プロフェッショナル・ゼミ

なぜ「若さ」は恐ろしいのか。《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:高浜 裕太郎(プロフェッショナル・ゼミ)

「僕ぁね、若い時に戻りたいとはね、思わないんだよ」
今年で50歳半ばになろうとしていた、その大学教授は、私に向かってこう言った。
その教授は、私と同じ学科の先生だったけれども、今まで機会が無く、面と向かって話したことが無かった。だからその日は、私にとって、教授と初対面した日だった。
「君は、何歳かね」
学科のあるパーティーで、たまたま同じテーブルに座ったその教授と私は、自然と話すようになっていた。そんな中、突然教授が、私に向かって尋ねたのだ。
「はぁ、今年で21になります」
私は、教授の質問の意図が分からずに、少し控えめにそう答えた。すると、教授はニカッと歯を見せて笑い、こう言った。
「おお21か。いいねぇ。これから、色んな景色が見えてくると思うから、それらをしっかりと見ていくんだよ」
教授は、禿げ頭を光らせながら、こう言った。お酒も入って、顔が赤くなっている。教授は、大層機嫌が良いように見えた。
「はぁ、けれども、私は若いって良い事だと、あまり思えないんです」
少々お酒が入っていた私は、教授のアドバイスを、はいはいと聞いておけばいいものを、こう口答えをしてしまったのだ。
「ほう、というと?」
教授は、思いの外興味を示した。少し身体が前のめりになっている。私が放つ引力に寄せられているみたいだ。
「若いと馬鹿にされることが多いです。若いイコール、何も知らない青二才と思われてしまって。まぁ、それは事実なんですけど、いい気分はしないです」
私は、まるで人の悪口を言う時のように、ブツブツと教授に向かって話し始めた。すると、教授は、またニカッと笑って、こう言った。
「うん、そうだね。僕もね、若い時そう思っていた」
まさか自分の意見を肯定されるなんて、思ってもいなかった私は、少々驚いた。こんな話を、まさか私よりも30歳近く上に年齢の人にすることになるとは思わなかったし、それが受け入れられるとは思わなかったからだ。
教授は、話を続けた。
「僕もね、若い時は、早くおじさんになりたいと思っていた。早くおじさんになって、若い奴らに説教を食らわせたいと思っていた。説教は、される側よりも、する側の方が、圧倒的に気持ちが良いからね」
教授のその言葉には、私も同意した。今私も、そう思っているからだ。
教授がそう言った後、少しの沈黙があった。そして、教授は、再び私の方を見て、前かがみ気味になってこう言った。
「僕ぁね、若い時に戻りたいとはね、思わないんだよ」
顎に生えている無精ひげを右手でいじりながら、教授はこう言った。顔はリンゴのように赤くなっている。相当、お酒を飲まれたのだろう。
「おじさんたちに馬鹿にされるからですか?」
私は、この回答に、わりと自信を持っていた。けれども、教授はまたニカッと笑った後、こう言った。
「それもある。けれども、最大の理由はそれじゃない。さぁて、なんでしょうか?」
教授は、私になぞなぞでも出しているような顔だった。いや、実際にクイズは出されているんだが、とにかく50代には見えない、子供っぽい顔をしていた。
私は、その答えが、結局分からなかった。そして、答えを聞くことなく、パーティーは終わった。

