プロフェッショナル・ゼミ

ほどよく距離を置かないと聞こえない声がある《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:上田光俊(プロフェッショナル・ゼミ)

「あなた、最近よく怒ってるね」
自覚はあった。
たしかに最近、僕はよく怒っている。
それもしょっちゅう怒っている。
妻に言わせると、普段の顔付きからして変わってしまうくらいに最近の僕はよく怒っているらしい。
僕は、どちらかと言えば普段から感情の起伏が少なく、嬉しいとか悲しいとかの感情を表現することに抵抗があり、特に怒りという感情を表に出すということは大人になってからはほとんどないと言ってもいいくらいだった。
僕は、できれば毎日を平穏無事に暮らしていきたいと願う心穏やかな平和主義者タイプの人間なのだ。
普段からあまりに感情の起伏が少な過ぎて、他人からは何を考えているのかよくわからないと言われてしまうほど、僕は感情というものを極力表には出さない。
しかし、そんな僕でもここ最近はよく怒っていた。
自分でも嫌になるくらいに、怒りという感情を表に吐き出してしまっていたのだ。
こんなはずではなかった。
まさか、こんなことになってしまうなんて、僕は全く想像もしていなかった。
僕は自分の内側から沸々と湧き出してくる抑えきれない怒りという感情をコントロールできなくなってしまっていたのだろう。
僕は自分の怒りっぷりに、今になって自分でも驚いているくらいだった。
自分にこんな一面があるなんて思ってもみなかった。
そして、その怒りという感情が引き金となって、

僕は自分の子どもを可愛いとは思えなくなってしまっていたのだ。

それは特に長女に対して抱いてしまっている感情だった。
僕は長女のことが可愛いとは思えない。
全然可愛くない。
可愛くないどころか腹立たしくて仕方がない。
どうしてだろう?
何故こんなに長女に対して腹が立つのだろう?
おかしい!
何かが間違っている。
こんなはずじゃなかった。
どうしてこんなことになってしまったのだ?
女の子って、もっとこう、なんて言うか、守ってあげなくてはいけない存在ではなかったか?
もっと可愛いものじゃなかったのか?
父親にとって女の子って、目の中に入れても痛くないくらいに可愛いものだと思っていたのに。
それが……。
現実は……。
全然可愛いとは思えない。
本当に可愛くない。
なんなら、飼っているペットの犬に話しかけながら、縁側でほっこりしているおじいちゃんの方がよっぽど可愛いと思えてしまう。
長女よ! 何故こんなにも可愛くなくなってしまったのだ?
可愛くなくなるのが早くないか?
小さい頃はあんなに可愛かったのに。
可愛くて仕方がなかったのに。
今となっては、ただ腹立たしいばかりだ。
自分の子どもを可愛いとは思えないだなんて……。
僕はどこかがおかしくなってしまったのだろうか?
父親失格なのか?
僕は父親でいる資格がないのだろうか?
いや、僕だって、できれば自分の子どものことを可愛いと思いたい。
思いたいに決まっている。
しかし、思いたいと思っているということは、実際は自分の子どものことを可愛いとは思えていないということであり、思えていないばかりか、怒りという感情さえ抱いてしまっていたのだ。
そう。
僕の怒りの原因は、7歳になる長女の日々の言動によるものだった。

一昨年の年末に会社を辞めて、日々の生活サイクルが変わってからというもの、子どもたちと一緒にいる時間が大幅に増えた。
それ自体は何も問題ではない。
子どもたちとの距離が今までよりも近くなった分、一緒にお風呂に入ったり、絵本を読んであげたり、公園で遊んだりと、同じ時間を共有することにより、楽しさや喜びといったものを子どもたちと分かち合うことができるようになったのだから。
それは僕にとっても、とても良いことに違いなかった。
しかし、長女が小学生になってしばらくしてからだろうか。
僕は長女の言動がいちいち気に障るようになっていた。
いやでも、僕の視界に入ってきてしまうのだ。
まず、5歳の弟や3歳の妹が遊んでいるおもちゃを力づくで取り上げる。
しかも、何も悪びれる様子もなく、まるで今まで自分がそのおもちゃで遊んでいたかのように振舞う。
横で弟や妹がどれだけ泣き叫んでいても、全く気にしていない。
弟や妹が勝手に泣いているだけで自分には何も関係がないといった素振りさえ見せる。
子ども同士のことだからと、しばらく僕も何も言わないでいたのだが、あまりにそれが当たり前のように日常茶飯事と化していたので、「いい加減にやめなさい!」と注意することが多くなった。
子どもたちは2歳ずつ年が離れているので、年が近いということもあって兄弟喧嘩は絶えなかったが、不思議と長女がいる時に喧嘩が頻発するのだ。
その他にも、学校の宿題をやらないだとか、お風呂上りに服を着ないだとか、早く寝ないだとか、よく遅刻するだとか、色々注意しなければならないことは多かったが、まだ小学1年生なのだからと、そこまで目くじらを立てて口出しはしていなかった。
しかし、これだけはどうしても言わなければならないと思っていたことが僕にはあった。

