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留年間際のダメ大学生が般若心経を読んで生まれ変わった話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:増田明(ライディング・ゼミ平日コース)

 
 
「般若心経」それは日本で最もメジャーなお経だ。おそらく誰でも法事に出た時や、ドラマや映画のお葬式シーンなどで一度は耳にしたことがあるはずだ。
 
かんじーざいぼーさーぎょーじんはんにゃーはーらーみーたーじー……
 
耳に心地よく響くが意味はさっぱりわからない。多くの人にとってはそんなところだろう。だが実はそこには重要な意味がこめられているのだ。長い歴史の中で多くの人々を救ってきた、仏教の叡智が込められたお経なのだ。
その威力は凄まじい。それを読んだだけで留年間際のダメ大学生が、一瞬で生まれ変わってしまうほどなのだ。
 
あれは私が大学生三年生の時の話だ。
当時の私は相当なダメ学生だった。とにかく大学に行くのがめんどうで、ついつい授業を休んでマンガ喫茶に行ったり、映画館に行ったり、ダラダラと過ごしてしまう。出席日数はギリギリでいつも単位を取れるかどうかの瀬戸際。出席した授業もほとんど机に突っ伏して寝てばかり。当然テストの点数はボロボロ、単位は落としまくり、留年間際の状態だった。
 
どうしてこんなことになってしまったのか?
 
私は物理学科の学生だった。アインシュタインやニュートンにあこがれ、入学当初は勉学にはげみ物理学の道を極め、この世界の真実を解明してやろうと意気込んでいた。ところが入学して一ヶ月程度でそのやる気は消滅していた。高校までとは違って、大学の物理の授業は、難しい数式を駆使してひたすら証明を行うことが中心だった。私はその数式の羅列についていくことができず、物理学の道から早々に脱落していった。
 
それからというもの、授業に出ず、サークルにバイトに、飲み会に合コンにいそしみ遊び惚けていた、というのならまだ救いはあった。そういう種類のダメ学生は、勉強はしないながらも、それ以外の経験をつみ、コミュニケーション能力をみがき、思い出を作り、ある意味では充実した大学生活を送っていると言えるだろう。
 
私の場合はもっと救いがなかった。受験から解放された反動からか、物理学の道を早々に挫折したショックからか、勉強だけでなく、何をするのも全てめんどうになってしまっていた。サークルには入ったもののほとんど行かず、バイトもほとんどせず、勉強もせず、ただひたすら一人でダラダラしていた。
大学生のくせに中二病をこじらせ、全ては無意味である、生きることは虚しい、などと言いニヒリズムにひたっていた。そんな調子なので当然友達もほとんどできないのだった。内心は華やかな大学生活を送っているリア充学生たちを死ぬほど羨ましがっていた。しかし途中からそんなリア充達の仲間入りをする勇気はないのであった。
 
そんな感じでどうしようもなく大学生活をこじらせていた私だったが、三年生の時いよいよ単位が危なくなってきた。このままでは本当に留年してしまいそうだ。全ては無意味だ、どうでもよい、などと不真面目ぶってはいたが、根はクソ真面目でビビリだった私は大いに焦った。
しかし、そろそろがんばって勉強しないと、と思うのだがどうにもめんどうでそれができないのであった。
 
そんな絶望的な日々を送っていたある日、私は近所の書店で何気なく一冊の本を手に取った。
「般若心経二百六十二文字の宇宙」という本だった。
なにかにピンと来た私はすぐにその本を購入し、家に帰って読んだ。
 
その次の日から私はまじめに大学に通い授業に出席するようになった。勉強もそこそこがんばるようになった。生まれ変わってしまったのだ。
 
一体何があったのか。その本には何が書かれていたのか。
 
その本は般若心経の内容をやさしく解説したものだった。
その内容を一言で言うとこうだ。
 
こだわるな!
 
どういうことかもう少し説明しよう。
 
例えば瓶に半分コーラが入っているとしよう。ある人はそれを見て、
「半分しか入っていない。少ない」
と思う。ある人は、
「半分も入っている。多い」
と思う。
実はコーラそのものには多いも少ないもない。
人の心がそこに意味付けを行い、多い、少ない、という概念を作り出している。
「たくさん飲みたい」という「こだわり」をもってコーラを見ると、そこに「少ないコーラ」というものが現れる。
「こだわり」がなければ、コーラはただのコーラであって、多くも少なくもない。
 
人間の苦しみも同様だ。「もっと欲しい」という「こだわり」があることで、「足りない」という苦しみが生まれる。「楽をしたい」という「こだわり」があることで、「楽じゃない、しんどい」という苦しみが生まれる。
苦しみの原因である「こだわり」をなくせば、そのような苦しみもなくなる。
 
この考え方は衝撃的だった。私は自分がダメな理由に気が付いた。
 
私は一見ニヒリストをきどり、あらゆることはどうでもよい、と思っているつもりだった。勉強をしなければならない、大学に行かなければならない、きちんと真面目に生きなければならない、自分はそういった様々な概念に縛られない自由な人間である。そう思っていた。
だが違ったのだ。縛られていたのだ。
「めんどうなことはしたくない、楽をしたい」という概念にがんじがらめに縛られていたのだ。こだわっていたのだ。あらゆることがめんどうなのは、「楽をしたい」という「こだわり」があったからだったのだ。何もかもどうでもよいと思っているつもりだったが、「楽をしたい」という事に関してはどうでもよくなかったのだ。
学校に行くのがめんどうだ、という思いは、学校に行かずにダラダラすることへのこだわりが生み出していたのだ。
勉強がめんどうだ、というのも同様だ。勉強せずに楽をすることにこだわっていたのだ。
 
それに気が付いてからというもの私は変わった。
学校に行くのがめんどうだと思っても、いやいや、このめんどうだという思いにこだわってはいけない、と自分に言い聞かせる。するとめんどうくささが薄れ、学校に行くことができるようになった。勉強をするのがめんどうだ、と思っても、いやいやその思いにこだわるな、と自分に言い聞かせ、勉強をすることができるようになった。
 
生まれ変わった私は、勉強にはげみ、なんとか単位を取得し留年を免れることができた。無事四年に進級し研究室に入ってもその効果は続いた。まじめに研究に取り組み、ゼミの発表も真剣に取り組んだ。
あれ、増田君こんなにちゃんとしていたっけ? と周りから不思議がられるようになった。
 
その後は大学院に進学し研究を続け、卒業後はメーカで開発者として働いている。
今の私があるのも、あの時読んだ般若心経のおかげなのだ。
 
会社員になると学生時代よりもめんどうなことはさらに増えた。とてもめんどうなことに直面しくじけそうなときは、今でもあの時を思い出し、こだわるな、こだわるな、と自分に言い聞かせ、頑張っているのである。
 
 
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2018-03-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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