パーティーから1年後、私は就職活動に取り組んでいた。
巷では、「売り手市場」なんて言われて、求人倍率が何倍というニュースも頻繁に見る。けれども、それは事実ではないと私は思っている。いや、事実ではないは言い過ぎだが、「売り手市場」は、私とは関係の無い所で、どうやら進んでいるらしかった。まるで、別々の川の流れのように、決して交わることが無く、縁の無いもの。私と「売り手市場」の関係は、そんな関係だった。
実際、私は就職活動で苦戦した。
来る日も来る日も、何枚も履歴書やエントリーシートを書く。ほぼ同じ内容だが、それで選考を通過しないことが分かると、微調整を加える。そして何度か微調整をしながら、就職活動を行っていく。
「はぁ、疲れた」
就職活動を始めてから、こんなセリフ何度言っただろう。正直、私は就職活動をなめきっていた。「何とかなる」と思い込んでいた。
大学の成績も悪い方ではなく、研究の方も、そこそこ良い評価を貰えていた。それらは、自分で努力らしい努力をせずに得たものだった。努力というのは、辛く、厳しいものである。何度も自分に負けそうになりながらも、積み重ねていくのが努力だと、私は思っている。けれども私は、大学の勉強や研究において、あまり努力したという実感がない。おそらく、それは努力ではなかったのだろう。けれども私は、学問に関しては、そこそこ良い評価を貰えていたのだ。
だから、就職活動も、そんな姿勢で良いと思っていた。いつも通りやれば、そこそこの結果がついてくる。なにも不安がる必要はない。なんとかなると、自分では思っていた。
結果的に、何とかならなかった。
就職活動の終盤の12月になっても、私のもとには1社も内定が無かった。就活生を戦士と例えるならば、私は武器を1つも持ってはいなかったのだ。他の人は、3つも4つも武器を持っている人がいた。羨ましかった。
その時、私は自身の身の丈を知った。「自分は、思ったよりも出来が悪い奴」だということを、認識することが出来た。謙虚でいれば、そんな気持ち、すぐに気付いたはずだが、私はどこか驕っていたのだ。
そして同時に、「早く就活終わらせなさい!」という親からのプレッシャーや、次々と内定を獲得していく友人達といった、私にとって都合の悪い存在が見え始めた。彼らを見ていると、ある感情が、まるで津波のように押し寄せてきた。
それは、「不安」という感情である。
自分はこれから、どんな会社に入るのだろうか、そもそも、社会人になれるのだろうか、これから自分はどうなるのだろうか。そんなことが、私のもとに一気に押し寄せた。まるで、暗い海を、コンパスも灯台も無い中で進んでいるかのようだった。果たして、自分がどこに向かって進んでいるのかさえ、分からなくなってしまった。
幸いにも、こんな私を採用してくれる会社が見つかり、会社員にはなることが出来た。けれども、会社員になったらなったで、別の種類の不安が押し寄せてきたのだ。
「このまま、この会社で一生を終えるのだろうか」「これから自分は、どんな仕事をすることになるのだろうか」
人が仕事をする時間は、40年とも言われている。いや、ひょっとすると、もう少し延びるかもしれない。
そんな膨大な時間の単位で見た時、あと何十年この会社に居て、どんなキャリアを過ごすのか、全く見当がつかなかった。
そこで私は、ある感情を覚えたのだ。また、「不安」という感情を覚えたのだ。社会人になってまで、こんな感情を覚えることになるとは、学生の頃の私は思っていなかった。

今は会社員になって3年くらい経つが、まだ不安だ。もうすぐ25歳にもなろうという男が、未だに不安がっているのだ。
私は、この記事を書くにあたって、自身の中にあって、中々消えてくれない「不安」と、しっかり向き合ってみようと思ったのだ。
そもそも、なぜ不安なのだろうか。不安なのは私だけなのだろうか。
なぜ私は不安なのか。それはおそらく、「将来が見えない」ということに起因していると思う。
私には夢がある。将来的には、この文章を使って、言葉の力を使って、生計を立てたいという夢がある。この記事を書いているのも、その夢を実現させる為なのだ。
けれども、夢には必ず、不安というものが付きまとう。私の中の悪魔がこう囁くのだ。
「本当に、文章だけで食っていけるのか?」「お前は、本当に夢を叶える気があるのか?」
そんなことを、悪魔たちは私に向かって言ってくる。その囁きが、私の不安をさらに助長するのだ。
そして、その悪魔たちの囁くに、尻すぼみしてしまう私もいる。ビビってしまうのだ。そうなる度に、私は不安になってしまう。「私の将来は、一体どうなってしまうのだろうか」と。

