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認知症の父と病院、人生初めての光景


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記事:筒井洋一 (ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「さあ、みなさん、一緒に手を挙げましょう。それから、手を開いて、次は手を閉じましょう」
 
五年間、父を老老介護していた母が、積年の介護疲れで転倒して骨折し、一ヶ月入院を余儀なくされた。母の入院よりもやっかいな問題を解決するために、すぐに実家に戻った。それは、認知症を患った父に、母の容態を知らせるためであった。
 
父はこれまで何度か短期入院したが、その度に不適応を起こしたのだった。父は、いったん入院すると一生自宅に戻れないのではという強烈な不安感を抱いていたために、今回入院を勧めても強く反発することが予想された。父の気持ちがどうであれ、まずは父の主治医に翌日からどこかの病院で入院できるように尽力して欲しいと懇願した。
 
「緊急事態なので病院をあたってみますが、必ずしも患者さんにとって快適でない場合がありますが、それはお許し下さい」
「もちろん、それは了解しています。よろしくお願いします」
 
たとえ主治医の協力が得られても、私一人で父を説得できるとはとうてい思えない。そこで、翌日、姉にも来てもらって子供二人が揃ってお願いする形式を整えた。まず、私から父に話した。母が骨折して一ヶ月入院すること。その間は誰も父を世話することができない。そこで、母が戻ってきたら、退院できるので父もしばらく入院して欲しい、とお願いした。予想通り、父は猛反発し、何が何でも一人で生活できると言い張った。
 
どうみても自活できない父の言い分を突っぱねることは簡単だが、無理に入院させることもできない。長年、父との葛藤を抱えた私が言っても、父がうんと言わなかった。説得に疲れ果てた後に、姉が父の肩を抱きながら言った。
 
「それじゃ、A先生(主治医)に入院しないといけないか聞いてみて、先生が入院した方が良いと言えば入院しようね」
 
姉は父が同意するための最後の一手を出した。子供の言うことは聞かなくても、いい患者に見られたいと思っている父は主治医の言葉には従おうとする。主治医と事前に打ち合わせた上で、病院に行った。主治医から父に入院を勧めたら、嫌がるかと思ったが、あっさりと承諾した。まさに医は仁術であった。
 
もっとも、無理を言って入院させてもらった病院だったが、そこには、一般病棟しかなく、認知症以外にも多くの病気を患っている父を看護するのは無理があった。トイレを済ませた後に、自室がわからなくなった父が間違って別の病室に入ったり、点滴の針を刺したままトイレに行き、ベッド、廊下、トイレが血だらけになったこともあった。昼間だと看護士がなんとか繕ってくれるが、夜間だとすぐに自宅に電話がかかってきて、父が困った事態になったと連絡が入る。病院は、父を自宅に連れ帰ってほしいと願っているが、私は、父を一度自宅に帰すと二度と病院に戻りたくないと言われかねない。そこで、夜間は私が病院に泊まって父の看護をすることにした。粗末な簡易ベッドで寝るのが苦痛でこれは苦しかった。
 
一般病棟では、病気を抱えた老人に対する特別な看護はかなり制限される。入浴介助する人材が不足しているようで、父はあまり入浴させてもらえなかった。そこで代わりに私が入浴させることになった。今から考えると、ずぶの素人が見よう見まねで介助するというかなり問題のあることをやっていたが、この経験は、今、母の入浴介助に大いに役立っている。介護者と患者との呼吸を合わせるとスムーズに行くのだ。
 
父にとっては居心地が悪い病院であった。しかし、それでも受け入れてくれるだけでありがたかったので、できるだけ長く入院してほしかった。ところが、二ヶ月経過すると医者から「受け入れは三ヶ月が限度なので、別の病院を探して欲しい」と言われた。医者が患者の親族に自力で病院を探すことを求めたことはショックだった。どうして医療関係者でもない家族が転院先を見つけないといけないのか。なぜ病院が相談に乗ってくれないのかといらだったが、ここには患者の転院先を探してくれるソーシャルワーカーがいなかったのだ。そこで、仕方なく主治医に再度お願いしたところ、ありがたいことに他県の施設を確保してくれた。
 
新しい施設は老人施設なので看護側も老人向けの対応をしてくれる。ただ、きっと父が問題を起こすだろうと思っていたので、自宅の電話が鳴る度に病院からかとひやひやしていた。しかし、幸いなことに病院からの電話はなかった。
 
一週間ぶりに見舞いに行ったら、病院の廊下には、患者の作品が展示してあった。ふと見たら父の名前がある。折り紙でチューリップの花をかたどった作品だ。患者全員が手を挙げて、結んで開いてをしている写真もあった。なんとそこには一緒に手を挙げている父の姿があったのだ。
 
先の病院ではお遊戯や習い事を極端に嫌がっていた父がみんなと一緒にしているではないか。食堂でみんなと一緒に食事もしている。絵本を読んだり、記憶力を確かめるクイズを担当していた理学療法士からは、父が昔の仕事について語ったことや記憶力の良さを誉められた。自分が輝いていた頃のことを父は鮮明に覚えていたのだった。
 
かつて病院では一度もいい思いをせず、看護側ももてあましぎみであった父が、ここでは気持ちよく過ごしている。人生最後の時期にまさか父が楽しそうに入院生活を送る光景を目にするとは思いもよらなかった。
 
人間はどういう状態になっても、自分のいい時期のことは覚えているし、それを他から認められることはうれしいものだ。私と父との葛藤については何も解決しなかったが、むしろ父のこの姿を確認できたことが大切だと思う。施設の方に最後の挨拶をした時には、ただただ感謝の涙が止まらなかった。
 
「父は、最後に本当にいい人生を送ることができました」
 
 
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2018-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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