プロフェッショナル・ゼミ

ペットロスになったので息子を甘やかそうと思います《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:園藤ふみ(プロフェッショナル・ゼミ)

「・・・・・・なんで? どうして?
ピノ、気付いてあげられなくて、ごめんね」
私の掌の上で、セキセイインコのピノが苦しそうに息をしている。
トクトクトクトクトクトク
小さな心臓の激しい鼓動が、柔らかな羽毛越しに伝わってくる。

子供達も心配そうに私の手の中のピノを覗き込んでいる。
ピノは真っ黒な瞳で私達を見上げ
どうして急に体が動かなくなったの?
どうしてこんなに苦しいの?
と、必死で訴えているようだった。
ごめんピノ。具合が悪い事、もっと早く気付いてあげればよかった。
ごめん。

心臓の動きがさらに早くなっていく。
息もどんどん上がってくる。

ピノを温めようと、ストーブの前に連れていった。
私の手の中にすっぽりおさまったピノは、もう自力で体を支えることもできない。
普段は体を障られることをひどく嫌がるのに、今日はもう抵抗すらしない。
いつもみたいに「チ、ヂィッー」触るな! って怒ってくれればいいのに。

掌に伝わるピノの力がどんどん弱くなっていく。
目の焦点も合っていない。
それでも、ピノは一生懸命に私達を見上げている。

それから間もなく、痙攣が始まった。
苦しそうな息遣いが伝わってくる。
もう、いい。
もういいから、もう頑張らなくていいから。
ピノは最後の力を振り絞り、羽を広げようとしたまま、
力尽きた。
あっという間の出来事だった。
とても寒い日だった。

ピノは娘の誕生日プレゼントとして、わが家にやってきたセキセイインコだった。
本当は犬が飼いたかったのだけれど、動物嫌いの主人が「どうせ散歩にいかないだろうから絶対にダメ!」と反対し、手間がそれほどかからない鳥ならと、セキセイインコを飼う事にした。

たくさんの雛鳥達がひしめくペットショップの鳥籠の中で、ピノは仲間に蹴られようが、つつかれようが、われ関せずといった感じで悠然と座っていた。
何をされても全く動じることがなかった。
私も娘もその妙に落ち着いた姿に惚れ込み、連れて帰るならこの子しかいないと決めた。
一目ぼれだった。

ピノは目の覚めるような、混じりけのない黄色いの羽をもっていた。
艶々したその羽は、陽の光にあたるとキラキラ輝いて、とてもキレイだった。
鳥籠から出すと、リビングの中はまるで花が咲いたように、華やかになった。
そこにいるだけで、ぱっとまわりに明かりを燈すようなそんな子だった。
元気がない時も、ピノのちょんちょん飛び回る姿や、愛らしいしぐさに私たちはどれだけ救われたかわからない。

ピノは雛の時から育てて、手乗りにした。
毎日エサをお湯でふやかしてドロドロにし、一口ずつスプーンで口元に運んでやった。
一度にたくさん食べられないので、日に何度もこの食事を与える。
ドロドロのエサから少し固めへ、そして最終的には普通のエサが食べられるようになるまで、消化具合に注意しながら離乳食を進めていく。
今日はこれくらい食べられるようになった、明日はもう少し水の量を減らしてみようかと、試行錯誤の毎日。
子供達のご飯でもこれほど神経質になったことがあったかしらと、雛の離乳食用の小さなお皿が散乱するキッチンを眺めながら、私は一人苦笑した。

手に乗せるための練習も毎日やった。
私の指を止まり木代わりにし、それを掴む練習をさせる。
右の指を掴ませるとすぐに、左の指をピノの前に差し出し掴ませる。
こうやって、人間の手が怖くないという事を徐々に覚えさせていく。