それは、長女がこちらの問いかけに対して一切返事をしないということだった。

これだけはどうしても僕には見過ごすことができなかった。
何度名前を呼び掛けても、返事をしない。
完全に無視する。
聞こえていないのかと思いきや、そういうわけでもない。
聞こえているのに、わざと返事をしないのだ。
「ちゃんと返事をしなさい!」
これには、さすがに僕も怒った。
普段出さないような大きな声で怒った。
はじめは何度か呼びかけるのだが、一向に返事をする気配がない時には、つい大きな声で怒ってしまうのだ。
冷静に考えてみれば当然のことかもしれないが、大きな声で怒ってしまった場合には、長女はますます返事をしなくなる。
返事をしなくなるから、僕としてもますます怒ってしまうという悪循環に陥ってしまっていた。
「あなた、最近よく怒ってるね」
妻にそう言われたのは、そういうことが続いていた時のことだった。
「ちょっと距離を置いた方がいいんじゃない?」
以前はほとんど怒りという感情を表現することをしなかった僕が、家の中では常に怒っている状態だったので、見るに見かねて妻がそう言ったのだと思う。
そう。
僕は怒っていた。
家にいるといつも怒っていた。
怒りたくないのに、怒ってしまっていたのだ。
なんとかしたい。
僕としても、このままずっと長女に対して怒り続けたいわけではなかったし、心穏やかに日々を過ごしたかったのだ。
しかし、実際にどうしていいのかはわからなかった。
子育てに関する書籍や、怒りという感情のコントロール方を説いた本にも手を出してみたが、何かが違うような気がしていた。
僕が求めていたものは、それらの書籍の中には見出すことができなかったのだ。
そんな時である。
この本と出合ったのは。

『ほどよく距離を置きなさい』(湯川久子著)

タイトルに惹かれた。
「ちょっと距離を置いた方がいいんじゃない?」と妻に言われたことが頭のどこかに残っていたのかもしれない。
僕は何の迷いもなく、この本を手に取っていた。

『ほどよく距離を置きなさい』

僕は本を読み進めながら、これがすべての答えであるかのような気がしていた。
読めば読むほど、これしかないという確信を持つまでになっていた。
単純なことである。
妻の言った通り、家族とはいえ、僕と長女との距離が近くなり過ぎていたのだ。
いや、僕の方が無意識的に長女に近付き過ぎていたのかもしれない。
僕は長女から少し距離を置くことが必要だったのだ。

この本には、こういう場合にはこうしたらいい、といったような具体的なノウハウが書かれてあるわけではない。
90歳の現役弁護士でもある著者が、1万件を超える相談案件を通して「ほどよく距離を置くことこそ、人が心地よく生きていくために必要な心がけ」としての知恵がつづられているという内容なのだ。
人と人との関わりの中で、こうしたら必ずこうなる、といったようなことが言えないというのは当然と言えば当然のことである。
それは親子関係においても変わりはない。
決して親でも全く同じではないように、子どもでも一人一人全く違う人間なのだ。
僕は一人の人間として、長女とほどよく距離を置きながら向き合わなければならないという気持ちになっていた。
それからは、何度もこの本を読んだ。
しばらくは、この本を持ち歩いて事あるごとに、本を開いて読み返すという日々が続いた。
そうしているうちに、長女とちゃんと向き合う時が僕に訪れた。

長女が右足首をはく離骨折したのだ。
長女が公園で友達と遊んでいた時に、転んで右足首を捻ってしまったらしい。
その日は、当然右足首は腫れていたのだが、翌日になれば腫れはひくものだと思っていた。
捻挫でもしたのだろうと思っていたのだ。
しかし、翌日になっても腫れは引かず、痛みも残っているらしかった。
念のため、妻が病院に連れて行くと、長女ははく離骨折だと診断されたのだ。
松葉杖は必要なかったが、右足首にギブスをしなければならない。
学校は普通に通えたのだが、今までのように弟や妹たちと走り回って遊ぶことができなくなった。
それからは、家の中で弟や妹たちが走り回りながら遊んでいるのを、長女はただ見ているだけということが多くなったのだ。

