メディアグランプリ

憧れない街、東京


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記事:久保田菜穂子(ライティングゼミ・ライトコース)
 
29歳を過ぎて、東京で暮らすことになった。結婚がきっかけだ。
大阪出身のわたしは、生まれてから29歳まで実家で暮らしていていた。経済的な理由もあり一度も家を出たことはなかった。そんな世間知らずの娘が突然東京にいくと言いだしたものだから、周りの人々はたいそう驚いたことだろう。
最初は反対していた両親も、意見を曲げないわたしに最後は渋々納得してくれ、わたしはいま東京で暮らしている。正直に言うと、元々東京に対する憧れのようなものは全くなく、テレビでよく見る非現実の象徴のような街だった。こちらに来て数ヶ月経つけれど、渋谷や新宿に一人で行くのはいまだに緊張するし、駅の構内は所々変な匂いがする。山手線の朝のラッシュは恐怖で、一度乗っただけでめげそうだった。都心おそるべし、だ。
言葉遣いも、なかなか慣れない。街ゆく人たちの標準語が、わたしにとってはとても不自然なのだ。自分も標準語を話しているつもりでも、相手にはすぐに関西人だとバレてしまって、恥ずかしい。
 
でも、嫌なことばかりではない。
わたし達夫婦は井の頭公園のすぐそばの小さなマンションに住んでいる。公園の界隈は自然が多くて、わたしのような地方出身者がイメージするような都心とはまた違った、穏やかな雰囲気が漂っている。ある日の昼下がり、一人で散歩してみることにした。公園から少し歩いたところに、パン屋さんがある。ここの塩バターロールはとても人気で、平日でも整理券が出るくらいだ。気が向いたので、お店に入る。こんなに混みあうなんて、さすが東京……、と思いつつも整理券をもらって、夫へのお土産と塩バターロールを一つ買い、井の頭公園まで戻りベンチに腰掛け、塩バターロールをパクリと食べてみる。とても美味しい、街のパン屋さんの味がする。東京のおしゃれな、トレンドを意識した味ではなく、昔からみんなが好きな、ほっとする味だ。穏やかな風を感じながら、ムシャムシャとほおばる。引っ越してからどこか緊張し続けていたわたしの心が、ふっと緩んだ瞬間だった。
 
公園を出て15分ほど歩くと、吉祥寺の駅に着く。駅のすぐ近くに、とある古い喫茶店がある。このお店はわたしが東京で最初に好きになった場所だ。店内は静かで、大きすぎず、けれども小さすぎないボリュームでかかっているジャズの旋律が心地いい。コーヒーが美味しいのはもちろんだけれど、何よりもお店に流れている空気が好きだ。わたしのことをいつでも受け入れてくれるような気がして、たまに都心に出かけて都会の喧噪や人の多さにすぐ疲れてしまうときは、家に帰る前にここに立ち寄ることにしている。気がすむまでぼんやりしたら、また頑張れそうな気がしてきた。美味しいパン屋さんに、穏やかな喫茶店。好きなお店が2つも出来ただけで、結構幸せだ。
帰りは、「風の散歩道」を通る。玉川上水沿いに伸びている道だ。たくさんの木々が植わっていて、その名の通り、風がとても気持ちいい。何度歩いても、清々しい気持ちになれて、あれ、わたしこの街嫌いじゃないかも、なんて思い始めているわたしがいた。
 
あの日以来、何度も何度も、散歩をしている。お肉屋さん、果物屋さん、小籠包が美味しいお店に、お豆腐屋さん。可愛い家具が揃っている雑貨屋さんも見つけた。日々たくさんの発見があるから、新しい街というのはとてもいいものだ。最初はわたしのことを知らんぷりしていたこの街も、少しづつ仲良くしてくれているように感じる。わたしにとって東京はこの街のことになりつつある。
もしこの先東京を出る事があっても、やはりこの街に憧れることはないだろう。ここは、わたしが暮らした、現実の街だ。もうテレビで見るだけの、非現実の街ではない。辛いことも楽しいこともこれからたくさんあるだろう。華やかな、キラキラした思い出はあまり出来ないかもしれない。それでも「この街に来てよかった」そう思えるように、楽しく暮らしていきたい。今はまだ好きになれないけれど、山手線も、新宿も、渋谷も、標準語も、もう少し好きになりたい。井の頭公園近くだけじゃなくて、都心もひっくるめた「東京」と、もう少し仲良くなれる日がいつかやって来ますように。ここがわたしの新しい「地元」になりますように。あともう少しで春がやって来て、風の散歩道は桜でいっぱいになるだろう。新しい東京にまた出会えると思うと、今からワクワクが止まらない。
 
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2018-03-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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