雛の頃は、遊んで遊んで! 早く籠から出して! というアピールがすごくて、一日中相手をしてやらないと機嫌が悪かった。雛だからすぐ疲れるくせに、少し休むとまた遊んでとせがむ。ひと時も目が離せず、手間がかかった。
でも、私にとってまるで子育てをやり直しているようで、楽しかったし、すごく充実していた。

ピノは言葉もたくさん覚えた。
家族みんながピノの傍を通るたびに、「ピノちゃん可愛いね~」と声をかけるので、ピノは「かわいい!」という言葉を一番に覚えた。
自分の名前、娘の名前、息子の名前、そして私が「こらー! またそんなところガジガジして!」とよく怒っていたので、私の口癖も見事に覚えた。これはあまり嬉しくなかった。

わが家の庭にはモミジの木があって、年中野鳥がやってくる。
そしてよく、窓越しに家の中のピノと会話をしていた。
ピノは家の中でもあまり飛び回らないように、羽が伸びてくると、定期的に短く切りそろえていた。当然、自由に空を飛びまわったことはない。
リビングの中だけが、ピノの世界の全てだった。
鳥なら外を自由に飛び回りたいだろうに、こんな狭い世界しか知らなくていいの? と、複雑な気持ちになることもあった。
だけど、雛のころから人間に育てられてきたピノは、餌の取り方も知らない。
外での寒さにも耐えられない。外敵から身を守る術も知らない。
今外に逃がしても、外ではもう生きていくことができない。
だから、ここで私達と暮らしていくことが、ピノにとっての幸せなんだと割り切る事にした。
だって、この家からピノがいなくなることなんて、考えられなかったから。

幼鳥期を過ぎ、成年期を過ぎ、去年の秋くらいから、急にピノの動きが鈍くなったように感じていた。
だけど、もう歳だからしょうがないと思うだけで、あまり深くは考えずにいた。
いつか別れがくることはわかっていたけれど、それはきっとずっとずっとあとの話だと思っていた。
だから、最近ピノの具合が悪いのかなと思う事があっても、
大丈夫、一晩たてばまたいつも通り元気になると、信じていた。

だけど、あの日は違った。
福岡に最強の寒波がやってきた日。
娘や息子の肩をぴょんぴょん飛び回っていたピノを鳥かごにいれた直後、バタバタと騒がしい音が聞こえてきた。籠を覗くと、もうピノは自分で止まり木にとまることもできないくらい弱っていて、籠の下で苦しそうにもがいている。
慌てて扉をあけ、ピノを手にとると、もう自力で体を支えることもできず、私の掌の中であおむけになり、苦しそうに荒い息をしていた。
なんで? さっきまで元気だったのに。

インコは外敵から身を守るために老化や病気を隠す習性をもっている。
たとえ具合が悪くても、それを飼い主に気づかれないように、元気なフリをする。
そんなこと、本やネットでみて十分知っていたはずなのに、ピノに限ってそんなことはないと、変な自信をもっていた。本当に私はバカだった。

ピノが私の手の中で力尽きた後、まだ温かい体をみつめながら、私はしばらく動けずにいた。ピノの黄色い羽は、いつもと同じように艶々していて、今にも「ピイョ!」と鳴きながら私の手を突きそうだった。なのに、この子がもう息をしていないなんて、受け入れることができなかった。
娘は私の横で目を腫らしてずっと泣いている。
息子は自分の部屋に閉じこもったままでてこない。
皆それぞれにショックを受けていた。

このままじゃピノ寒いね。
掌の中のピノはなんだかとても寒そうに見えた。
私はピノが大好きだった、淡い桜色のハンカチでピノの体をそっと包んだ。
えっ? 手にはハンカチ一枚分の重さしか感じられない。
本当にピノ、そこにいるの?
何度めくっても、今にも動き出しそうなピノの黄色い体はそこに横たわっていた。
薄いハンカチ一枚分もないような重さで、私達をいつも笑わせ、こんなにも癒してくれていたなんて。
ふいに目の前の桜色がにじみ、堪えていた涙が溢れだした。
あまりにもあっけないピノとの別れだった。

