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プロフェッショナル・ゼミ

おもりを土台に変えていけ!《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:久保明日香(プロフェッショナル・ゼミ)

「失敗は成功の基」なんていうけれど、失敗するとやはり、へこむのが人間だろう。
私自身、失敗をかなり引きずるタイプだ。告白に失敗したとき、時間をかけて準備したプレゼンテーションが失敗に終わったとき、気合を入れて作った料理を焦がしてしまった時……。
私が「だめだった」と失敗を認識するとそれは何週間も、ひどい時は何か月も心の中から離れなくなる。幸い、時間が経てば自然と忘れていく出来事の方が多いのだが、それが数値化され、目の前に突き出されるとなかなか忘れられない。

今、私の心を蝕んでいるのは「1.8」という数字である。

この数字は一体どこからやってきたのか。

それは約3週間ほど前に私の目の前に現れた。

私は天狼院書店の小説家養成ゼミを受講中である。
元々、書くことが好きだった私はひょんなことから天狼院書店の存在を知った。その中の小説家養成ゼミという講座に興味がわいたのだがそれを知った時期と開講時期がうまく合わなかったため、まずは、ライティング・ゼミを受講することに決めた。
ライティング・スキルを磨き、小説家養成ゼミに挑もうと思った。

そして2018年1月、待ちに待った小説家養成ゼミがスタートした。

ライティング・ゼミは毎週、記事を提出し、評価をいただき、OKが出ればWebに掲載される仕組みだ。一方の小説家養成ゼミは月に一度、プロットを提出し、いくつかの項目ごとに評価され、その値が数字となって目に見える形でフィードバックされる仕組みになっている。

最初の提出課題のフィードバックが1月の下旬にあった。そして、私の評価の平均値は、10段階中1.8だった。全部がまるっと、「駄目だ」と言われたような気がした。半年ほど天狼院書店のライティング・ゼミで鍛えられ、それなりに文章が書けるようになったと思っていた。落とされることにも耐性がついたと思っていた。いつもなら「よし、次!」と上手く切り替えられるのだが今回の数値化された評価は私の心からどうしても出て行ってくれないのである。

私は過去にも数値の評価に悩まされた経験がある。その時はその数字を力づくで心の奥の檻に入れ込み、鍵をかけて閉じ込めた。だがしかし、今回、新たに出現した「1.8」に気を取られたことで過去の檻への警備が緩み、閉じ込めていたはずの数値が出てきてしまった。

それは、学生の頃のことだ。

私は数学と理科が好きだった。
将来は理系に進み、工学部に行って機械関係の仕事につきたいとまで考えていた。だから高校では理系に進むのだと心に決めていた。

進学先の高校は1年生の前期に物理と生物を、後期に化学と地学を勉強し、その後、2年生になった時にそのうちの2つを選択するというカリキュラムだった。
私は当然、物理と化学を選択し、勉強をする……はずだったのだがそんなにうまくいかないのが人生なのだろう。

1年生の時の物理の中間テストが、私の進路を大きく変えた。

物理の先生は若くて美人で授業がわかりやすい、そんな人気の先生だった。
わからないところがあれば気軽に質問にも行けた。狭い机に横並びになって問題を共に解き、出てきた解答に対して先生と2人、全力で喜ぶ。私は解けた時の達成感を味わうことができたし、先生も嬉しそうだった。だから昼休みや放課後に質問に行くことが楽しかった。

そんな先生のおかげで私は物理が好きになった。テストでは自分のためにも、先生のためにもいい点数を取ろうと決心し、テスト前は物理の問題集ばかりを解いていた。

自信満々で迎えた中間テスト当日。
先生の「はじめてください」の合図とともに問題用紙と解答用紙を表に向けた。
静まり返った教室の中で問題用紙を読み進める。大問は5つ。どれも途中式や解法を書くタイプの記述式の問題だった。

カリカリカリ……と解答を記述していく。だが次第に焦りが出てきた。というのも、似たような問題を、絶対に解いているはずなのに、どの大問もそれらしい解答が導き出せなのだ。私は何度も何度も頭の中をスキャンした。覚えた解法のどれにあてはまるのか検索をかけたのだがどれにも該当しない。そんなはずはない、と思う一方で時間ばかりが過ぎていく……。結局、5つの大問全て、記入できたのは途中までだった。もやもやが残ってしまうテストだったが、きっと部分点はもらえているはずだ、そう思っていた。

そしてやってきたテストの返却日。
「はい、じゃあ今からテストを返します。もしかして難しかったのかな? ちょっとみんな出来がよくなかったよ~。平均点が50点。先生の狙いは60点想定だったんだけどな。とりあえず、まずは返却します。その後、間違いが多かった問題を解説しますね」

そう言って先生はあいうえお順に名前を呼んでいく。
「久保さん」
私の名前が呼ばれ、ドキドキしながら教卓へと向かう。渡された解答用紙の右上の点数欄を見ると
「21」と書かれていた。

……21?

