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メディアグランプリ

博多の夜、終電を逃したい女と気をつかう男


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田中くみこ
(この話はフィクションです)

 
 
「ん〜、次は何飲もうかなあ」
 
時刻は23時45分。終電まで後10分。
場所はバス停柄遠すぎず近すぎない居酒屋。ほどよく賑わう店内で、私はにこやかにメニューを開いて見せた。いかにも酔ってますというような、ちょっと舌足らずな感じを出すのを忘れない。
 
決して終電の終の字を感じさせてはいけない。
終電? あら、うっかり忘れて逃してしまいましたわ、オホホ。
 
前には、最近いいな、と思ってる社内の、私よりも少し年下の後輩。
二人で飲みに行くのはこれで数回目。
ふと見れば、グラスはもうちょっとで空になりそうだ。
 
「S君も何か飲む〜?」
「そうですね……」
 
あと10分。お酒1杯でも追加したら、確実に終電を逃せるだろう。いや、逃してしまうだろう。
思わずS君を見る目に力が入ってしまう。「飲む〜?」なんてテンション高めに言っておいて、ごめん、実は全く酔ってない。
 
「あ、でもMさん終電は大丈夫ですか?」
「ん〜〜〜??」
 
言われた〜〜〜〜〜〜〜っ!
 
「ん〜、終電ね、ん〜〜〜」いかにも今気がつきましたかのように醸し出しながら、腕時計を見る。見なくてもわかる。23:46。終電に乗るにはまさしく今出たらちょうどいい頃合いだ。ガッデム。
ここで安易に終電の時間を言えば、「じゃあそろそろ出ないと」なんていう流れになる。
そしてこの出来た後輩は、私の終電の時間を知っている。前回の飲みの時に「先輩そろそろ終電じゃないですか?」と言われて玉砕したばかりだ。
 
「……終電は55分かな〜〜〜?」
「そろそろですね。バス停は国体道路のところでいいですか?」
「う〜ん」
 
でももうちょっと飲みたいな〜、とは言えない。だって飲んだら終電逃すことがわかってるのに、それでも飲みたいということはつまり終電を逃したいということで。
逆を言えば、この後輩は私に終電を逃させたくないということで。
 
結局「そろそろ出よっか」という流れにするしかないのである。
 
だがしかし、結果的に私は終電を逃した。
これは狙ったわけじゃない。本当に偶然である。
 
「あ、携帯がない」
 
バス停まで少し歩いたとき、スマホを忘れているのに気がついたのだ。私が。
誓って言うが、わざとではない。もともと店を出たのがギリギリだったのだ。慌てて店まで引き返して、急いでバス停に向かったところで、目当てのバスは扉を閉めて走り出したところだった。
 
「あ〜〜〜」と声を出しながら、降って湧いた状況に頭の中は「やった! どうしよ!?」でぐるぐるだ。
 
「ど、どうしよう?」
「ちょっと追ってきます!!」
「ええーーー!!?」
 
バスは少し先で信号に引っかかって止まっていた。ヒールを履いている私とは違って、後輩は履き慣れた革靴だ。走っていく後輩の背中には早い。あ、ちょっとカッコいい。
後輩の検討も虚しく、すぐに青になった信号でバスは去って行った。
 
トボトボ戻ってくる後輩は悔しそうだし、私はそこまでして終電に乗せたいのかとショックだ。もう後輩のために今夜の私は無事に家まで辿り着かねばならないような気がする。
 
「すいません、先輩」
「いや、大丈夫だよSくん。電車の方でギリギリ間に合うと思うから」
「そうなんですか」
「うん」
 
最寄駅から家までが遠いし、タクシーを使うことにはなるが、帰れるのだ。
そうだよ、別に、終電逃したって私も社会人になって数年だよ。深夜料金だろうが、今ここからタクシーに乗る手段もある。
 
バス停から駅までは近い。ゆっくり歩いても着く。
二人で並んで歩きながらとりとめもない話をする。今日はありがとうね、楽しかったよ。ここの喫茶店たまに使うよ。スマホ忘れなければバスに乗れたのになあ。どうでもいいようなことを話しながら、私の心は虚しい。
 
ポッキリ折れた。脈なしだ。もともと脈なんてないようなやつだったけれど、何回か二人で飲みに行ったりしてるのだから、少しは気があるかと思ったのだ。
いや、年上の女には興味がないのかもしれないし、そもそも対象外だったのかも。ああ、もうこれだから女子校育ちは男慣れしてないからいけないわ。
 
終電のあれこれくらいで大げさだ、とは思ってくれるな。
 
大人なんてそんなものじゃないですか。現実なんてそんなものじゃないですか。
「好きです、付き合ってください」なんて告白よりも、恥ずかしいとか面倒臭いとかが邪魔をするのです。好き、という感情が曖昧で、「なんかいいなあこの人」って思ってて、タイミングだとか縁だとか、「あ、この人も私を憎からず想ってるな」なんてなんとなく察して、こっちも好きなんですよっていうようなそぶりを見せて。
 
「じゃあ付き合ってみませんか」とか、その場のノリと空気でベッドで始まったりするのが現実ってものじゃないんでしょうか。
 
相手にそんなそぶりがなかったら、「あ、だめなのね」って身を引いて。
そんなものじゃないでしょうか。
 
「S君は彼女とか好きな子いないの?」
「あ〜、いないですね」
 
あ、だめなのね。
彼女いるの? とか、かなりあからさまなそぶりっぽくなかったですかね。
後輩は、気づいてるのか気づいてないのか、あっさり聞き返してきた。
 
「先輩はいないんですか?」
 
腹がたつ。
お前さん、私のそぶりに少しでも気がついてはくれなかったんですかね?
二人でお酒を飲みに行ってる時点で、少しは思いませんかね?
それとも、気づかないふりして避けてるんですかね?
 
私は少し息を吸った。
ちょっとの勇気とか、大人になっても難しい。
 
「いるけど」
「……え〜」
 
後輩の目が泳いだ。
どう思ってるのだろうか。面倒な気配を感じてるのだろうか。
 
もうすでに改札が見えている。そろそろ小走りで改札に向かわなければ行けない頃だけど、私は走らない。
 
顔が熱い。
 
言え。言ってしまえ。
私は、ついさっきまで、お酒を飲んでいたんだった。
酔ってなんかいないけど、そう、お酒を飲んでいた。もしかしたら走って少しは頭にアルコールが登ったのかもしれない。
 
「今夜は帰さないとか、言ってくれないの」
 
後輩の顔は見ない。後輩は私よりも背が高い。後輩の胸を睨んでいると、後輩の声が降ってきた。
 
「今夜、言おうと思ってたんですけど……」
 
先輩、帰りたそうだったから……。
 
ごにょごにょ言う後輩には、バスを追って走ったときの男らしさは無い。
 
私は後輩の胸を睨んだまま。
 
顔が熱い。きっと顔は赤くなっている。
嬉しいけど泣きたいし、心臓がうるさくて視界が揺れる。
 
とにかく、今、一番に言いたいことは。
 
「帰したくないんだったら、終電なんか気にしないでよ!!」
 
 
***

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2018-02-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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