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一人っ子のなにが悪いのか


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記事:岸川仁皆(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「あんた、ひとり娘ね、そんなら婿養子もらわないかんね」
九州の片田舎に生まれた私が四半世紀前に、幾度となく聞かされた言葉だ。
平成の代、一人っ子は珍しいものではなくなったが、当時は兄妹がいるのがあたりまえで実際に我が家のお隣は5人兄弟だった。
なぜだろう。ずっと疑問だった。なぜ、ひとり娘ということが判明した瞬間から、身内ならいざ知らず、赤の他人にまで「婿養子」というおせっかいを押し付けられるのか。
家制度は廃止されているにも関わらず、家督相続への固執が根強い時代だった。
そして、「一人っ子」に必ず付属する言葉が「さびしいね」だ。これは現在にも通じている。子育てを終わった人だけではない、2人以上の子どもを持つ母親は平気で言う「一人っ子は可哀想でしょう」
私は、その言葉のかけられ方が幼い頃から大嫌いだった。
多分、それは批判めいたニュアンスが自分ではなく、両親、主に母へ向けられたものであることを子どもながらに感じていたのだと今ではわかる。
 
私には兄が一人いたらしい。
らしいというのは私が生まれる前に3歳で亡くなり、残されたのはアルバムに残された数枚のモノクロ写真だけだった。思い返せば、あまりにも数が少ないので故意に処分したのかと思うほどだったが、母がいない今となっては確かめようもない。
数年が経過して弟妹を授けることができないとわかった両親は養子を迎えることまで検討し、実際に施設まで見学に行ったと知ったのは私が成人したあとのことだった。
当時は自営業の継続、体の弱い娘のことを考えた末のこともあったのだろう。それともやっぱり一人では寂しくてかわいそうだからだったのか。
 
一人っ子は寂しいから。確かにそのとおりだった。
父と母にはそれぞれ生存している7人の兄弟姉妹がおり、いとこも数多くいて、やはり彼や彼女たちにもそれぞれ兄弟姉妹がいた。
「一人っ子はいいいよね、何でも好きなもの買ってもらえて」はい、そのとおりです。
大方の予想通り、体の弱い私は、ほしいものを自由に買い与えられ甘やかされて育った。
人見知りで大人しい、ひ弱で好き嫌いの多い、小さなやせっぽちの子どもだった。
今では笑い話だが、洋服を着せて靴下をはかせてもらうことは小学校にあがってからも私にとっては普通のことだった。
このことは今でも親戚の間で語られるが、それがなんだ。このとおり自分で服ぐらい着れるようになった。
成長して自我が芽生え、自分の日常がまわりと違うことに気づきだすと友達とバランスがとれるように少しずつ軌道修正をするようになった。
一人っ子は良くも悪くもすべて自分で判断し決断する。
確かに一人っ子は兄弟姉妹がいる子どもと価値観は違う。自己中心的、わがままで協調性がないと一括りに批判される。
どちらかというと良いイメージはあまりないようだ。
何を隠そうこの自分自身がそのようなイメージ、周囲の大人の言葉に惑わされていたのかもしれない。
社会に出ると多くの出会いがある。「あっ、やっぱり一人っ子なんだ」などと簡単に言われると首をかしげたくなる。なにが、やっぱりなんだと目を吊り上げたくなる。
人は知らず知らずのうちに、どれだけの既成概念に縛られて生きているのだろう。
自分でも気づかないまま、ろくすっぽ理解もせずに、決めつけてしまっていることがどれだけあるのだろう。
私の心の痛みとあなたの心の痛みは違う。外から見たら同じ大きさの傷もその深さはわからない。どんなに似通っていても感じ方は十人十色なのだ。
とやかく言われる筋合いは無いはずなのに、人は悪気なく良かれと思っておせっかいを焼きたがる。また、それが正しいことだと信じ込んでいるから尚更たちが悪い。
若い頃は、それが苦手で感情的にもなりがちだった。
そして、自分でも同じことをしていた。正しいと思うからこそ押し付けてしまう。
親切心という名のエゴの押し売りだ。
今、この年齢になってようやく、なぜ自分が強く反応するのかが見えてくると、相手の思いにも理解を示せるようになってきた。
思い込みという偏見の根っこは自分の中で思ったより深く育っていたらしい。
 
さてさて、可哀想な一人娘だった私は果たしてどうなったでしょう。
結局、婿養子はもらわなかった。そして生まれ育った実家を離れ県外の農家に嫁いだ。
いわゆる長男の嫁というやつだ。義祖母と義父を自宅で看取った。
3人の子どもに恵まれた。子どもをもってはじめて兄弟関係の楽しさ面白さを知った。
核家族で育った私が大家族に嫁いで思ったことは、一人がいいとか悪いとかではなく、面倒ではあるが、家族が多い方が経験値も増えて面白いことが多いことだろう。
家族構成というのはゲームや小説が登場人物が増えてキャラが強いと面白くなるのとどこか似ている。嫁いでからはカルチャーショックの連続だったが、それは受け入れてくれた家族も同じ思いだったことだろう。
世の中が変化すれば、家族の形も多様化し、その在り方も変わっていくのだ。伝統や文化を守ることは素晴らしいことだとは思うが、継承することだけに縛られるのは本末転倒だ。
などと言いつつ、今日も神棚に榊をあげる自分がいる。
こう見えてなかなか逞しいよ、一人っ子。
確かに少しだけ孤独かもしれないが、一人っ子も言われるほど悪くはない。
 
 
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2018-01-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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