その日も長女は、弟や妹たちが遊んでいるのとは別に一人宿題をしていた。
いや、していたと言っても一向に宿題が進む気配はなく、ただ横から口出しをしているだけだった。
「早く宿題をやってしまいなさい!」
僕はいつものように何度もそう言ったのだが、返事はなかった。
それを何度か繰り返すうちに、沸々と僕の中から怒りという感情が湧きつつあった。
僕は今までと同じように、長女に対して、声を荒げて怒ってしまいそうになっていた。
しかし、ここで怒ってしまってはいつもと同じだ。
何も変わらない。
僕はそっとその場を離れた。
物理的な距離を取ってみたのだ。
すると、長女の姿が僕の視界から消えただけで、不思議と心が落ち着いてきた。
僕の中にあった怒りという感情がとても小さくなっていくのを感じたのだ。
僕は、もう少し心を落ち着けてから、長女たちがいるリビングに戻った。
子どもたちは先程と変わることなく、走り回る長男と次女、そして、それに口出しする長女という光景だった。
僕はもう一度長女の名前を呼んでみた。
「……」
返事はない。
もう一度呼んでみた。
「なに?」
少々声は荒かったが、僕の呼びかけに長女から反応があった。
そこで僕は、何故今までしなかったのかが不思議なくらいに単刀直入な質問をしてみた。
「なんで、返事しないの? 返事したくないの? 結局のところどうしたいと思っているの?」
「……」
長女は黙ってしまった。
たしかに、長女にしてみれば答えにくい質問かもしれなかった。
いつものように、無視されただけかもしれない。
しかし、怒りという感情が比較的落ち着いてきていた僕は、いつものように長女から何も返ってこなくてもいいかという心境になっていた。
もう僕がそれ以上、大きな声で呼びかけたり怒ったりすることはなかった。
「えーっと……」
しばらくした時だった。
長女がぽつりぽつりと話し始めたのだ。

「私は……、ちゃんと返事ができるようになりたい……。自分のダメなところを直したい……」

なんだ……、そうだったのか……。
僕は長女が僕の呼びかけに返事をしたくないだけかと思っていた。
宿題をしなさいだの、早く寝なさいだのと色々言われるのがうるさくて返事をしないだけなのだと思っていたのだ。
でも、実際は違った。
長女だって、ちゃんと返事がしたいと思っていたのだ。
たしかに僕が口うるさく言うことに対して、あまり良い感情は持っていなかっただろう。
それが嫌で返事をしなかったということも勿論あったのかもしれない。
どうしたって、怒っている父親を好きにはなれないだろう。
しかし、そう思っている奥には、ちゃんと返事をしたいという思いがあったのだ。
そして、僕が何度も大きな声で怒るがゆえに、ちゃんと返事ができない自分をダメだと思ってしまっていたのだ。
それを聞いた時、僕は長女のことが可愛いと思っている自分に気が付いた。
やっと。
本当に。
久しぶりに心から可愛いと思えるようになっていたのだ。
僕はそう思いたくて、長女のことを嫌いになりたくなくて、いつも怒ってしまっていたけれど、その言葉を聞いた時、自然と長女のことが可愛いと思える自分になっていた。
長女は、僕たち夫婦の子どもであっても、僕たちの所有物では当然ない。
子どもであったとしても、一人の人間として僕たちとは別人格なのだ。
それを僕は忘れてしまっていたのかもしれない。
距離が近過ぎたために、僕と長女の間に境界線を引くことを怠ってしまっていたのだ。

『ほどよく距離を置きなさい』

それはカメラのピントを合わせるようなものなのかもしれない。
近過ぎるとピントがぼやけてしまって、そこに何が写っているのかよくわからない。
ほどよく距離を置くことによって、ちゃんとピントを合わせることによって、はじめてそこにある思いに気が付くことができるのだ。
僕はこの本に出合えて本当に良かったと思っている。
この本に出合えたからこそ、ほどよく距離を置いたからこそ、長女の心の奥にあった本当の思いを聞くことができたのだから。
最後に長女へ。
「本当のことを言ってくれてありがとう。いつも大きな声で怒ってばかりでごめんね。君は何もダメじゃなからね。そのままでいいからね」

***

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