
 
カツは「勝つ」につながるから、ゲン担ぎに家族が食べることを想定しているんだろう。
 
なかなかうまい、マーケティングだ。
 
それもアピールしすぎることなく、さりげなく、ただただ置いてある。
 
その押し付けがましくない姿に惹かれ、私はカツサンドを買って、家族控室に戻った。
 
お腹は空いていないという母と妹を、ゲン担ぎだからと説き伏せ、無理やり食べさせると、ようやく12時をちょっと過ぎたあたり。
 
手術が終わるはずの15時まで、まだまだ長い。
 
私はひとつ大きな伸びをする。
 
ところが。
 
その瞬間、思いがけず、手術室からインターホンで呼び出された。
 
「え? まだ3時間だよ。なんかあったのかな!」
 
慌てて身支度を整え、先生の待つ、説明室とやらに駆け込む。
 
額にうっすらと汗を浮かべた、手術を担当した医師は、落ち着いた様子で、淡々と言葉を発した。
 
「無事に終わりましたよ。切ったところ? あぁ、やっぱりガンでしたけどね。取り切れたんで、もう大丈夫でしょう」
 
ゲン担ぎのカツサンドが効いたのか、どうやら父は2度目の命拾いをしたようだ。
 
そして、手術から5日が経ったいま。
 
父は驚異的な回復力を見せ、すっかり元気になって院内を歩き回っているが、手術痕痛々しく、無事解放となるには、まだかかりそうだ。
 
病院内には、明日を迎えられない人も大勢いる。
 
患者に限らず、明日があることは、誰にとっても、奇跡だ。
 
それでも、明日が来ることを信じて粛々と生きるのが、ちっぽけな人間の使命のような気がしている。
 
そうだ、明日も父を見舞ったついでに、病院でカツサンドを食べよう。
 
明日手術を受ける、誰かの無事を祈りながら。
 
 
***

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2018-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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