プロフェッショナル・ゼミ

白雪姫の継母がもし鏡を叩き割ったとしたら《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:青木文子(プロフェッショナル・ゼミ)

「よくお似合いになりますよ~」
試着室からでてくるなり、こんな言葉をかけられたことはないだろうか。
先日、表参道のとあるお店に入った。試着したタイトの花柄のワンピース。試着室の鏡に姿を映して、くるりと回ってみる。悪くはない。でも即決で買う!という決め手もない。どうしようかと迷っていると、お店の人から「いかがですか~」と声がかかる。
試着室から出てくると、お店の人は「よくお似合いになりますよ~」と声をかけるのが相場だ。心の中で、「誰にでも言ってるんじゃないか」と思いながら、満更でもない気になるのが人間の性だ。「そのワンピースはあまりお客様には合いませんね」と言われたことのある人はいるのだろうか。
服が似合っているか似合っていないか。それは誰が決めるのだろう。服を着る人か、それともその服を見る人か。

白雪姫のお話の中で出て来る白雪姫の継母であるお妃がいる。実はこの継母魔女なのだ。自分の美しさが自慢で、毎日魔法の鏡に向かって、こう聞くののだ。
「鏡を鏡よ鏡さん、この世で一番美しいのはだあれ?」

魔法の鏡は毎日同じように答える。
「この世で一番美しいのは、もちろんあなたです」

それを聞いて白雪姫の継母は満足して笑うのだ。

しかし、しかしだ。ある日、その終わりがやってくる。
「鏡を鏡よ鏡さん、この世で一番美しいのはだあれ?」
いつもと同じように白雪姫の継母が問いかけたのに、魔法の鏡は違うことを言ったのだ。
「この世で一番美しいのは、白雪姫です」

この魔法の鏡は嘘をつかない鏡なのだ。お話の中では白雪姫が美しく成長し、継母の美しさを抜いてしまったという設定になっている。

しかし、ちょっとまって欲しい。
この日の前後で、白雪姫の継母の美しさは変わったのか? おそらくほとんど変わってないだろう。なのに、白雪姫の継母は、「この世で一番美しいのは、もちろんあなたです」と鏡が答えていたうちには幸せで、鏡が違う回答をしたとたんに不幸せになった。

「何よ、この鏡!私が世界一でないなんて失礼だわ!」
と、白雪姫の継母が別の魔法の鏡にとりかえたら、白雪姫の物語はどうなっただろうか?
掛け替えた別の魔法の鏡が、いつもと同じように
「この世で一番美しいのは、もちろんあなたです」
という言葉を言い続けたら白雪姫の継母は幸せのままだったのか。
もしくは「もう鏡になんか、聞かないわ!私は世界一美しいのよ」と自分でそう満足したとしたらその幸せは守られたままではなかったのか。
そう考えると、白雪姫毒殺未遂の引き金を引いたのはあの魔法の鏡といってもいいかもしれない。

私の何枚かある名刺の一つにメイクアップアーティストの名刺がある。本業は司法書士だが、事務所の裏メニューとして「メイク」の仕事をすることがある。メイクを頼みに来た人にメイクをさせていただいている時にこんなことがあった。
メイクに来たその人は鼻筋の通った、顔立ちの整った方だった。アジアンビューティーといっても差し支えないその方の頬にチークを入れていたときだ。その人はこんなことを言った。
「この鼻が嫌なんです」。
びっくりした。なぜなら、このスラリとした鼻こそがこの方の魅力だと思ってメイクをしていたからだ。その方になによりその鼻が魅力的だということを伝えたところ、こんな言葉が出てきた。
「そんなことないです」
「小さいときから鼻をからかわれていて」
「整形もしようかと思ったぐらいなんです」

実はこの方だけではない。メイクをさせていただいていると、その人の一番の魅力に感じる部分を、その本人が自分の「嫌な部分」として捉えていることが多い。なぜ嫌な部分と思うのか?という聞くと、共通してこんな答えが帰ってくる。
「昔誰かにからかわれたから」
「昔誰かに言われたから」
そんな答えばかりだ。

人は他者という鏡に写った自分を自分の姿と思い込む。自分の魅力を自分の嫌な部分として思い込んでいる人たちは、かつて映した鏡に言われたのだ。「その鼻長いよね」とか「なんか鼻が変」とか。

鏡のいうことを信じて、その自己像から出られない人は多い。
実は私自身がそうだった。私は学校の制服をのぞいては20代後半までスカートをほとんどはかなかった。はけなかったといってもいい。今でこそワードローブはタイトスカートや、タイトのワンピースが並んでいるが、かつてはスカートを全くはけなかった。
なぜか? それはかつて私の姿をうつした他者という鏡たちが私にこういったからだ。
「スカートが似合わないよね」とか
「ボーイッシュな服のほうが似合うよ」とか。

これを聞いて「え? 別にはけばいいじゃない?」という人はいくらでもいる。その人は鏡の言葉の呪術を知らない人だ。きっとその人自身にもひとつかふたつはあるはずだ。かつて鏡から言われた言葉でとらわれていることが。私にとってスカートをはけなかったことは一つの呪いだった。

なぜ、その鏡のいうことに囚われたのだろうか。その鏡の言葉を無視するとか、その鏡のとりかえてみる選択肢はその時は思いつきもしなかった。そして、私はその鏡の言葉に縛られたまま、スカートをはかない長い時代があったのだ。

その呪いを解除するのに何年もかかった。スカートをおしゃれとして楽しむようになった今では振り返って笑い話であるが、そのときの苦しさは今でも思い出す。

どう見ても似合わない、と思うような格好を堂々と着ている人がいる。
例えば最近見たとある広告のグラビア。誰でも知っている高齢の女優さんが、奇抜な色合いの奇抜なファッションをしている写真が載っていた。これは似合うのか似合わないのか。

似合うか似合わないかを決めるのは服を着る人であり、その服を来た人を見る人の両方それぞれである。もし、試着をしたお店の店員さんが「似合いませんね~」といったらそれは似合わないのだろうか。このグラビアの女優さんの姿は私から見て抜群に似合っていた。何よりこの女優さんが「自分には似合う」と信じて着ているオーラがみてとれた。他者という鏡に物差しを明け渡していないないオーラはとてもきっぱりとしていてカッコよかった。

ここまで書いてきて思う。白雪姫の継母はその魔法の鏡を叩き割る選択肢もあったのだと。もしくはその魔法の鏡を粗大ごみにだしてしまう選択肢もあったのだと。

鏡という他者に自分の物差しを明け渡すな。鏡は所詮鏡でしかない。鏡に自分を映してもいい。その鏡の言うことを聞いてもいい。でもその鏡のいうことを聞きすぎてはいけない。なぜなら、それ以外の鏡がこの世には沢山あるからだ。もっと言えばその鏡は人の数だけ存在するのだ。

もし、白雪姫の継母が魔法の鏡を叩き割ったとしたら、どんなお話になっただろうか。他者という鏡からの言葉で縛られている人の物語はきっとそこから始まる。

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