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メディアグランプリ

幸運の失効パスポート


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:渡邊壽美子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「パスポートのお名前が違います」
そんなメッセージが、空港の国際線チェックイン機に表示された。
「あれ、おかしいなあ。間違いなく私のパスポートなのに……」
私は、チェックインの機の前で、自分のパスポートを必死で機械に通していた。しかし、何度やっても同じメッセージが表示される。さすがにおかしいと思ったのだろう。係員のお姉さんが、にこやかに近寄ってきてくれ、調べてくれた。
 
「お客様、パスポートのお名前が違うようです」
機械と同じことを言われているのだが、人間のお姉さんに言われて、初めて受け入れることができた。あれ、新婚旅行には旧姓で行ったのだっけ。いや、違う。入籍してから新婚旅行に行ったから、旧姓のパスポートではないはずだ。頭が混乱していた。
 
しばらくして、やっと旧姓のパスポートを持ってきてしまったことに気が付いた。会社では旧姓を使っているため、旧姓のパスポートになんら疑問を感じなかったようだ。やれやれ、やってしまった……。どうしよう……。
 
家族も事態の重大さに気づいた。
「ごめん。パパ、はーちゃんと二人で行ってもいいよ」
と私は謝ったが、
「それはないよ……」
と言われた。
「なんで、行けないの? シンガポールって今日は閉まっているの?」
と、娘が泣き出してしまった。
「ごめん。はーちゃん。ママが悪いの。ごめんね……」
結局空港でご飯だけ食べて、準備万端のスーツケースをもって自宅に帰ることになった。夫は、ご飯を食べているときも、帰り道も終始無言だった。温厚な夫も流石に怒っているだろう。本当に申し訳ないと思った。
 
勤続20周年の休暇。家族で少し奮発して、シンガポールに行く予定だったが、私のこの大失態でチャラになってしまった。新人のときは、永年勤続なんてと思っていたが、いざ自分がその立場になってみるとありがたいものだ。育児休業から復帰して、残業ができない分、朝4~5時に起きて娘を抱えて、授乳しながらパソコンに向かって仕事をする毎日だった。休みをもらって家族とゆっくりできるのは本当にありがたいと思い、楽しみにしていた。
 
スーツケースをレンタルして、荷造りして、空港まで行って、さあ出発! というピークでこんなことになってしまった。まるでコントだ。
次の日、夫は
「仕事忙しかったから、ちょうどよかったよ。仕事に行くよ」
と言って、仕事に出かけてしまった。怒っているのだろうと思った。
私もこのときばかりは相当に落ち込んだ。母に報告したところ、ディズニーランドに行こうということになり、母と私と娘の三代でディズニーランドに行って、少し気分転換になった。
 
その夜、夫が紙袋を持って帰ってきた。
「新婚旅行で買ったお財布、古くなっていたから」
と、きれいなピンク色のお財布を買ってきてくれたのだ。メッセージカードに
「ママ、シンガポールは残念だったけど、勤続20周年お疲れ様」
と書いてあった。夫と結婚してよかったなあと心から思った。もし私が夫だったら、私を相当責めると思う。夫は私を一切責めることなく、プレゼントまで買ってきてくれた。これには、正直驚いてしまった。私が死ぬときは、絶対このエピソードを思い出すだろう。いい思い出ができた。
 
その翌日、まだ、休みがたくさん残っていたので、私は普段できないことリストを作ってみることにした。家の大掃除や片付け、役所に行ったり、病院に行ったり、買い物に行ったりする用事をリストアップし、片付けから始めることにした。
 
山になった書類の片付けをしていたら、娘の「視力の再検査」の診断書が出てきた。娘の3歳児検診のとき、私が忙しくて、夫に保健所に行ってもらっていたのだった。眼科の再検査に連れていくよう、夫が言っていたような気がするが、すっかり忘れていた。眼科に予約の連絡を入れ、娘と一緒に出かけた。娘は眼球に風がかかる検査をどうしても嫌がったが、その他の検査は一通り、なんとか終わって、眼科の先生からお話を聞く順番になった。先生は、
「弱視で、視力が育っていないので、眼鏡をかけて治療する必要があります」
と言った。
「どのくらい深刻なんですか?」
と聞くと、
「治療をしないと何ともいえません」
とあいまいな返事だった。
 
帰宅して、インターネットで調べると、事態の重大さに気づいた。子供の視力は生まれたときは0.05くらいで、徐々にきちんと見えるようになるらしい。7歳くらいまでに視力は完成するという。その間、きちんと見えていない状態で生活すると、視神経が育たず、眼鏡をかけても一生クッキリ見えない状態になってしまうらしいのだ。だから、小さい子がときどき治療で眼鏡かけているのだと納得した。さあ、これは娘にとって一生の問題だ。私が家で仕事をしている間、DVDに子守をさせたのが悪かったのだろうか? 3歳のときにもっと早く眼科に行っておけばよかった、など、自分のダメ母ぶりを悔やんだ。
 
幸いなことに、娘は眼鏡をかけることで、徐々に視力がよくなっていった。もし、シンガポール旅行に行って、あのタイミングに眼科に行っていなかったとしたら、治療が遅れてしまっただろう。それに、夫からの感動のプレゼントも味わえなかったかもしれない。海外旅行は行けなかったけれど、失効パスポートが幸運をもたらしてくれ、いい休みになった。
 
あれ以来、パスポートを間違えないように、几帳面な夫にパスポートの管理を任せることにした。いつか家族で、シンガポールに行きたいと思っている。
 
***

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2018-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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