私はその回答用紙を二度見、いや、三度見した。平均点の半分にも満たない。つまり、あれだけ勉強時間を費やした物理が学年の中で平均以下。いや、下から数えた方が早いということをこの「21」という数字が表していた。

その日の授業の、“間違いが多かった問題の解説”については、先生には申し訳ないが全く覚えていない。テスト返却後、私は放心状態だった。
あれだけ練習問題を解いたのに。先生にも沢山質問をして理解していたはずなのに。その気持ちがずっと私の心から離れなかった。

私の心はそれからも「21点」に蝕まれ続けた。中間テスト以来、物理準備室に足を運ぶことも無くなった。あれだけ何度も質問に行ったのにひどい点数を取ってしまったことから先生対しても申し訳ない気持ちでいっぱいになり、距離を取るようになった。

「21」は日々、私の心の中でおもりとなった。次の期末テストで物理の勉強をしよう! というモチベーションに結びつかなかった。勉強をしてもまた悪い点数を取ってしまうかもしれない……それが怖かった。テスト勉強をほとんどしなかった結果、21を下回る最低点を叩きだした。今回は勉強をしていないかったことが自分でもわかっていたため、ショックはそんなに大きくはなかった。当然の結果だった。このとき私には物理と向き合う気力なんて残っていなかった。

そして私は物理を選択するのをやめた。工学部に行くという夢はそこで途絶えた。

その10年後、まさか今度は別の数字に悩まされるなんて思っていなかった。今私の目の前に立ちはだかっているのは「1.8」。この数字の嫌なところと言ったら、割合的に「21」と似ているところである。100点中21点と10段階中の1.8。非常に近しい。「21」と向き合わずに大人になったことへの「21点の祟り」なのではないかと思っている。

「頑張った結果、評価が1.8だったんでしょ? もういいじゃん。ちょっと書くのをやめて休憩しよう? ほら、好きな芸能人が出ているバラエティ、あと5分で始まるよ?」
テレビの前のソファーに座った私の頭の中に悪魔のささやきが響いた。だがそのささやきを押しのけるように
「1.8を取ってしまったけれどまだ1回目じゃない! この前聞いたフィードバックを参考に、また書き直してみようよ。ライティング・ゼミのときだって初めて掲載されるまで時間がかかったのを思い出して!」
と前向きに書くことを促してくれる天使のささやきも聞こえる。

私がどちらの声を信じるべきなのか、頭ではわかっている。
だけど、なんだか重いのだ。背中に「1.8」という子なき爺を背負っているかのように「1.8」は日に日に重くなり、べったりとへばりつき、私の心を蝕んでいく。このまま「1.8」に飲み込まれたら私は小説家養成ゼミどころか、ライティング・ゼミへの投稿もできなくなってしまう、そんな気がした。テレビからはバラエティ番組のオープニング音楽が聞こえてくる。

「このままじゃだめだ」

私はテレビを消した。

そして、「1.8」と向き合う準備を始めた。
まず、自分の書く環境を整える。パソコンの前に座り、無音状態を作る。毛布を膝にかけ、足元にはヒーターを置く。
「学生の頃、テスト勉強はどうやって進めていたっけ?」 
確か、参考書を開き、理解をし、例題を解く。それを繰り返した気がする。
そこで私はFacebookのグループページへとアクセスする。他の受講者のプロットが、今の私にとっての参考書になるはずだ。いくつか読み込み、理解をする。人のプロットを読み、それに対する評価を読む。良いところは真似できるように。悪いところは反面教師に。そう思いながら読み進める。

なかなか大変な作業だ。正直、しんどい。上手く書けなくたって死ぬわけじゃないし、1.8でもいいか。また心の中の檻に「21」と一緒に封じ込めばいいかなんて考えが浮かぶ。そんなことを思いながら机に肘をついて私は手のひらを見つめていた。そして何気なく手と手を合わせたその時、物理準備室の小さな机で先生とハイタッチをした記憶がよぎった。
問題が解けた時の達成感と喜びを、私は今でも覚えている。確かに点数は悪かったけど、諦めるのがあまりにも早すぎたかもしれない。

あの時向き合わずに逃げたのは私。
10年経って、何も成長していないのか、私!

そんなの、嫌だ! かっこ悪すぎる!

ゆっくりでいいから、まずは土台を作るところから始めてみようと思った。
三匹の子ブタの家だって、藁の家、木の家はすぐにつぶれてしまった。でも、レンガで作った家は簡単にはつぶれなかった。あれは、土台がしっかりしていたからだ。私の足元に広がる地面は今、アイディアや過去の思い出が手入れされずに散らかっている状態だ。そこに「21」と「1.8」のおもりを外して置く。重みがあるから土台作りにはきっと丁度いいだろう。そして心に積もった山を切り崩して、地面とならしていこう。その上をしっかりと踏みつけるときに、おもりの力を利用しよう。そして固くて強い地面に仕上げるのだ。その上に、新たな丘を築き上げる。最終的には「21」も「1.8」もその中に埋めていこう。きっと強い土台になって私を支えてくれるはずだ。

すこし上からの景色を見ることができるまで、まだ時間はかかるけれど、そこからの景色はきっと、いつもと違って見えるに違いない。

***

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