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メディアグランプリ

ポジティブだけじゃあ生きていけない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:永田静香(ライティング・ゼミ平日コース)

 

人が行きかう公民館のロビーで泣き出した。

それはもう子供のように、しゃくりながら大泣きした。

「お母さん、聞いて。私ね、しんどかってん。辛かってん。怖かってん」

 

 

それは1月末の事、東京旅行中に友達と中華料理を楽しんでいると、実家の母から電話が鳴った。「ごめん、あさって引っ越しなんだけど、帰ってこれる?」「え、え?来週じゃなかった?」「手違いで明後日になってん」「ええ~!」

もう目の前の中華料理どころではないが、今は旅行中の身。明日最終で京都に戻って明朝始発で実家に行かなければ。

 

 

たかが引っ越しになぜそんなに焦ったのか、3つ理由がある。

1つ目は、実家には介護を受けてやっと歩ける母と、足に障害がありしかもオタクの兄の二人暮らし。引っ越しの荷物一つ梱包するのも一苦労なので「全て私が梱包するから何もしなくていいから」と伝えていた。だから全く日常生活のままだ。醤油さしやソースもテーブルに置いたままだろう。

 

2つ目は荷物の多さ。二人そろって物が捨てられないタイプ。例えば兄の部屋には読まない週刊漫画雑誌だけでも500冊はある。例えば1.8ℓのガラス瓶に入った重い重い梅干しが10瓶はある。引っ越しまでに不要な物は捨てようと思っていたのに全部持っていくことになる。

 

3つ目は引っ越し先。居ぬきの一軒家で3年前に主が亡くなった空き家を借りる。掃除もされてない、風呂は壊れてる、建てつけは悪い、つまり住めるためにはまだまだ手入れが必要なのだ。そこに明後日入居するという。

 

ミッションはこうだ。「私が実家で手伝える日数は5日間。2日で引っ越し、掃除1日、残り2日で家族が生活できる状態にする」……。

 

 

実家に辿り着いた。急な引っ越しを引き受けてくれた運送会社が大きい家具を運び出す中、片っ端から段ボールに詰める。「泥棒を捕らえて縄を綯うってこんな時に使うのかな?」そんなどうでもいいことが脳裏をよぎる。

近所のおばちゃんも手伝いに来てくれた。怒濤の引っ越しがはじまった。段取りが狂うだけで、引っ越しがこれほど大変だとは!大きい荷物を運ぶためにはその辺の家具をどかす。それが散乱する。の繰り返しで各部屋の状態がどんどん悪化する。

5トントラックで4往復。ベットやタンス、炊事場の水屋以外の家具は納屋と廊下においてもらった。それでも運びきれず散乱した家の荷物がまだまだある。散乱した室内で呆然となる。運送会社は時間切れで帰っていった。

 

夜中ひとり荷をまとめ、黙々と作業をする。兄の雑誌を10冊ずつ結わい、えんやこらと部屋から運び出す。それを両手に抱えて25往復して車に積み、捨てに行く。真っ暗な道中には月明かり。「がんばるよ、お月様」夜空を見上げてまたがんばった。

 

ふと気が付くと爪は折れ、手からは血がにじんでいた。

心配する母に「大丈夫だよ。間に合うよ」「大丈夫。元気だから」心配させないように気丈にふるまった。引っ越しの作業中、家族が心配しないようにずっと明るく務めてきた。そんな頑張りをみて、大家さんや電気屋さんや色んな人も力を貸してくれた。誰もが褒めてくれた。

 

着替える時間もおしい。それからは連日夜中2時頃まで作業をし、早朝から動き出す日々だった。何度も往復しながら荷を運びだし、納屋から引きずるように各部屋に荷物を収め、両家の掃除を終え、5日でぎりぎり間に合った。

「よかった。不自由はあると思うけど、これでなんとか生活できるね」私が言うと母はいっぱい喜んでくれた。めっちゃがんばった。ずっと母を励まし続け、ずっと笑顔でがんばり、協力してくれた皆さんに心から感謝した。怒濤の引っ越しはこうしてひと段落したのだった。

 

 

数日後、母から電話が鳴った。「正月用の皿がないんやけど知らんか? もしかして引っ越しの最中に盗まれたんやろか?」私は公民館の廊下の椅子に座っていた。「いや、ごめん。誰も盗んだりしてない多分捨ててる。あまりの食器の多さに破棄したの。私が判断してかなり捨てた」先に述べたように物が捨てられない我が母。もう10年以上使用もしていない食器が山のようにあったのだ。

 

なんだろう。なんだろう。我慢できなくなって電話でこう叫んでいた「お母さん、お母さん、聞いてくれる? ごめん。私ね、私ね、ほんまはね、一人でめっちゃしんどかってん。辛かってん。退去の日に間に合わなかったらどうしようかと怖かってん。必死やってん」しゃくりながら泣いていた。私はいったい何歳のガキなんだと笑える位に泣いた。

 

努めて明るく前向きにポジティブに頑張った代りに、ネガティブな感情は小さな箱に入れ心の奥に閉じ込めた。でもそれは本音だったから吐き出したかったんだ。「なんで私がオタクの兄の後始末をせんとあかんねん!」「お母さんはどれだけモノに執着があるねんっ!皿位でグダグダ言うなっ」いい子ぶってる私の本音がその小さな箱には溢れんばかり閉じ込められていたのだ。弱音を吐きだしたかったのだ。

 

 

ポジティブは素晴らしいと思うが、それだけじゃあ生きていけない。自分の本心を隠すという事は自分に嘘をついているのと同じで、それは澱のように心の中に蓄積されている。

弱い自分もネガティブな自分も全部受け止めよう。

 

私は後日友達にも愚痴って心が解放された。道中には月明かり。あの時と同じように月は笑って見守ってくれた。

 

***

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2018-02-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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