次の日、一面雪で真っ白になった庭のもみじの木の下に深い穴を掘り、ピンクのハンカチで包まれたピノを、穴の奥深くに埋めた。
もみじの木には、年中いろんな野鳥がやってくる。リビングの窓越しにピノは野鳥たちといつもおしゃべりをしていたから、ここならきっと寂しくないだろう。

昔、子供が進学などで巣立った後、燃え尽きて抜け殻のようになってしまう、空の巣症候群というものが話題になった。子供に全てを注ぎこんできた母親にみられる症状らしく、子が巣立った喪失感からしばらく放心状態になるという。
そんな子離れできない親になんか私は絶対にならない。
子供と私の人生は別なんだから。
だから私は、子供達に対して過度の干渉や、世話をやきすぎないように心がけてきた。
かなり厳しく躾けたし、一定の距離をとるようにもしてきた。
もしかしたら、寂しい思いをさせたのかもしれない。
その反動もあったのだろうか、私はピノをめちゃくちゃに甘やかした。
ピノが喜びそうなおもちゃをペットショップに行くたびに買い求め、一時は鳥籠中がおもちゃだらけになり、ピノが身動きすらとれなくなってしまった。
ピノにいくら突かれ、噛まれても、こら~! と怒るだけで、まあしょうがないよねと、すぐに許してしまう。
雛から育てた大事な子だから、成長していく過程も大きくなっても、何をしても可愛くて望むことはなんでもしてやりたいと思った。
いわゆるバカ親だ。
子供達からも主人からも、「お母さんはピノに甘すぎる」と笑われた。

そんなピノがいなくなり、私の中にぽっかりと空いた穴はいつまでも埋まらずにいる。
朝起きるといつものように鳥籠に向かって、おはよう! と声をかけてしまう。
外出から帰ると「ピノ、真っ暗な中ごめんね、すぐ電気つけるね」とつい声がでてしまう。
私は、そこだけ色を失ったように虚無感漂う鳥籠の周りを見つめながら、もっとああしてやればよかった、こうしてやればよかったと後悔ばかりしている。
リアル空の巣症候群になってしまった。
生活の一部になっていたピノの世話をしなくなった途端、生活のリズムが狂い、
一人ぼんやりする時間が増えた。
ピノは私達家族にとって、なくてはならない存在。
失くして初めて、その存在の大きさに気づくなんて遅すぎる。

そしてまた、私には別の別れが待っている。
息子が4月から進学で家をでていく。
もうじき私の許から巣立っていく。
今まで当たり前のようにそこにいた息子がいなくなる。
これまで私は絶対に空の巣症候群になんかならない、子育てで燃え尽きてしまうような、子供にべったり依存した母親になんかなるもんかと、自分を戒めてきた。
特に息子には、娘よりも厳しく接してきた。

だけど、私は一体何をそんなに怖がっていたのだろう。
空の巣症候群の何が悪いというのだろう? 一生懸命愛情をかけて子供を育てていれば、巣立った時に寂しさを感じるのは当たり前。
私はただ、自分が傷つくことを恐れ、愛情の出し惜しみしていただけじゃないのか。
もっとああしてやればよかった、こうしてやればよかったと、失くして初めて気付いても、もう取り返しがつかないのに。

だから手遅れになる前に、私は息子に
「誰よりも君を大切に思ってる! どんなことがあっても大好きだよ!」と、
うざがられても、怪訝な顔をされても、今のうちにちゃんと伝えておかないといけない。
美味しいものもたくさん食べさせてやりたいし、話しておきたいこともたくさんある。
もう、愛情の出し惜しみなんてするもんか。

息子といられる時間は、既に2ヵ月を切った。
一緒にいられる残りの時間、私は息子をしっかり甘やかそうと思う。

だって、失くしてはじめて気づく後悔を、ピノが身を以て私達に教えてくれたのだから。

***

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