メディアグランプリ

そして、おばあちゃんはタイムトラベラーになった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:岸川仁皆(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「おばあちゃん、また、お天神さまに行ってたんだよ」帰宅するなり娘の声がした。
娘が指差す先には炬燵で頭をたれてうたた寝をする義母がいた。
町内をさんざん歩き回って疲れたのだろう。ゆらりゆらりと揺れる白髪頭は小さく、ぽかんと開いた口がまるで子どものようだ。
義母がアルツハイマー型認知症との診断を下されて3年目になる。もの忘れは仕方ないが、困ったことに最近、徘徊する時間と範囲が広がってきた。
行先はだいたい決まってはいるが油断はできない。うっかりしていると部屋に姿が無い、畑を探すがそこにも姿は無い、あわてて家族で近所を走り回ることになる。
昨日は町内会長さんのお宅へ上り込んで、ゆったりとお茶を啜っていた。
「電話を貸してほしいって言われてねぇ」町内会長さんの奥さんは事情を知っているので、ありがたいことにやんわりと話題を変えおばあちゃんをお茶に誘ってくれたのだ。
話しを聞くと、どうやら実家へ帰るために迎えにきてくれるよう電話をするつもりだったらしいと。
でも「誰に電話をかければいいのかわからん」とおばあちゃんは笑った。
 
「ご飯の時間になったから帰ろうね」皺だらけの節くれだった手をとって二人で歩き出す。小さくうなずきながら笑うその顔も皺だらけで、うっすらと日に焼けた肌に深く刻まれた溝は長い年月を過酷な農作業に費やした証だ。
最近よく繰り返すのは、早朝お弁当を作る私に手鏡を見せにくる。そして、決まって同じことを言うのだ。
「さっき起きて鏡を見たら、こんなにいっぱい顔に皺があって。びっくりしたとよ」
まさしく目をぱちくりさせてという表現がぴったりの顔だ。
「あら、大変、でも昨日と同じ顔してるけど」と私がいつものように答える。
納得がいかないのだろう「本当に昨日もこげん皺があったとね? 」と言葉を返す。
「うん、あったよ」怪訝な顔のおばあちゃんに今度は質問してみる。
「今日、何月何日だ?」おばあちゃんは首をかしげてうつむく。
「おばあちゃん、何歳になった?」こちらを上目づかいに見上げて「ろくじゅう……?」
何とも心もとない表情だ。
つい、笑いが込み上げてくる。そうか20歳も若返ってるんだね。
歯ブラシをくわえた主人は、やれやれという顔をして無言で通り過ぎていった。
いいえ、おばあちゃんは今、自分の頭の中では本当に60歳なのです。
そうかと思えば、次の瞬間、現代へ瞬間移動。「うち、ご飯食べたかね?」
そう、おばあちゃんはタイムトラベラーになってしまった。
頭の中で思い出せば、ほんの一瞬で突然、昭和の時代へタイムスリップする。
戦争が終わった後の幼い頃へ、おじいちゃんと出会ったばかりの若い頃へ、お豆腐屋さんをしていた働き盛りの時へ、民謡の大会に出て賞を貰った時へ、遠い過去へのタイムトラベルは自由自在だ。
昔の話をするおばあちゃんの目は輝いている。叱られたことを思い出しては怒り、テレビの音楽につられて歌い、そして笑う。その一時、その一瞬、現在と過去を行き来する。
でも、昨日には戻れない。ほんの少し前の記憶がない。
さっき食べた食事のことも思い出せない。一緒に住んでる孫の顔はわかるけど名前はわからない。娘の顔はちょっと怪しいし、なぜか息子の名前がでてこない。
どうして、入れ歯が布団の中から出てくるんだろう。さっき、引き出しに入れたはずの眼鏡が見当たらない。ここに入れたはずなのに。絶対、ここに入れたはずなのに。
おかしい、おかしい、なにがおかしいかわからないのが怖くてたまらない。
どうしてこんなに悲しいのかわからない。どうして涙が止まらないのか。そうかと思えば突然、怒りが込み上げる。どうしてこう何もかも思い出せないのだろう。
ぐるぐるぐると頭の中で渦が巻くとおばあちゃんは泣く。
記憶がなくなるという不安と絶望は、私達家族には計り知れないものだろう。
介護される当人もつらいだろうが、そこに寄り添う家族もやがて疲弊し無力感に苛まれる。
我が家も、ケアマネージャーさんやデイサービスのサポートがなければ、とうに家族分裂の危機を迎えていたのではないかと思う。やはりプロの力は侮れない。
そして予測通りタイムスリップする回数は日を追うごとに増えてきている。
私は、へとへとになりながらついていくのが精一杯だ。
それでも、美味しいとご飯をおかわりする姿に、帰りの遅い娘を心配する姿に、得意の民謡を歌う姿に安堵し、その笑顔に束の間でも癒される。
そして時々は一緒にタイムスリップを共有してみたりもする。
お父さん子だったおばあちゃんが事故で早くに亡くなってしまった父親の話をするときはつい、こっちも子どもになってもらい泣きしそうになる。
最近、悲しいのは、私の名前を呼んでもらえなくなってきたことだ。いつのまにか「おかあさん」と呼ばれている。そのとおり「嫁」から「おかあさん」の役が多くなってきた。
着替えを手伝ったり、一緒にお風呂に入ったり、ご飯を食べないと駄々をこねたり、眠れないといって困らせたり、そうか、そうか、おかあさんにはわがままいって甘えたいよね。いいよ、好きなだけ甘えても。そして、また一緒に時間を遡ろう。
意地悪な小姑達の愚痴を聞いてあげるよ。ベンジーって名前のビーグル犬飼ってたよね。おじいちゃんと初めてのデートは平和台球場で西鉄ライオンズの試合を見たんだったね。どうか、泣かないで。私も悲しくなるから。
さぁ、一緒に連れて行って。今日も笑顔でタイムトラベルしよう、懐かしき良き時代へと。
 
 
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2018-02-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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