そう、私を不安にさせるのは、「自身の将来を憂う気持ち」だ。例えば、誰かが私に、「あなたはライターとして絶対にやっていけます。安心してください」なんて言ってくれたら、私は不安がらずに済むのかもしれない。けれども、実際そうではない。自分の道は、自分で切り開かなければならないだろう。
人生とは、時に船であると、私は思う。目的地がはっきりとしていて、そこに着く為には、どの海路を辿るのが正解で、コンパスもきちんと持っている。そういう人は、不安を最小限にすることが出来るだろう。
けれども、私のように、目的地ははっきりとしているけれども、そこに着く為に、どういう海路を辿ればいいか分からない。ただ、前に向かって漕ぎ続けている。けれども、向かい風のせいで、後ろに下がっているかもしれない。私はそんな船だ。だから、私は不安なのだ。
「この船は、一体どこに辿り着くのだろうか」
そんな不安をいつも持っている。

こんな感情を抱くのは、私だけなのだろうか。私が考え過ぎなのだろうか。
そんなことを考えていたある日、たまたま大学時代の友人と、お酒を飲んだ。「不安」が頭の中を支配していた私は、その友人に尋ねてみた。
「なぁ、お前って、将来に不安とかある?」
すると友人は、少し怒り気味で、こう返してきた。
「あるよ! なんだよ、俺そんなに悩み無さそうに見えるのか?」
いや、そう言う意味ではないと宥めながら、私は友人に、自身が抱えている「不安」について話した。すると友人はこう答えた。
「そりゃー、お前だけじゃねぇよ。俺も不安だし、たぶん俺の周りの奴も、不安は持っている。俺らより少し上の年代になると、地に足が着いている感じはするけどな」
友人はこの話を始めてから、お酒を飲むペースが上がったようだった。けれども、顔色1つ変えずに、こう続けた。
「お前の理論でいけば、俺はもっとひでぇぞ。俺の場合、辿り着きたい目的地なんかねぇからな。自分でももう、漕いでいるのか、いないのかすら分からねえ。風の吹くままに流されているだけさ」
少し澄ました顔で、こう言った。こいつは同い年だが、その時だけ、私より少し年上に見えた。
「けれどもな、俺もさ、出来れば良い島に辿り着きたいと思ってるんだよ」
そう言って、友人は半分くらい残っていたビールを勢い良く飲み干した。そして、少し大きな音を立てて、テーブルの上にグラスを置いた。
私は、その様子をじっと見ていた。そして心の中で、私は友人に詫びた。

その友人の様子から見るに、誰しも不安を持っているのだと思う。特に、若い人はそうだと思う。浮足立っている人もいるし、どこに行くか分からず、漂っている人もいる。私のように、闇雲に進んでいる人もいる。
要するに、若い人というのは、海の上にプカプカと浮かんでいる状態なのだ。目的地に辿り着くことが、まだ出来ずにいる。プカプカと浮かんでいる状態なのだ。
そして、もう少し歳を重ねれば、ようやく島に辿り着けるのだろう。

そこまで思考が辿り着いた時に、私は以前、教授が出したクイズの答えが分かった気がした。
教授も、おそらく不安だったのだ。研究ばっかりして、自分はちゃんと生計を立てられるのだろうか、不安だったに違いない。だから、あの時には戻りたくないと、教授は言っていたのだと思う。

若い時というのは不安だ。暗い海の上に、浮かんでいるだけだから。けれども、どこに自分が辿り着くのか、興味がある。目的地に辿り着けるのか、全く別の場所に辿り着くのか。
答えは、何年、何十年か後の自分しか知らない。けれども、この「不安」を感じられるのも、今のうちだ。
教授は嫌がったかもしれないが、私はこの「不安」をしっかり楽しみたいと思う。なぜなら、それが人生、若さの醍醐味だと思うから。

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