メディアグランプリ

ロシア人がピロシキみたいだった話


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記事:羽田さえ(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
ロシアへ旅行に行って、驚いたことがふたつある。
ひとつは、自分がピロシキだと思っていたものがロシアには無いということ。そしてもうひとつは、ロシア人がとにかく親切だということだった。
 
本場のピロシキは、そっけないほどつるりとした、大きくて茶色いパンだった。春雨や挽き肉、ネギなどが入った揚げピロシキは、日本風にアレンジされたものだったのである。
 
市場に売られているピロシキの中身は色々だった。豆と肉をトマトで煮込んだもの、つぶしたじゃがいも。卵と野菜を炒めたもの。こってりしたクリームや、色とりどりのジャムが入ったスイーツ系もある。どれも安くておいしかった。
 
そしてピロシキ以上に驚いたのが、道行くロシア人がとてつもなく親切なことだった。
 
世界中から多くの旅行者が集まる街ならば、観光客慣れした住民が世話を焼いてくれることもあるかもしれない。しかし私が歩いたのは極東ロシアの、ウラジオストクという港町だ。人口は60万人ほどで、かつては重要な軍港があったために外国人の出入りが制限されていたような街なのだ。
 
同行していた友人と、どこへ行こうかと話しながら交差点で立ち止まっていたら、向こうから歩いてきたおばちゃんが話しかけてくる。もちろんロシア語だ。何ひとつ分からない。
きょろきょろしていた私達を見て、道に迷っているのかと心配してくれているようだ。
すみませんロシア語分かりません、と日本語で、そして下手な英語で言ってみるが、おばちゃんは気にすることなくロシア語一本で攻めてくる。
 
びっくりするくらいお互いの話は通じないのだが、とにかく一生懸命に話をしてくれる。看板を指さしたり、全力で身振り手振りを駆使したりしての説明が続く。
 
言葉が全く通じなくても、そんな調子なのである。もし少しでも互いの意思疎通がはかれる場合には、どんなことになるか。
 
翌日の午後のことだ。友人と二人で、ガイドブックを片手にロシア料理店を目指していた。ショッピングモールの最上階に、言葉が分からなくても指差しで注文できるロシア料理のカフェテリアがあると書いてあったからだった。
 
しかし着いてみると、そこは日本のショッピングモールにもよくありそうな、フードコートになっていた。ハンバーガーやインドカレー、ピザの店などが並んでいる。ガイドブックに載っていたロシア料理のカフェテリアはなくなってしまったようだ。
 
あきらめて帰ろうとしたところ、近くのテーブルでお茶を飲んでいたロシア人3人組に英語で声をかけられた。
 
どうしたのだ、何か食べたいのか、旅行か、どこから来たのだ、次々に質問が飛んで来る。
 
日本から観光に来た。ここにロシア料理の店があるとガイドブックに書かれていたのだ、おずおずと答える。
 
最近改装されたので、その店はもうない。ロシアは初めてか、何を食べたいのか、ロシア語は全くできないのか、ここにあるのはアメリカとインドとイタリアの料理だけだ、彼女らの話は止まらない。
 
初めてのロシア旅行に来て3日目だが、ロシア語は分からない。まだボルシチも食べていないのだと答える。
 
3人の表情が変わり、大騒ぎになった。早口のロシア語の会話に変わったため内容は分からないが、議論が白熱している。とにかくボルシチだけは食べて帰さないと! 何とかしてこの日本人たちにおいしいボルシチを! などと言っているようだった。
 
持っていた日本のガイドブックを見せる。いくつか並んでいるレストランの情報から、あれこれ相談した末に、ここぞという店を選んでくれた。
 
大丈夫か、道は分かるか、ちょっと遠いから私達の車に乗って行きなさい。たしか英語のメニューがあるから頼むと良い、ボルシチの他にはビーフストロガノフもおすすめだ。彼女たちの段取りとアドバイスは終わらない。
 
見知らぬロシア人の車に乗ることに少しためらいもあったが、それまでの様子と会話の内容から大丈夫だろうと判断し、素直にお世話になることにした。
 
移動中も、シベリア鉄道について、あるいは博物館についてなど、ちょっとした観光ガイドまでしてくれた。ひそかに警戒したことを後悔してしまうほど、彼女らはただ親切だったのである。
 
考えてみれば、ロシアは心理的に遠い国だった。東西冷戦なんてずいぶん昔のことだと思っていたのに、今もどこかでその構図を引きずっているのかもしれない。ロシア人のことを、自分は何ひとつ知らなかった。
 
ロシア人は、ピロシキみたいなものかもしれない。
 
一見ざらっとしていて大きくて、何だか重たそうにも見える。しかし食べてみると、意外なほど繊細でやさしい味がする。さまざまな持ち味があって、どれも魅力的だ。
 
そんなことを考えているうちに、車は目的のレストランに着いた。彼女たちがすすめてくれた老舗ロシア料理店の名は「ノスタルギーヤ」。郷愁という意味のロシア語だった。
 
彼女たちはペンを手に取り、滞在中に何か困ったらいつでも電話してねと言って連絡先を教えてくれた。
 
彼女たちからあふれる優しさと、出会いのはかなさ、そこから来る言いようのない淋しさが全部混ざって押し寄せてきて、私は少しだけ泣きそうになった。
 
泣きそうなのがばれないように笑顔を作って、おいしいピロシキはどこに売っているのと最後に聞いてみた。
 
ピロシキは駅前の市場で買うのも良いけれど、おばあちゃんの家で食べる手作りのやつが最高なんだよという答えが返ってきた。
 
ロシア人は、ほんとうにピロシキみたいだ。ロシア人の体の半分くらいは、おばあちゃんの手作りピロシキでできているのだろう。
 
 
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2018-03-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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